第24話 その超能力少女は
人狼化する能力を持つ少女、ソルハをその両親の元に送り届けてから数時間後。アリスはリターナー本部施設内の一室で待機をしていた。
「いくら私にそういう分野と関係がある能力があるからって、こんな時間に呼び出すのはどうなの……」
などと、ブツブツとつぶやいていたアリスが何かを感じ取る。
「ハッ……この感じは!?」
そして、それと同時にアリスが座る位置から正面のドアからノックの音が響く。
「一体、今のは……まあいいか。どうぞお入りください」
「失礼します」
ドアを開けて部屋に入って来たのは、痩せ顔の中年風で眼鏡をかけた男性。
それを確認したアリスは、何かを思い出したかのように少し動揺を見せる。
「え、そんな……ゴホン! どうぞ、こちらにお掛けください」
すぐにその動揺を隠した彼女は、男を机を挟んだ向かい側の椅子に座るように促し、それに従い男はそこに座った。
「イナバ超能力研究所のイナバ所長でしたね。本日のご要件は?」
「3年前に失踪した。私の研究の協力者だった少女についてお聞きしたく……」
その言葉を聞いたアリスの動揺が怒りに近いものに変わるが、それは表には出なかった。
その後、男が取り出した資料を見て彼女は確信する。
これは自身のことであると。
「どこでリターナーの情報を得たかは……まあ触れないでおきますが。一応簡単に調べてみましょうか」
アリスは机上に置かれたタブレット端末を手に取り、資料の情報を元に帰還者の名簿を検索し始めた。
「該当者0ですね」
「そうですか……戻って来ていればよかったのですが。なにせあの子の持つ能力を超える人材が未だに現れないものですから」
「そう……ですか」
当然ながらその検索で該当者は見つからない。
そして、男の言葉が徐々に彼女の怒りの感情をふくらませていく。
「ところで少し聞いたのですが、あなたも超能力者のようで。よかったら研究にご協力……」
「職務で忙しいので」
食い気味に男の提案を断るアリス。
その後も緊張した空気感で2人のやり取りがしばらく続き。
「それは残念。では何か情報が手に入りましたら研究所の方まで連絡をお願いいたします。夜分遅くに申し訳ありませんでした」
「いえいえ。それではお気をつけてお帰りください」
話が終わり、男の退出を確認した後。
彼女の顔は少し不安気な表情となる。
「少しまずいことになったわね……まだ気付かれてないようだけど」
男から渡された資料を見て彼女はつぶやく。
「こっちではまだ3年しか経っていないか……でも、あいつなら気付く可能性も……」
資料を含めた荷物をまとめた彼女は静かに退室した。
翌日。
自宅のマンションの一室から寝ぼけ眼で表に出たアリス。
その眼前には、遠目からも巨大に見えるリターナーの本部施設があった。
「さ〜て、昨日のことは気になるけど……とりあえず行きますか!」
そして、伸びをして気分を切り替えた様子で出勤した彼女だった。
数十分後。
彼女はふと、
ここは彼女の通勤ルートからは外れた場所であった。
「撒けないか……しつこいようだし、ここは正面から……かしら」
バイクからゆっくりと降りた彼女は、周囲を見回してその感覚を研ぎ澄ませる。
すぐに何かを感じ取り、その身を素早く動かすと背後から放たれた光線を避けた。
「あちらもやる気みたいね……ユニット!」
その声と念に反応してバイクの積荷から飛び出したユニットと呼ばれた機械達がアリス周囲の空中に展開される。
彼女が攻撃が来た方向に振り返るとそこには、白いサソリのような形状をした一般車両程の大きさの機械が空中で静止していた。
「この感じは何……知っている……しかも複数……それに、この奥にある感じは昨日の!」
何かを異様なものをサソリ型の機械から感じ取ったアリスの動揺の瞬間を狙うようにそれは、鋭く尖った尾の先端を彼女に向け伸ばす。
