第26話 過去を吹き飛ばして
遠隔運転のバスに乗ること数十分。
窓の外を見ると緑が多く、人も全く見かけないような場所を走っているようだった。
アリスさんのことを心配しながら風景を眺めていると、車内のスピーカーからマイスターさんの声が発せられる。
「そろそろ地点に着く。身構えておいたほうがいい」
「はい……って、聞こえてるのか分からないけど」
「車内とやり取りしやすいようにしておいたからな。当然、聞こえてるぞ」
「そうなんですね」
といったやり取りをしていると、バスが止まった。
窓の外を見ると、少し離れた場所にあるトンネルの前に何か異様な物体が浮かんでいるのが遠目からでも分かった。
「よし、バスを降りるんだ。それと危ないからバスから距離を取ってくれ」
「あ、はい……え、バスから?」
彼女に言われるままにバスから降り、少し距離を取った。すると、いきなり車体が垂直に立ち、激しい金属音とともに変形を始める。
「えぇ!?」
驚愕しながら最後まで変形を見届けた後。
僕の眼前にあったのは、大きさが6メートル程はあるであろう見覚えのある人型ロボット。
この前、裏牙が「プロト・ラスボスカイザー」と名付けたそれだった。
「これってラスボスカイザーだよね……」
「あの後、公道を移動させられないと不便だろうと思って、こっそりバスに変形する機能をつけておいたんだよ。気まぐれでしたサービスさ」
「いつの間にそんな機能まで……前から疑問だったんですけど、あなた何者なんです?」
「その辺りの話は後だと言っただろう。とにかく、こんな目立つ物が出てきたら敵にも気付かれる。面野 雪理、戦える姿になれるか?」
「やってみます」
今までの経験から、強くあの姿をイメージする。
「すぅー、はぁー」
深呼吸の後、上半身に力を入れる。
さらに強くイメージを重ねる。水晶で覆われる自身の体を想像して。
「変われ……変われ!」
目を見開くと体への変化を感じ取った。
片腕を前方に伸ばすと、その手先から水晶が生えだして体全体を這うように包み込んでいく。
成功だ。紋魔世界とやらが関わる状況であればすんなりといくが、やはり通常時はまだ少し手間がかかるようだ。
「マイスターさん、いけます!」
「画面越しとはいえ、こう間近でみるとすごいな……それじゃあ、こいつの手に乗ってくれ」
その言葉からすぐに、ロボがこちらに向けて手を差し伸べた。
広げられたその手のひらに乗れということだろう。
「よいしょ……」
バランスを取りながら、その手のひらには無事に乗ることができた。
後は振り落とされないようにしっかりつかまっておかないと。
僕が手の上に乗ったのを確認したのか、ゆっくりとロボの腕が上がっていく。
「一気に近づくからな!」
「は、はい!」
彼女のその言葉と同時に全身に衝撃が走る。
高速で走って前進するロボの指にしがみつきながら前方を確認すると、遠目に見えていた物体が徐々にはっきりと見えてきた。
それは白いサソリのような形状をしており、それと交戦していると思われる人の姿も見えてくる。恐らくあれがアリスさんだろう。
「あちらも気付いたようだな。避けながら接近する! 振り落とされるなよ!」
「はいぃ!」
前方のサソリが無数の光を放つ。あれはこちらを狙った攻撃だろう。
こちらに向かって来た光をロボが左右に最小限の動きで回避しながらその間合いを詰めていく。
回避のたびに振り落とされないように気を付けながら、僕も飛び降りるタイミングを計る。
「アリスさん!」
「え、面野さん!?」
近づくとカイザーと同じくらいの大きさだったサソリの間近に迫ったところで下にいたアリスさんと目が合い、声をかけると彼女は驚いた様子でこちらに返事を返す。
そして僕は、そのままロボの手から彼女とサソリの間の位置に向かって飛び降りた。
「事情はよく分かりませんけど、助けに来ました!」
「戦力って面野さんのことだったのね。それと、このロボットは……まあ、戦力になればいいか! 見ての通り、あのサソリメカが敵よ!」
「な、何なのですか、あなた達は!?」
僕達が駆け付けたことが予想外だったのか、動揺するような声でサソリから男の声が漏れる。
「面野さんと……GM(じーえむ)だっけ? 今の声の男は、あの機械には乗ってない。遠隔で操作しているから単純に倒してもこの場は切り抜けられるけど、また私を狙ってくると思う。それにあの機械には……いいえ、何でもないわ」
「じゃあ、どうするんです?」
「策は思いついたわ。2人には時間を稼いでほしいの」
「よし、分かった! こいつの実戦での性能、試させてもらおう!」
後ろからマイスターさんの声が聞こえたかと思うと、僕達の上空をロボが飛び、勢いのままサソリにその拳を当てた。だが、サソリの表面に直接当たることはなく、何かに拳が阻まれる。
