第25話 思わぬ呼び出し

 ソルハちゃんを見送った後。僕達3人は、リターナー本部施設の地下居住区に訪れていた。

 時間帯によって地区全体の照明が変わるらしく、空を見上げると星空を模したような映像が広がっていた。

 地上の都市部とあまり変わらない街並みを歩くこと数分。

 ドクナさんの案内でたどり着いたのは、こじんまりとしたステーキ屋だった。

 店内の様子を窓から覗き見ると客はほとんどおらず、寡黙な感じのトカゲのような容姿をした人間の男……恐らくは、転生パターンの帰還者だと思われる店員が黙々と肉を焼いている様子が見えた。

 いかにも知る人ぞ知るといった雰囲気だ。



「着いたぞ。ここが紹介したかった店でのぅ」

「たしかに良さそうな雰囲気ですね」

「お肉だ~」



 入店後、ドクナさんのおすすめを3人分注文して、しばらくの間これまでの事やこれからについて話し合った。





 2時間後。

 食事を終えて満足に話もできた頃合いだったので、全員で席を立った。

 話によれば、ドクナさんは各所を聞きまわって自分達が帰る方法を見つけようとしていたらしいけれど、あちら側へ行く方法も、帰って来る原理もまだよくは分かっていないようで、収穫はほぼ無かったそうだ。

 いきなり聞いて答えられる範囲では情報がなかっただけで、実は世界を渡る方法がもう存在している可能性もあるかもしれないとも言っていた。こっちはあくまでも彼女の希望的観測みたいだけど。