寸前で察知した彼女は、ユニットから放った光線が当たって尾の軌道をずらされた。
「やはり、そう簡単にはいきませんか」
「その声、やはりあんたね……イナバ!」
尾が定位置に素早く戻ると同時に、彼女にとって聞き覚えのある声が機械から発せられる。
それは前日に彼女が出会った男、イナバの声であった。
「私とてあなたには及びませんが同じ系統の能力を持つものです。気づかないはずがないでしょう。アリス・エチゼン……いや、被検体29番」
「その呼び方!」
被検体という言葉を聞き、激昂したアリスはユニットを瞬時に男の操るそれを囲むように配置し、それらから光線をそのサソリに向けて同時に放った。
しかし、その同時攻撃はサソリを覆っている見えない何かに阻まれて傷一つ付けることができなかった。
「無駄ですよ。私を守るように力を使うようにさせていますからね……この子達に」
「この子達? もしかして、そこから感じるあんた以外の感覚は……」
彼の言葉から何かを察した彼女は、サソリの中から感じていた男以外の反応を改めて素早く探る。
「それの大きさからして……あんた、まさか!」
「ええ、これにはあなたの同世代の子達を組み込んでいましてね」
男が動かすサソリの大きさから複数人が乗り込めるとは考えられないとアリスは思考し、そこから男の「組み込む」という言葉の意味を察した。
「なんてことを……あの子達を……」
「元々あなたを含め、生体パーツとしての運用は想定していたこと……あなたが欠けたのが本当に残念ですけどね」
「許さない!」
イナバのその言葉を聞き、アリスはさらなる怒りの念をユニットに乗せ攻撃を続けた。
パーツとして組み込まれた、彼女の知る同じ被検体であった者達が障壁を貼り、攻撃を防ぎ続けるも長くは続かずにサソリに少しずつ傷が付けられていく。
「さすがにこのペースの攻撃は防ぎきれませんか」
「イナバ! このまま粉砕してやるわ!」
「いいのですか? これを破壊すれば組み込まれている生体パーツも吹き飛ぶ。そして、これを破壊したところで遠隔から操作している私には傷一つ付けることはできませんよ」
その言葉に彼女が操るユニットの攻撃が止まる。
そして、隙を見逃さないとばかりにサソリの両手のハサミが大きく開かれ、そこから無数の光球がアリスに向けて放たれた。
「くっ……わざわざ教えてくれるとは随分と余裕そうじゃない」
光球を難なく身を転がして避けるアリスだったが、彼女の攻撃は完全に止まってしまっていた。
「どうする……あの状態で救ったとしても、もう……でも」
「さあ、どうします? このまま研究所に戻るのであれば歓迎しますよ」
迷い、防戦一方となったアリスは、回避の合間にリターナー本部への連絡を試みるが。
「……ダメね。さすがに対策済みか」
「当然です。余計な手間をかけずにあなたを捕らえることが目的ですからね」
「へぇ……やっぱりそうだと思ったわ」
しばらくサソリの攻撃を避け続けるアリスだったが、その動きも鈍り始める。
「はぁ……はぁ……何か方法は……」
「そろそろ限界ではないですか?」
そんな中、彼女に誰かからの通信が入った。
「通信!? 妨害されてるはずじゃ……しかも、これは誰?」
入った通信の相手に彼女は覚えがなかった。
しかし、イナバの妨害を潜り抜けて来たこと。そして、藁にも縋るような状況であったことから、その通信を繋げることをアリスは決断する。
「誰? 要件は?」
「あなたに恩を売っておくのも悪くないと思ってね」
繋がった通信。
そこから聞こえてきたのは若い女性の声だった。
「戦力をそっちに向かわせた。もう少し耐えてくれ。以上、通信終わ……」
「待って! あなたは一体……」
「GM……とだけ名乗っておくよ」
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