「バリアか何かか!」
「少し驚きましたが、この障壁を突破できないのであれば!」
地面に着地こそしたが、攻撃が阻まれたことで少しうろたえた様子のロボの両腕が、サソリのハサミに挟まれてしまう。
そして、間髪を入れずに腕が封じられたロボに向けて鋭いサソリの尾が伸びる。
「そうはいくか!」
両腕が挟まれている状態を逆に利用したのか、その腕に重心を置いて逆上がりのような形でロボの両足による蹴りがサソリの下部に命中する。
余程の衝撃だったのか、ロボの腕がハサミから解放され、サソリ本体は大きく吹き飛ぶ。
「なかなか……これならどうですか!」
「ハッ……全員を狙うつもりよ!」
「え……は、はい!」
咄嗟に出たアリスさんの言葉から判断して、彼女を庇うような位置につく。するとその直後、空中で体勢を整えたサソリから無数の光弾が僕らとロボに向けて放たれた。僕が前に出たため、こちらに来た攻撃を全て僕が受け止める形となった。
「くっ……」
「ありがとう、助かったわ。でも、今のは……まさか、あの子達が教えて……」
彼女の方を振り向くと、何かを確信したような様子でこちらの顔を見る。
ロボの方も確認すると、攻撃を受けきって無事な様子だ。
「これならいけるわ……面野さん、GM。これから私は集中するから、守りをお願い!」
「了解です!」
「何をするつもりかは知らないけど、それは確かな策なんだろうな!」
それからアリスさんは目を閉じ、言葉通りに何かに集中し始めたようだ。
その策とやらを信じて、今は彼女を守り抜こう。
マイスターさんもそれを確認したのか、僕の前にロボを移動させてサソリと対峙する位置取りとなる。
「面野 雪理、君はアリスを守れ! こいつはアタシが押さえる!」
そう伝えたマイスターさんは、ロボをサソリに飛びつかせる。
その間にサソリからの集中砲火を浴びるも、あまりダメージはなかったようだ。
「ええい! 何をするつもりだ!」
「大人しくしててもらうだけさ!」
サソリが激しくその身を動かして取り付いたロボを振り払おうとするが、がっしりと腕でつかまれていて、振り落とされる様子はない。だが、暴れながら攻撃を乱射しているため、気は抜けない。
「来るっ!」
アリスさんのいる場所に向かう攻撃に当たりに行き、それを防ぐ。
この程度の攻撃であれば、衝撃と多少の痛みこそあれ、この体のおかげで大したダメージではない。
「聞こえ……みんな……頼みが……」
後ろで集中している彼女が、何かをつぶやいている。策とやらのためだろうけど、今はそっちは気にするべきじゃないか。
それから、数分程は経ったであろう頃。
ロボは背中を尾で攻撃され、さすがにそれなりのダメージを負っているようだったが、なんとか振り落とされずに粘っていた。
僕はアリスさんの盾を続けていたが、さすがに痛みの蓄積が響いてきたみたいで、動きが鈍ってきてる。
「くっ……そろそろ体が……」
「ええ……分かった……みんな、ありがとう……さようなら」
彼女のつぶやく声が止まったので振り向くと、彼女はその目をゆっくりと見開く。
「待たせたわね。準備はできたわ」
彼女がロボに押さえられているサソリの前へとゆっくりと近づくと、再びその目を閉じる。
「あの子達が示してくれた道が見える……あんたへ、特大の念をぶち込むための!」
彼女がそう言い放った直後。
ついにロボが振り落とされると、地面に落ちた衝撃でトンネル横に大きな土煙が上がった。
そして、サソリの狙いがアリスさんの方に向く。
「アリスさん!」
「何をしようとしているのかは知りませんが、あなたは逃がしませんよ!」
急いで彼女の前に出て、攻撃を受け止められる体勢をとる。
「イナバ……これで終わりよ、食らいなさい! はぁぁぁ!」
「え?」
その声で振り向き、彼女を確認するとやりきったという顔で息を荒げていた。
だが、状況的に何をしたのかと考える暇はなく、すぐに視線を彼女を狙うサソリへと戻す……だが。
「う……何だ!? 頭が、い……痛い! これは何だ!」
「あの子達はあんたと念で繋がってた。そして、私もあの子達とさっき繋がれた」
「ま、まさ……か……うあぁぁ! 生体パーツ……を通じて……ぐっ! 」
「そう、あんたの頭に直接攻撃してやったってわけ。あっちの世界で何故か強化された私の念に耐えられるかしら?」
何が起こってるのか分からないが、空中でのサソリの動きが急に不安定になったかと思うと、崩れるように地面へと墜落した。
その機体から男の苦しむ声が流れ続ける。
「頭が……頭がぁぁぁ!」
「みんな、仇は討ったわ……」
その叫びを最後に、アリスさんがイナバと呼んでいた男の声が完全に途切れた。
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