 ハルの方は、食べるのに夢中であまり会話には参加してなかった。

 これまであった戦闘に関しては少し話してはいたけども。



「会計は全て妾が済ませた……といっても、金は支給された物じゃがな」

「おいしかったー! ドク姉ありがとう!」

「ごちそうさまです」



 店の外に出ると夜もふけて空の照明はさらに暗くなっていた。

 この時間だと、帰りは徒歩かタクシーになってしまうかな……と思っていたところで後ろから肩を掴まれる。

 振り向くと笑顔のハルの姿があった。



「今日はボクの家に泊まっていってよー!」

「ハル、いきなり何を言い出すのじゃ!」

「いえ、時間も時間なのでどうしようかと思ってたところなので」

「でしょー! だから泊まってって言ったんだよ~」



 ハルは意外とこういうところの察しがいいというか、気が利くような気がする。

 そんなわけでその言葉に甘えて今日は、彼の家に泊めてもらうことになった。

 途中でドクナさんと別れて、2人で街中を歩くこと十数分。

 現在、彼が住んでいる居住スペースとやらに到着した。



「ここだよー」

「ここが……」



 目の前に見えるのは、地上でもよく見る一般的なマンションのような建物。

 ハルの後をついて行き、その中へと入っていく。

 少しして、2階の一室の前にたどり着く。



「でねー、ここがボクの部屋だよ!」



 そう言いながら彼は鍵を開けてその扉を開ける。

 そのまま後ろをついて行き、彼の部屋に入るが……真っ暗で中がよく見えない。



「暗いんだけど……」

「あ、ボクだけの時は暗くても大丈夫だから忘れてた! 電気をつけないとか!」



 ハルはその種族の特性から暗闇でもよく物が見えるようで、普段から夜でも電気をつけていなかったようだ。

 急いだ様子で玄関に戻ってきた彼は室内照明のスイッチを入れた。

 電気がつけられて照らされた室内は、あまり物が置かれておらず、床に食べかすや飲食料の空き容器が少し転がっているくらいの殺風景なものだった。

 勝手な想像ではあるが、ハルの部屋はもっと散らかっているイメージだったから意外だ。



「お腹減ったら部屋に落ちてるもの食べていいからね~」

「ああ、うん……ありがとう。ところで布団とかベッドある? 毛布みたいなやつだけでもいいんだけど」

「そっか! 寝る場所必要だよね!」



 そう言いながら彼は、部屋の収納を軽く漁ると中から数枚の毛布を取り出す。



「これでいい~?」

「うん、大丈夫かな」



 こちらの反応を見て、彼はすぐにその毛布を何も無い部屋の中央に並べて敷いた。

 並べるのは別にいいけど、少し距離が近くないかこれは。



「はーい、これで寝れるよ!」

「あ、ありがとう」



 もうそれなりに眠気があったので、並べられた2枚の毛布の1枚に横たわる。

 すると間もなくして隣の毛布にハルが飛び込む。

 この距離の近さにも慣れてきてはいるが、こうも密着されると少しドキっとしてしまう。

 男と分かっていてもエルフという種族だからなのか、僕にもその美しさみたいなものが分かってしまうというか、惹かれるところがあるというか……。

 とはいえ、今は眠気が強いからこれは気にせずに寝れそうだ。



「雪理~おやすみ~」

「うん……ふぁぁ」





 翌日。

 気が付いた時には覚えのある香りと感触が……しかも、今回はかなり近いような。

 目をゆっくりと開ける。

 視線を横にずらすと視界に映ったのは、寝息をたてているハルの頭。

 そして、何か胴体に違和感を感じ、その方を確認してみると寝ている間にそうなったのか、ハルが僕の体に抱き着いていた。



「えぇ……」



 ゆっくりと彼の腕をどけていくと、動きを感じた。どうやら目覚めたらしい。



「うーん……雪理ぃ? おはよぉ」

「おはよう……離れてもらっていいかな?」

「あ……ごめん」



 寝ぼけ眼でハルは立ち上がり、そのまま洗面所に向かう。

 それ見てから僕もゆっくりと起き上がる。





 それから室内に転がっていたお菓子やらを彼と一緒に食べてから、そろそろ帰ろうと僕は玄関へと向かった。



「朝食まで貰っちゃって、ありがとう」

「いいよ~雪理ならいつでも歓迎だよ!」

「あはは……それじゃあ、帰るね」

「ばいばーい!」



 そのままハルに手を振られながら僕は彼の自室を後にする。





 数十分後。

 リターナー本部施設前まで出て来たところでスマホで時刻を確認する。

 10時を過ぎたくらいだった。

 ハルに合わせたからだろうか、最近では早い寄りの時間に起きれたと言えそうだ。



「ん?」



 そんなことを考えていると、誰かからメッセージが届いていることに気づいた。

 アプリを開くと僕個人宛に一件。

 恐る恐る確認してみると、地図の画像とともに至急そこに向かって欲しいというメッセージがあった。

 しかし、送り主は不明。怪しいので削除しようと思ったその時。非通知からの着信でスマホが振動し始める。

 慌ててそれに出てしまうと、若い女性の……どこかで聞いた覚えのある声がした。



「面野 雪理。いきなりですまないが、頼みがある」

「え、ちょっと……その前にまず、あなたは誰なんです?」

「緊急事態だったからその、色々強引な形で連絡してしまったが、アタシだ」



 その声と喋り方である人物が浮かんだ。

 G(ゴーレム)M(マイスター)さんだ。



「もしかして、マイスターさん?」

「その呼び方は……今はいいか。そう、GMだ。詳しい事を話している時間は無いが、君も知っているアリス・エチゼンが現在戦闘中なんだ」

「アリスさんが!?」



 マイスターさんの口からアリスさんの名前が出てくるとは思わなかったが、彼女が現在ピンチであろうことは、その口ぶりから察することはできた。



「本当なら異世界人の2人も……と思ったが、今は君1人だろう?」

「そうですけど……って、なんでその事も!?」

「詳しい事は後でだ! 君に戦闘力があることも、もちろん知っている」



 たしか最初に知り合った時、ドクナさんもそうだし、その場にいたハルさんも紹介していなかった気がする。その後のラスボスカイザーの時も僕しかいなかった。

 そもそも、連絡先も教えてないのに……いや、これは裏牙経由でありえるか?

 色々聞きたいとこだけど、とにかく今はアリスさんのことだ。



「場所はこの地図の場所でいいとして、移動手段は? タクシーでも使えばいい?」

「いや、車両は向かわせてる。まさかこんな形で使うことになるとは思わなかったけどな」



 彼女のその言葉から間もなくして、僕の目の前に全長6メートルくらいだろうか、一台の黒いバスのような車が止まる。

 紫色の線が入ったその車体を眺めていると、車両前方のドアが開く。

 急いでそこに乗り込むと、運転席には人型のダミーが設置してあり、運転手がいなかったらしいということが分かる。

 適当な座席に座り、シートベルトを締める。



「これでいい?」

「ああ、それじゃあ遠隔から操縦するからな。一旦切るぞ」



 通話が切れてすぐに車両のドアが自動で閉まると、車が動き始めた。

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