第28話 3人の邂逅
ゆっくりとドアを開ける。
「マイスターさん……?」
「誰もいないわね」
ドアを開けた先には、そこまで広くない室内にテーブルとそれを挟んで向かい合うように配置された椅子が2つ。テーブルの中央にはタブレット端末が立てて置いてあり、部屋にはそれら以外の物は無かった。
「これは座れってことかしら」
アリスさんが警戒する素振りを見せながらも片方の椅子に座った。
それを見て、僕も反対側の椅子に恐る恐る腰掛ける。
そして、僕達が座ったタイミングに合わせてタブレットから光が発せられた。
その画面には見覚えのある、白髪の少女のアバターが映っている。
「……やっぱり直接は来ないわよね」
「ようこそ、アタシの拠点の1つへ」
「マイスターさん!?」
タブレットから発せられた声は、僕の知るマイスターさんのものだった。
「拠点というわりには、がらんとしているようだけど?」
「ああ、丁度ここは近々放棄する予定の場所でね。物資や設備類はほとんど移動済みというわけ」
色々と素人でも分かる警戒心の高さだ……。
この人は本当に何者なんだろうと、自信に満ちた表情をアバターにさせている彼女を見て改めて思う。
「それで、こうして話せる形になりましたけど……」
「それじゃあ、まずは私から。あのサソリメカとの戦闘はね……」
■■■■
「……と、話せるのはこんなところかしら」
「魔法か何かを使っているとは思っていたけど、アリスさんって超能力者だったんだ……」
「ええ、私が使ってる武器、ユニット……正確には『PK・ユニット』っていうんだけど、あれも念力で動かしてるのよ」
彼女の話によれば、彼女は物心がつくか、つかないかくらいの頃に異世界……ドクナさん達の世界へと飛ばされたらしいんだけど、その飛ばされる直前の状態がサソリ型の機械を動かしていた男、イナバの研究所で実験台として捕らわれていた状態だったそうだ。
「でも実際にそれを見てますし、魔法ってものが存在することを知った今ではそこまで驚きがないかも……」
「それは分かるわ。この力を場合によるけど堂々と使えるのは、周りに魔法を扱う連中がいるおかげでもあるから」
あちら側に行く前の記憶はほとんどないらしく、ほぼあの世界で育ったようなものだという。
異世界に行ってから帰って来るまで、こちらの時間では2年程しか経ってなかったらしいけど、あちらでは20年以上は過ごしたみたい。正確な年齢も自分では分からないものの、彼女自身の認識としては、おおよそ25歳前後くらいではないかという話らしい。
それにしても、戻って来てからまだ1年程なのに彼女がこっちの生活に順応できているということに驚く。
まあ、あちら側はこっちの世界の文化や技術が、転移者などを通じて入り交じっているという話を前にドクナさんから聞いたし、順応するのもそこまで難しいことではないのかもしれないが。
「しかし、イナバ超能力研究所ねぇ……秘密裏にやばいことやってるって情報は入ってたけど、そんなことをしていて、さらにあんな機械を開発していたとは」
画面上で腕組みをしたアバターを通してマイスターさんがつぶやく。
「ところで、アリスさんの名前って……」
「ええ、本名ではないわ。本名は私の記憶にもないし、研究所の資料にも記録されてなかったから、分からずじまいではあるんだけど」
「何故その名前を?」
「『エチゼン』はあっちでお世話になった、こっち側出身の人のもの。こっちには帰って来れ……いや、まだ来てないけどね。それで『アリス』のほうは、その人がつけてくれた名前なの」
何か含みを持ったようなその口ぶりから、このことについてはあまり深くは聞かないほうがよさそうだと感じた。
「えっと……アリスさんも帰還者なら、その超能力以外にも特別な力が?」
「あちらに転移した時のことは覚えてないんだけど、さっき言った恩人から聞いた話だと『ずば抜けた魔力の増幅と調整能力』っていうのが、私が転移の際に手に入れた力らしいんだけど魔法の類は全く使えなくて……でも、元々あったこの念の力に影響は与えてるみたいなの。正直、感覚的なことだけで詳しいことはよくは分かってないんだけどね!」
