ACT02 メイドのアリアさんはフェチに興味津々

 目を開け、手探りで時計を手にする。いつもの起床時刻より一時間近く早く目覚めた。

 ベッドから起き上がって、カーテンを開ければ室内に日射しが注ぎ込んだ。

 欠伸を噛みしめながら部屋を出て、眠い目を擦りながらリビングへ向かう。


「――アリア?」

「すぅ、すぅ……」


 リビングでは、アリアはソファーで横になっていた。

 目を閉じて、小さな寝息を立てている。

 彼女には部屋があるけど、ここで眠ってしまったようだ。

 アンドロイドに睡眠は必要ではないけど、一定間隔の再起動を行うことでエラーを解消することができる。

 パソコンやタブレットも長時間使用していると誤作動を起こすことが増えるように、少しずつエラーが蓄積されるので、再起動することでそれを解消するのと同じだ。

 アンドロイドはパソコンよりも精密だから、再起動にもある程度の時間がかかる。

 それが傍から見ると、眠っているように見えるのだ。

 その時、アリアが目を開けた。


「……っ」

「! お、おはよう、アリア」

「――おはようございます、マスター……」

「アリア、再起動、終わった?」

「はい……。――胸」

「む、むね?」

「私は……胸が大きいです」

「え? あ……? え? 寝ぼけてる?」


 アリアはすっくと立ち上がると、いつものように背筋をピンと伸ばして立つ。


「私の胸はトップとアンダーの差が22、5センチ――つまり、Fカップと相当するものです。何故でしょうか?」


 朝っぱらから、眩暈がする……。


「な、何故? え? ど、どういう質問? ていうか、今のって質問?」

「およそ2キロ相当の重りを背負っているのと同意でございます。しかしながら、私の業務において、大きな胸は必要ではありません。マスターは何故、私をこのような造詣にしたのでしょうか。再起動している間、ふと疑問に思ったのです」

「……仕事に支障があった?」

「いいえ。しかしながら、特段の必要性も認められません」

「あー……ま、まあ……」

「これはマスターのフェチによるもの、と理解していいのでしょうか」

「フェチ!?」

「はい。フェティシズム。特定の者に対する性的愛好」

「……フェチの説明はいいから。む、胸に関しては、そういうデザインがいいかなーって。あははは~」

「胸の大きさはデザイン性なのですか?」

「……………………………そう」

「8,2秒の間が空きました」

「そ、そう?」

「はい。Fカップの理由について、お聞きしてもよろしいでしょうか」

「理由?」

「これまでのマスターとの対話を通じ、なぞの間が空くのには理由がある傾向がございます」

「だからデザイン性を……」

「どのような思想に基づくデザイン性なのでしょうか。私のことだけでなく、試作型のデータを参照しますと、軒並みGカップ、Fカップ等、大きい胸のデザインしかありませんでした」

「わざわざ調べたの?」

「興味がありましたので」

「興味……」

「総合して考えた結果、これはマスターの趣味嗜好――いわゆる、フェティッシュの発露ではないかという結論に至った次第でございます。マスターは大きな胸が好きなのですか?」

「違うよ、違うんだ、アリア!」

「違うのですか?」

 ここはマスターとしての尊厳を守らなければ!

「ゆ、夢……」

「?」

「胸には、夢が詰まっているんだ。遊び心って奴だよっ」

「遊び心……。つまり、無駄な要素ということでしょうか」


 アリアは、自分の胸を触れる。


「無駄じゃなくって、夢なんだよ。大きいのにも、控え目なものにも――どっちにも夢はあるけど、まずは大きい胸を極めたいと思って常に挑戦しているんだっ!」

「この大きい胸は、挑戦の結果なのですね……っ!」


 アリアは驚いてる。誤魔化せた、のか?


「分かってくれた?」

「理解はいたしました。その上で、小さな胸の換装パーツの作製を希望いたします」

「換装? む、胸の大きさを変えられるようにするってこと?」

「そうです。掃除をする場所によっては、現状、つっかえてしまうことがあるのです」

「え、そんなことあるの?」


 ちょっと見てみたい、と思ってしまった。


「たとえば昨日のことです。移動式の書架の掃除をする際など、どうしても胸がつっかえてしまうのです。Cカップほどであればぎりぎり問題ない幅ですが、Fカップですと、無視できる範囲内ではございますが、支障が出てしまいます。ですから、作業によっては小さな胸に換装することができれば、より効率的に作業を進めることが可能になります」

「な、なるほど。分かった……。考えておく」

「感謝いたします。それで、フェチに関してですが……」

「え?」

「マスターは一体、何のフェチなのでしょうか」

「胸の話は、終わったはずじゃ……?」

「承知しております。それはそれとして、でございます。マスターがどんなフェチを持っているかを知らなければいけないと考えました」

「ど、どうしてそんな展開に?」

「マスターのお世話をするためにも、マスターのことを知らなければいけません。当初は、マスターは大きい胸に対するフェチがあると考えていましたが、それが夢への挑戦とは認識しておりませんでした」

