第6話 ラスボスキス。略してススス。

 頬をほんのりと赤く染めているマロニエはとても可愛く見えた。だがすぐに咳ばらいをして、真面目そうな顔になってしまった。


「ごほん!えーっとですね。とりまさっき言った通りですが、あの子たち世界守ってる系ヒロインズが暇になっちゃうと大変不味いんですよ!だからテコ入れします!」


「テコ入れ…?具体的に何する気?」


「ちょっとわたしの方から戦力を供給して、今の彼女たちの敵共がすぐに倒されないように時間稼ぎをします。そしてその間に彼女たちの戦力に見合う新しい敵勢力を見つけてきます」


「新しい敵って…え?つまりそれって、世界の危機は終わらないってこと?!」


「そうですよ!彼女たちが暇になっちゃうと、世界が滅びます。なので暇にしないように新しい敵を与えます!」


「ええ…世界を護るために、新しい世界の敵を用意するって、言ってること滅茶苦茶じゃない?しかもお前もラスボスとして世界を滅ぼすんでしょ?」


「私が世界を滅ぼすのはまだずっと先のことです。ですから目の前の滅びをまずは何とかしないといけません!ラスボスってのも大変なんですよ!世界を滅ぼすにはきちんとした形式と念入りな準備が必要なんですからね!理解ある彼くんを巡ってメンヘラ共が潰し合って世界が滅びるとか、わたしは断固として認めません!」


 マロニエはベットの上に立ちあがってガッツポーズをとる。床に正座している俺からは、丁度いい感じでパンチラしてて素敵。個人的人はスカートの裏地にも興奮する。


「まーたパンツ見てるし!世界よりパンチラの方が大事とかまじでぶれねー!パイセンブレなさすぎ!」


「まあ俺は役者で舞台慣れしてるからね。ふっ!世界の危機くらいで、動揺なんかしないぜ!」


「じゃあこれは?」


 そう言ってマロニエはスカートの両端を摘まんで、その場でくるりと舞った。パンツの正面、腰の部分、そしてお尻の食い込み!360度のパノラマ!心臓がバクバクしちゃう!


「メッチャドキドキしてません?」


「すげぇドキドキしてるぜ。かわいいよマロニエ」


「パイセン、顔が良くなかったらまじでキモい発言してるって自覚あります?」


「これでも売れてた方の役者なんで俺はキモくない」


「実績ある分、パイセンの言い分腹立つなー!まあいいや。ところでパイセン?」


 マロニエはベットから俺の正面に降りてきて、顔をグイっと近づけてくる。俺を見上げるように見詰めてくるのがとてもかわいい。


「パイセンってキスしまくってますよね?」


「どっちかって言うと、されてる側だね。した側じゃないよね」


「そっか。じゃあパイセンにもまだ初めてが残ってるんですね。意味わかります?」


 頬を少し赤く染めて、瞳を潤ませるマロニエ。彼女の唇はとても柔らかくて甘そうに見えた。


「そうだね。俺からするのはまだないね」


「パイセン。わたしは初めてだから…」


 だから優しくすればいいのか、忘れられないように激しくすればいいのか?俺は少し悩んで、目を閉じているマロニエの頬に手を添えて彼女の唇を奪う。


「ん…ちゅ…」


 すぐに唇を離す。マロニエが細く目を開けて、俺を見詰める。まだ足りないらしい。俺は再び彼女と唇を重ねる。今度は唇を啄みながら彼女を床に押し倒す。


「…ちゅ…ん!…あっ…ん…ぁ…」


 くぐもって湿った音が俺を昂らせる。されるキスよりも、するキスの方がずっとずっと気持ちがいいことを知った。もう止まれない。


「んんん!あっ…!あん!…ちゅ…ン…あ、んぁ…」


 俺たちは深く舌を絡める。マロニエは俺の首に腕を絡めて、俺は彼女の髪を撫でて、深く深く俺たちは絡み合う。そして…体の芯に凄まじい熱を感じた。


「パイセンの裏切りものー。ヒロイン達放っておいて、ラスボスなんかとキスしてやんの…!だからこうなっちゃうの…わたしから離れられなくなっちゃうの…」


 マロニエは俺の手を握り、何処か寂しそうな笑顔でそう言った。体や心じゃない、別の何かが彼女と深く繋がっていくのを感じた。


「パイセンは魔法少女の使い魔、アンドロイドちゃんのサイボーグで、超能力者のミュータント。そしてラスボスであるわたしの…わたしだけの…」


 体がひどく冷たく感じる。だから俺は目の前のマロニエを抱きしめた。マロニエは俺の頭を優しく撫でた。


「パイセン。この世界はいつかわたしが終わらせる。だけどそれは今じゃないの。だからわたしが世界を滅ぼすその日まで、パイセンは彼女たちと世界を護ってよ」


 マロニエは俺の頬を撫でる。心地よくて、でも痛い。そんな不思議な感触を覚えた。


「さあ生まれ変わって。魔王たるわたしの傍にいるのならば、それはきっと勇者に他ならないのだから…」


 そして俺は魔王様の勇者に生まれ変わった。















 さっきまで熱くねっとりとキスしたたのに、マロニエはもう涼し気な顔してやがった。


「はい。パイセンはこうしてラスボスと既成事実を作ってしまったので、わたしのいうことを聞かなきゃ駄目でーす!」


「既成事実って言うなら、キスより先があってもよくない?てかキスだけで人類裏切ってラスボスの言うこと聞いちゃうとか、俺、女の子に優しすぎやろ…」


「ラスボス相手にその欲張り!パイセンマジでぱねー!てかパイセン自分が思ってるほど、女の子に優しくないっすよ。むしろ強引だし、ヒモ体質だし、ナチュラルに女の子誘惑してるし。どっちかって言うとひどい野郎ですよね!パイセンが芸能界干されたのだって、大御所のババアをナチュラルに性的に煽ったからですよ。そのくせ、抱いてあげないとか、鬼畜過ぎっすわ」