その話が本当であればアリスが使うような超能力と魔法って、実は似た何かなのかな……この情報だけでは勝手な妄想だけども。
超能力といえば……結局、あの戦闘はソルハちゃんの一件の後。アリスさんが偶然接触したイナバに正体がばれて狙われたというのが経緯らしい。
あのサソリ型の機械にはアリスさんと同じ超能力者の子達がパーツ? として組み込まれていたらしく、彼女の見解ではあの時点でもう救い出すのは無理な状態だったそうだ。深くは考えたくないが、なんとも恐ろしい話だ……。
しかし、彼女がイナバへ直接攻撃できたのは、サソリがその仕組みで作られていたおかげだったというのだから、本人としては複雑だろう。
「さて、そろそろあなたの話を聞かせてもらおうかしら……マイスターさん?」
そう言いつつアリスさんは、若干のにやけ顔でタブレットに視線を向けた。
「そこは合わせなくていいぞ……じゃあ、説明させてもらうが……」
■■■■
「……話せるのはこれくらいだな」
「へぇ、面白いじゃない」
マイスターさんは裏牙が利用していた表面的な活動以外にも、裏で危険な依頼も多く受けているらしく、そういった事に役立てるための情報を得たり、繋がりを作る活動の1つとして今回、アリスさんに接触をしたそうだ。
そして、マイスターさんも帰還者で、あのラスボスカイザーも転移を経て得たという『ゴーレム生成系の能力』を用いて作られたという話にはびっくりしたと同時に、あんな物はそういう能力がなければ用意できないなと納得もできた。
「最初に会った時に僕の名前を確認したのは機関の情報を知ってたから……」
「ああ、裏牙の知り合いとは知らなかったから驚いたけどな」
同様に異世界人であるハルとドクナさんについても、リターナーが記録している範囲の事は知っていると彼女は言っていた。
「機関が持つ情報を知っていることを私に教えたのはどういうつもりなのかしら?」
「あなたの立場を知っての判断だよ……詳しい事は、彼もいるし今は言わないでおくけどね」
「そう、そこまで……」
それが何の事か僕には分からなかったが、僕がいる場では言えないような話らしいのはなんとなく理解できた。
「他に質問とかがなければ、これでお開きにしたいとこだけど」
「そうね、私はそれで構わないわ」
「僕も特にはありません」
画面の中でマイスターさんのアバターが数回うなずく。
「では解散だな」
その言葉の直後にタブレットの内部から異音がすると同時にその画面が消えた。
どうやら内部のデータをこの場に残さないように破棄したらしい。
今までのマイスターさんの徹底した警戒を考えればこれくらいはするか。
「さ、帰りましょうか」
「そ、そうですね」
タブレットの様子に特に動じる様子もなくアリスさんが部屋を後にする。
それに僕もついて行った。
■■■■
十数分後。廃工場前。
雨が降る中、僕の横でアリスさんがスマホの操作を終えると笑みを浮かべながらこちらを向き。
「面野さん。これだけで済まそうってわけじゃないんだけど、とりあえず今までの借りを少し返そうかなって思って」
「と言いますと?」
「今、タクシーを呼んだから乗って帰るといいわ。もちろん、お金も出すから」
「あ、はい……それはどうも。ありがとうございます」
この雨でバス停で待つのはしんどいと思っていたので助かったのと同時に、アリスさんが一応、今までの事を忘れてはいないことを確認できて少し安心した。
タクシーを待つ間にちらりと、一緒に待ってくれている彼女の顔を見るとタクシーを呼んだ時とは違い、どこか切なげな表情をしていた。
あのサソリにパーツとして利用された子達のことをやはりまだ引きずっているのだろうか……。
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