第29話 意外な共通点

 アリスさん達と情報を共有した日から数日後。

 あれからこれといって大きな出来事も無く、僕の気持ちも落ち着いてきて今後に向き始めていた。


 事故から生還して目を覚ましたのは良いことだとしても、大学への入学がなかったことになってしまっている以上、これからどうするべきか……。



「もう2年経ってるし、また受けるというのも……」



 スマホで大学などの情報を検索しながらリビングのソファーにもたれかかる。


 ハルやドクナさんのこともそうだが、目覚めてから不可思議な事に頭を突っ込みすぎて、もうここから普通の生活に戻ることができるのかという思いも湧き始めている。

 僕自身の体も普通ではなくなってしまっている現状、いっそのことアリスさんに頼んで、あの機関の関係の仕事でも紹介してもらおうか……などと考えている中、インターホンの音が聞こえた。



「誰だろ……」



 伯母さんは今出かけているため、立ち上がって玄関のカメラ映像を確認する。

 そこに映っていたのは、軽装の青いロングヘアの少女……幻術で姿を変えているドクナさんだった。

 それならと僕は通話ボタンを押した。



「ドクナさん?」


「おお、雪理か」


「今日はどうしたんです?」


「じ、実は、買い物に付き合ってもらえればとな……」


「買い物ですか……まあ、とりあえず入ってくださいよ」



 少し何かを恥ずかしがっているようにも思えたが、聞くのも悪いので気にせず彼女を家に入れた。


 お互いに向かい合う形でソファーに座ると、目線を下に向けたドクナさんがゆっくりと口を開き。



「実はな……妾は最近、帰る方法を探す合間に見始めたアニメ……だったか? があってな」


「へぇ、それはまた。良いと思いますよ、根詰めてばかりでは辛いでしょうし楽しいことを見つけるのは」



 彼女から意外な言葉を聞いて少し驚くが、こちらの世界の文化……特に日本のものに触れていれば気に入ったものがアニメだったというのは、普通にあることだろう。


 恥ずかしがっているのは、あちら側での似たような文化に対して偏見のようなものを持っていたからなのかな……こっちでもそういう人はいるし。



「そうかのぅ……お主がそう言ってくれるのは嬉しいが」


「それで、それはどんなアニメなんです?」


「『爆炎勇士ばくえんゆうしエンテンオー』というんじゃが、知っておるか?」


「それって……」



 彼女の口から出たのは、裏牙の趣向の原点であり、アイツの考えたラスボスカイザーの元ネタのロボットが登場する作品だった。



「それならよく知ってますよ。幼馴染と昔よく見ましたから……というか、最近でもたまに見せられてたかなぁ」


「お、そうなのか! ならば『滅天狼めってんろう』は知っておるな」



 その名前のロボットこそがラスボスカイザーの元になったそれであり、主役のロボットであるエンテンオーのライバル機だ。



「ええ、あの作品の中でもその幼馴染が好きなやつなので特に印象にね……」


「ほう、そやつとは気が合うかも……いや、なんでもない」


「買い物ってもしかして、それのグッズをですか?」



 僕のその予想を聞き、彼女はまさに当てられたというような表情をした。



「う、うむ……地下の居住区にもそういった物を扱う店はあるのじゃが。何だったか……公式? のものがあまりなくてな。あれを好きな者が作った品も良いが、やはり『本物』を探してみたくてのぅ」