「……いや、いくらメイドさんでも、そういうのは別に知らなくても全然問題ないと思うし、そもそも個人情報すぎるし……」

「私はマスターの身の回りのお世話を仰せつかっております。マスターのパーソナルデーターは事前にインプットされておりますが、フェチに関する情報がないのです」

「まさか、そんなデータを要求されるとは僕もかなり予想外だけど、どうして知る必要があるの?」

「人は、フェチで身を滅ぼす可能性があると過去の事象を読んで知ったのです。優秀な人かどうかによらず、フェチのせいで身の破滅を呼び起こしかねない危険性がある。ですから、マスターの身を守る為にも、事前にマスターのフェチの対象を知っておくべき、と判断いたしました」

「さ、さすがに、身を滅ぼすような馬鹿なことはしないよ。あははは……」


 アリアはあくまで真剣だ。


「アリア。仮にだけど……僕が大きい胸のフェチだった場合、どういうことになったわけ?」

「どうにもなりません。過去の試作機の胸部データに基づいたデータ通りと理解いたします。また、先程申し上げた胸部の換装について撤回いたします」

「……そう」

「それから今後、胸部を強調するコスチューム着用を命じられた場合やマスター胸部に多対する熱心な視線や熱心な身体的接触が起こった場合にも、特別な疑問を抱きません」

「今までにしたことないよね!?」

「はい。ですから今後の話でございます」

「安心して。そういう予定はないから……」

「それはそれとして、マスターは何フェチなのですか?」


 このやりとり、答えるまで終わらないの? 本当に?

 でもいくら相手はアンドロイドとはいえ、あまりに突飛すぎることを言えば、あとあとアリアの学習が進んだ後に引かれてしまう可能性は皆無じゃない。

 ここはオーソドックスで、当たり触りのない答えが必要だ!


「…………お、お尻?」

「お尻」

「…………」

「…………」

「……ごめん」

「何故、謝られるのですか?」

「なんだか、罪悪感を覚えて……」

「どうしてお尻にフェチを持たれたのでしょうか?」

「……それ、聞く?」

「興味があるのです。アンドロイドである私には、特定の身体的部位に対する執着という概念がございませんので」

「み、魅力的、だから……」

「お尻のどのあたりが魅力的なのですか?」

「え、えーっと……見た目……?」

「お尻の見た目が好み、なのですか?」

「……うん」


 恥ずかしい。メイドに何を言わされているんだろう。


「…………」


 アリアは何かを考えるような様子を見せた。


「アリア? まだ疑問があるの?」

「……そこまでの執着がおありなのでしたら、どうして私のお尻に触ったりしないのでしょうかと、考えておりました」

「そんなことはしないからっ」

「しかしながら、マスターは私の創造主です。私のお尻がマスターにとってのベストであると考えられますので。形は上向き気味で、大きさは小さめ、触った感じは――」

「言わないでっ!」

「お尻フェチであるマスターは私のお尻をベストなデザインにしたはずだということを考えると……」

「…………」

「お尻フェチのマスターとしては――」

「マスターの前に余計な言葉をつけなくていいから」

「マスターは、私のお尻に触りたくはならないのでしょうか。理想のお尻に設計したはずなのに……。触りたくなる欲求を我慢するのは危険です。ともすれば、予想外の形でフラストレーションが解放される恐れもありますし」

「落ち着いて。僕は別に触るために設計したんじゃないから。アリアを設計したのはアシスタント役が欲しかったから」

「それは表向きの理由ではないのでしょうか?」

「じゃない」

「……フェチというものは執着するとの理解でしたが、マスターにおかれては違ったのでしょうか?」

「……ち、違わなくはないかもしれないけど……僕だって、TPOは心がけて……っていうか、僕は平気。自制心があるしっ」

「無理をされてはいないのでしょうか? 無理をさせるのは、私の本意ではありません」


 まさか当たり障りのない答えを、と思って口にしたことで、問い詰められるようなことになるなんて……。


「かしこまりました。では、いつでもお尻を強調するコスチュームへの換装をする心の準備を整えておきます」

「そんなことしないけどねっ!? ていうか、心の準備ってどういうこと!?」

「マスターの欲求にお答えするために、非効率的なコスチュームをまとっているのだと納得するようにする心の準備でございます」

「安心して。どんなコスチュームを想像しているのかは分からないけど、そんなものを着ろなんて絶対に言わないから」

「遠慮しないでください。私は、マスターのアンドロイドでございます。マスターの意向に沿うのが私の役目」


 この忠誠心は本来喜ぶべきことなんだろうけど、戸惑うことになるなんて。


「……と、とにかく平気だから」

「本当ですか? 遠慮は――」

「してないから」

「了解いたしました。では、仕事を始めたいと思います」

「よ、よろしく」


 アリアの背中を見送りながら、がっくりうな垂れた。

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