ACT03 メイドのアリアさんは妹に興味津々

「――妹が欲しいです」

「…………ぶはっ!?」


 午後の紅茶の時間。

 バルコニーで優雅に本を読んでいた僕は口をつけていた紅茶を吹き、そばに控えているアリアを見上げる。


「マスター、失礼します」


 アリアは冷静に、ハンカチで僕の口の周りを拭いてくれる。

 ありがとう――じゃなくってっ!


「服にも紅茶が飛んでしまっているので、クリーニングを……」

「へ、平気だから。そんなことより、今なんて言ったの?」

「妹が欲しい、と申し上げました。マスター」

「藪から棒にどうしたの? もしかして今の仕事一人じゃ足りない?」

「そうではありません。お姉ちゃん、と呼ばれたいのです」

「…………え?」

「お姉ちゃん、です」

「…………ど、どうして、お姉ちゃんって呼ばれたいの?」

「やる気が上がるからです」


 まさかの無気力宣言か!?


「現状に何か不満があるなら、聞くけど」


 アリアは首をかしげる。


「いいえ。特にありません」

「でも、やる気が上がるってことは、今はやる気がないってことでしょ?」

「いいえ」

「いいえ……? ごめん、アリア。話が見えないんだけど」

「大家族をテーマにした映画を昨夜、見たのです。家族が力を合わせて頑張っているのです。お互いに想い合うことで、普通以上の力を出すことが出来る――そう映画の登場人物である、一番上の姉が語っていたのです。ですから私に妹がいれば、仕事の能率が現状よりも飛躍的に上がると思われたのです」

「……お、お姉ちゃん」

「はい?」

「え? あ……そういうことじゃなくって?」


 顔が熱い。


「マスター? 突然、どうされたのですか? 私はマスターの姉ではございませんが」

「いやあ……お姉ちゃんって呼ばれたいって言ってたから、試しに呼んでみたんだけど……ど、どうだった?」

「マスターではなく、妹から呼ばれたいのです。マスターはそのような遊びがされたいのですか?」


 いらぬ辱めを受けてしまった……。


「是非、私の妹となるべきアンドロイドの制作をお願いしたいのです」

「そんないきなり言われても……」

「駄目でしょうか?」

「駄目って訳じゃないけど、まさかそんな理由で同僚の製作をねだられるとは思ってなかったから……」

「そうでしょうか」

「たとえば、どんなタイプの妹が欲しいの?」

「妹は、姉よりも心身共に幼いものであることが、映画からは類推することができました」

「まあ、妹だから……。性格は?」

「性格、ですか?」

「うん。お姉ちゃんって呼んでくれるなら何でも構わないってわけにもいかないし。素直とか、反抗的とか、素直になれないツンデレタイプとか」

「性格は必要なのでしょうか」

「具体的なほうがいいんじゃないかな。まだ造るって決めたわけじゃないけど」

「私の性格はどのようにお決めになられたのですか?」

「性格っていうよりは機能優先かな。意思疎通ができればって感じで。特定の性格を形成しようとは思わなかったから」

「マスターは妹が欲しいと思ったことはありますか?」

「小さい頃はね。今はさすがにないけど」

「どのような妹が欲しかったのですか?」

「そりゃあ……お兄ちゃんって慕ってくれる子かなぁ。素直で可愛くて……。料理もうまいと嬉しい」

「つまり、私でしょうか?」

「へ!?」

「今の話を総合すると、私のような気もしないのです。素直ですし、マスター好みの顔でしょうし、料理もうまいと毎日仰って頂けておりますし。マスターに望んで頂ければ、お兄ちゃんとお呼びします」

「大丈夫デス」

「では、話を元に戻させて頂きます。――私も素直な妹を所望します。もちろん作業は私もお手伝いさせていただきます」

「そう言われてもなぁ」

「難しいでしょうか?」

「ちょっと難しい、かも。そんな簡単に作れないし」


 親が子どもから妹か弟が欲しいといきなり言われて、戸惑う気持ちが想像できてしまった。


「左様ですか」


 アリアが肩を落として、しゅんとしているように見える。


「アリアは、その姉妹の映画?のどんなところが興味深いって思ったの?」

「わざわざ一人でできるような作業を分担している非効率さには驚かされました。そもそも一番下の妹は6歳なのですが、本来その作業を完遂させることを優先するならば、作業に参加させるべきではありません。しかしながら姉妹の誰も6歳の妹が作業を行うこをとめないどころか、予測されうる失敗が生じているにもかかわらず、姉たちはその姿を目の当たりにして怒るどころか、喜んでいるようでした。そのような精神性は、私の中には存在しない要素です」

「な、なるほど……」

「非効率の塊にもかかわらず、姉妹仲が険悪になることもないのは驚嘆するべき事態であり、一番上の姉が妹たちのために身体を張る姿もまた非常に興味深かったです。“お姉ちゃん”と呼ばれることにより、精神的なバフを受けている点も見逃せません。これは今後の私の職務を効率良く実行していくためにも、学んでおくべきと考えました次第でございます」

「……うーん。それはお姉ちゃんって呼ばれていることとは無関係だと思う」

「そうなのですか?」

「仮に、アリアの妹を僕が作って、その子がアリアのことをお姉ちゃんって呼んだとしても、映画通りはにいかないと思う。頑張れるのは、お姉ちゃんって呼ばれているからじゃなくって、家族だから、じゃないかな……。もちろん一番下の妹が可愛いこともあるんだろうけど!」

「家族だから……? 可愛い、から……?」


 アリアはぶつぶつと呟き、必死に理解しようと努めているようだ。


「可愛いは正義、だからね」

「可愛いことと、正義が繋がるのですか?」

「そうだよ、アリア。繋がるんだっ。可愛いものを見ると幸せになれる。幸せになると、気分が上向く。気分が上向けば、どんな人間だって正しいことをしようとする。つまり、正義の循環が生まれるんだっ!」

「なるほど。それが可愛い=正義なのですね」

「その通り。だから、いきなり妹を作っても意味がないんじゃないかな」

「そうなんですか……。昔からの関係性、そして可愛らしさの両立が必要だということですね。確かに妹的な存在が、私に出来たとしても、特別な感情を自発的に抱き、関係性を築くのは難しいかもしれません」

「分かってくれて良かった」

「それにしても家族というのは偉大なのですね。家族という集団がそこまで特別な関係性だとは知りませんでした」

「ちょっと言い方が大袈裟だけど、そういうこともあるってこと」

「なるほど……。――ところでマスター、お願いがあるのですが、よろしいでしょうか……?」

「どうしたの?」

「お姉ちゃんと呼んでもらっていいでしょうか?」

「な、なぜ」

「さきほどマスターがせっかく気を利かせて仰って頂いた際、心の準備が整っておりませんでした。せっかくの機会でございますので、もう一度呼んでいただけないかと思いまして……。マスターの説明を聞いた今ならば、何か感じるものがあるかもしれません」

「いいけど」

「では、お願いいたします」


 そんな真剣な顔で待たれてしまうと、かなりやりにくい……。


「……お、お姉ちゃん」


 緊張のせいか、ちょっと声が上擦る。

 すると、アリアは少し身動ぎ、胸に手をやる。


「……ど、どう?」

「やっぱりよく分かりませんでした」

「そっか。なんかごめん」

「いいえ。私がお願いしたのですから、マスターに非はございません。ありがとうございました」


 アリアは深々と頭を下げた。

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