「確かに分かるところもありますが、あれ自体古い作品ですからね……」



 彼女がそこまでのこだわりを持ち始めていることに驚き、裏牙のやつともしかすると気が合うのではないかと少し考えてしまった。


 それはともかく……あの作品は一応、リバイバルなどもあった歴史があるため最近のグッズもありそうだが、それでもかなり前だった記憶がある。



「そうですね……近場で行けそうなお店を探してみましょうか」


「すまんのぅ」



 スマホでそういったグッズを取り扱っている店を検索すると、ラスボス帝国アジトがあるビルの1階にある店がヒットした。



「そういえばあの店、玩具も扱ってたな……」


「見つかったのか?」


「はい……でも」



 ドクナさんはまだ裏牙達に会わせてなかったし、遭遇した場合はどうするか……。



「何か問題があるのか?」


「いえ、大丈夫です」



 ハルよりはうまく対応してくれそうだし……元の姿を見られなければ問題はないかな。念のため後で説明はしておこう……。



■■■■



 数十分後。

 僕達は、もう通い慣れた第7駅近くのビル前にたどり着いた。



「おお、ここが!」



 ドクナさんはたどり着いてすぐに1階店前のディスプレイに駆け寄ると、その目を輝かせながら展示されている商品を眺め始めた。



「好きなんだなぁ」



 その様子を微笑ましく見守っていると、ハッとした様子で彼女がこちらに振り向く。



「あ、いや……その」


「いえ、僕は適当に見ているんで、好きに見て回っても大丈夫ですよ」


「そうか……それではそうさせてもらおう」



 彼女は目に見えて焦った様子だったが、気にすることじゃないと僕なりに彼女を落ち着かせた。

 それから間もなくして、冷静になり気を引き締めた様子のドクナさんが店内に足を踏み入れる。それを見た僕も彼女の後に続き入店した。


 空調の効いた店内でまず目に入ったのは、ディスプレイに飾られた高値がついている玩具や人形などで、その奥に見える棚にはその他の玩具類が置かれているのが見えた。


 隠しきれてないワクワクした様子で、周りを見まわしながら彼女は店の奥へと歩いて行く。

 少し心配ではあるが彼女であれば大丈夫だろうと思い、僕も店内を見て回ることにした。



■■■■



 数十分は経っただろうか。

 ドクナさんとはまだ合流していない。

 なんとなく、別に買うつもりもないが、家電などのジャンク品コーナーを見て回っている時だった。



「ほう、それに興味があるとは分かっているではないか、少女よ!」



 聞き覚えのある大声がドクナさんがいる方向から聞こえてきた。

 もしやと思い、声がした方へ向かう。



「な、何じゃ貴様は!」


「さらにその喋り方……なるほど、そういうRP(ロールプレイ)か、面白い!」


「何を勝手に納得をしておるんじゃ……まさか、こいつがあやつが言っておった……」



 エンテンオーの人形の前で困惑する様子のドクナさんと、彼女にいつものノリで迫っている裏牙の姿だった。


 予期してた事が起きちゃったか……などと考えながら僕は2人の間に割り込む。



「裏牙、何やってるの……」


「雪理か。そこにいる話が分かりそうな少女がだな……」


「ああ、雪理。良いところに! こやつがお主の友の裏牙とかいうやつか」



 さて、どう説明したものか……。

 一応、事前に話を合わせるための設定は2人で決めてあるけども。



「む、この少女はお前の知り合いなのか!」


「う、うん。えっと……親戚のドクナさ……ちゃんっていうんだけど」


「ああ、そうじゃ! 今日は偶然……そう、偶然! 一緒にこの店に立ち寄ったところでな」



 幻術がかかってる状態のドクナさんの見た目は大体10代半ばくらいに見え、親戚の子というのは無難な設定だろう。



「雪理よ、こんなに話が分かりそうな子がいたなら、俺に紹介してくれてもよかっただろう」


「うーんと……だから紹介したくなかったんだよ。設定に付き合うのが余計に面倒になりそうだし……」



 実際にそうだったと仮定して、我ながら見事な返しができた……かな。



「むむ……まあ、仕方あるまい。しかし、こうして巡り合った以上は語り合う他あるまい!」


「う、うーむ。ここは少し素を出しても……いや、あれは前にハルにも引かれたしのぅ……」



 何かをブツブツと言いながら考え込む様子の彼女にRP談義でもしようと迫っている裏牙をちょっと無理にでも引き離そうかと思った矢先。



「ちょっと君たーち。他にお客さんいーないけど、うるさいから外でやってくーれる?」



 後ろからした男性の声。

 振り返ると少し大柄でおっとりとした雰囲気の中年男性が立っていた。

 あまり話したことはないがこの店の店長さんだったかな。



「あ、すいません。すぐに出ますので……行くよ、裏牙」


「ひっ……朔夜さくやのおやっさん……少し騒がせたな、すまない」



 アイツが朔夜と呼んだ店長さんの様子に一瞬ビビったようですぐに彼に謝った。

 この人は雰囲気は優しげだけど、体格も結構ガッチリしてるし怒らせると怖そうではある。


 あの反応をするアイツのことだから多分、何度か怒られたことがあるんだろうな……。



「うーらが君、そのおやっさんっていうのはちょっとねぇ。ぼーくもさ、心はまだ若いのーよ。そーれはいいとして……このビル、防音はしっかりしてるかーら上で騒ぐ分には問題ないかーらね」


「は、はい……朔夜さん」



 こうして萎縮した様子の裏牙を連れて僕達は、2階の帝国アジトへと向かうことになった。

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