「えー。勝手に盛ってるとかキンモー!そんなつもりじゃないのにー!きゃん!」


「わー自分がモテること自覚してるのうぜー。まあいいっす。パイセンがモテるからこそ、こうやって世界が危機に瀕してるわけですしー。責任は果たしてもらわないとね」


「で、具体的にどうしろと?」


「マッチポンプします」


 如何にも古臭い単語が出てきて、やや困惑してしまった。今どきの人はこんな単語知らない気がする。


「パイセンはわたしとリンクが出来たので、最強の存在と化しました。そして勇者と言えば、大抵の作品で様々な魔法や必殺技なんかを使いこなせる器用さがウリです。で、一つパイセンに面白い特技を与えました。傀儡ってご存じですよね」


「お前の苗字やろ?」


「ちげーよ。そっちじゃねぇよ。普通の意味のだよ。ようは人形の操作です。ちょっと自分の姿を念じながら、人形を操る感覚を演じてみてください」


「何その謎演技。まあやるけど。ふぅううううう。は!」


 俺は言われた通りに自分自身の姿を思い浮かべる。優れた役者は自分自身の客観的な姿を意識することが可能だ。そしてそれに糸を引き、自分自身の指に絡めるようなイメージで体を動かす演技を行った。すると目の前でもやもやした光が顕れて、それはぱっと一瞬強く輝き消え去る。するとそこにはなんともう一人の俺がいたのだ!


「え?なにこれ分身?!ぱねぇ!」


「分身じゃないです。パイセンは自分自身と同じ姿同じ力を持った人形を作りだして操作する力を得たんですよ」


 マロニエは両手で目を塞ぎながら、そう説明してくれた。


「マロニエ。別に恥ずかしいもんじゃないよ。ちゃんと俺の人形を見てくれていいんだよ」


「ふざけてますよね。だってその人形、マッパじゃないですか!」


 そう。俺が作り出した、俺の姿をした人形は真っ裸だった。下に目をやると…立派な象さんが見え…なかった。なんかちゃんとモザイクがかかってる。流石元芸能人の俺である。テレビとか舞台とかステージで超えちゃいけないラインは無意識に守っているらしい。


「マロニエ大丈夫!ちゃんとモザイクかかってるから!」


「そういう問題じゃねーんだよ…うら若き乙女の目を腐らせないでください!」


 取り合えず、俺はタオルを風呂場から持ってきて、人形の腰に巻き付ける。そうしてやっとマロニエは塞いでいた目を開けてくれた。


「うわっ…エロ…ぱいせんの体エロ!こりゃメンヘラ共がドはまりするのもわかるぜ!」


「で?この人形でどうしろと?」


 俺がそう尋ねると、マロニエはニヤリと笑う。


「パイセンはこれで同じ場所に同時に存在できるようになりましたよね?」


「まあそうだね。…おい、俺なんか察しちゃったんだけど?」


「どうぞどうぞ!何を察してしまったのか、お口に出して御覧なさいな!」


「超強くなった俺があいつらのライバルキャラを人形を操って演じるんだろ!」


「はい!大正解!!パイセンにはよくいる仮面の敵キャラを演じてもらいます!」


「仮面キャラってむしろ味方じゃないの?」


 イケメンのくせに仮面を被ってヒロインのピンチを救うヒーローって女の子向けにはよくいるイメージなんだけど。

 

「今回は敵で行きます。あの子たちが移り気な浮気性なら味方設定でいきますけど、ヒロインズはどうしようもなくあなたに一途ですからね。敵以外ありえません」


「左様にござるか。で、俺が時間を稼ぐと…」


「そうです!時間を稼いでいるうちに、わたしが適度な敵勢力を見つけてくるので、パイセン頑張ってください!」


「…あはは!むちゃぶりー。でも…」


 役者として燻っていた魂が燃えるような心地がした。今の俺はすごく興奮している。役者にとって敵役とは時に主人公以上にやりたい役の一つだ。すごく興奮する。


「ありがとうマロニエ。また役者ができて俺はとても嬉しいよ」


 俺はマロニエと手繋ぎ、微笑んだ。

 

「え…そんなことは別に…」


 マロニエの頬がすこし赤くなっている。絡まる指の感触がとてもくすぐったい。


「やってみせるよ。俺の演技の力で、世界を護りきってやるさ」


「ええ、お願いしますパイセン。がんば!」


 俺たちは微笑みあい。ハイタッチをする。そして世界を護るための壮大なマッチポンプが始まる。

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