第23話 抑えられない力
目が覚めると、覚えのあるサラサラした感触と匂いを感じる。
さらに目を開けると満面の笑みが僕の寝ぼけ眼に映った。
「おっはよー!」
「だからうるさいって、その距離は」
最近は伯母さんがハルをいつもの友達感覚で普通に家に入れるせいで、この起床パターンが多くなりつつあった。
起きるのが遅い僕にも問題はあるんだろうけど、この起き方はまだ慣れない……。
「今日はさー、やっと会えたんだし、どっかに遊びに行こうよー!」
「たしかに完治祝いに一緒にどこか行こうとは約束してたけど……」
昨日はリターナーの地下居住区でのトラブルで結局会うことができなかったし、僕自身も彼と何かしたい気持ちはあった。
ゆっくりと上体を起こし、横で足をバタバタしてるハルの方を向く。
「じゃあ、ドクナさんが前に言っていたお店でも行く?」
「おいしいとこ!? ドク姉もみんなで行きたいって言ってたなー」
そういえばあの話もうやむやになっていたなぁ。
早速ドクナさんに連絡をスマホを取り出すが……ハルがそういう端末を持ってないところを見ると、ドクナさんも持ってないのではないか。
「ねぇハル、ドクナさんってスマホ持ってるの?」
「雪理がいつも使ってるやつ? それなら僕もドク姉も使い方よく分からないから持っていなーい」
やっぱりそうか……アリスさんにでも連絡しようか。
「でもさー、ドク姉なら下にいるよー」
「あぁ……ドクナさんも来てたんだ」
余計な連絡をしなくて済んでよかった。
ということで僕達は早速1階に向かう。
階段を下りると、リビングで伯母さんと話しているドクナさんの姿があった。
もちろん幻術により人間になった姿で。
「おお、雪理。起きたようじゃな、おはよう」
「雪理ちゃんおはようよ〜」
こちらに気付いた2人が手を振る。
僕も手を振り返しながら、空いている椅子に僕達は座った。
「ドクナさん。ハルの完治の祝いにこの前言ってたお店にみんなで行かない?」
「ボクも行きたーい!」
「そうじゃな。丁度良い機会じゃし、行くかのぅ」
「私も気になるけれど……みんなの邪魔しちゃいけないわよね」
伯母さんを地下居住区に行かせるわけにはいかないし、今回は残念だけど一緒には行けないな……。
「ま、友達同士で楽しんで来るといいわ〜」
「はーい!」
「すまんなカオリ」
「今度は伯母さんも一緒に! 行ってきます!」
こうして3人で食事に出かけることになり、リターナーの施設へ向かい数分後。
中央都市第8公園。
ドクナさん達と出会った日に訪れた場所を通りかかるその時だった。
「それで朝っぱらから変なロボットが襲って来て……簡単に倒しちゃったけど、その後色々聞かれたりして大変だったわけ」
「そんな事があったんだ……」
「エルフを模した人形……いやロボットだったか。それはまた奇妙な……」
「うわー! 逃げろ化け物だ!」
公園の方から聞こえてきた子供の悲鳴。
その方を向くと、2人の男の子が怯えた表情で僕達の後ろに逃げ去っていく。
「一体何が……」
子供達が逃げて来た方向をよく見ると1人小さな女の子の姿が見える。
僕達が近づくと手で目元を覆っており、どうやら泣いている様子だった。
「化け物とか聞こえたけど何かあったのー?」
「うう……」
一番に声をかけたのはハルだった。
その声に気付いた少女はゆっくりと目元から手を離していき。
「お兄ちゃん達も……逃げて」
「化け物はどこじゃ? 妾達なら何とかできるかもしれん」
ドクナさんの問いに少女は何か違うといった感じで首を横に振る。
「ん? どういうこと?」
「化け物は……あたしなの……ううっ、また!」
少女が突然うずくまり、唸り声を上げ始めてそれがどんどん大きくなっていく。
「ううぅぅぅ! があぁぁぁ!」
唸り声に合せて少女の全身の地肌から茶色い毛が生え始める。
そして、耳の位置も徐々に頭頂部付近へと近づいていき、その形も犬やそれに近いものに変わっていった。
「どうしたの!?」
「むぅ、これはまさか……」
少女の体の変化がおさまると、その姿は犬……いや狼と人を足したような姿。いわゆる人狼といえるような外見に変わっていた。
「えっ……もしかしてこれって人狼ってやつなの」
「……のようじゃが、妾達と同じあちら側の住人といった感じでもないのぅ」
ということは、帰還者ってことになるのか?
でも力を制御できないのなら、こういうタイプの場合は地下居住区の方で暮らしているはずだよなぁ……アリスさんの説明を思い出す限りだと。
「もしかして地下から来たの?」
「うん……表にずっと出れなかったから……」
どうやら思った通りだったらしい。
しかし、どうしたものか……こちらに襲いかかるような様子は見られないけど、この姿で表を出歩くのはまずいだろう。
「雪理よ、アリスに連絡してみるのはどうじゃ? あやつなら何か知ってるかもしれぬ」
「うん、そうしたほうが良さそうだね」
その提案に乗り早速、この前交換したアリスさんの連絡先へとメッセージを飛ばす。
するとメッセージによる返事ではなく、通話の着信がすぐに来た。
みんなに聞こえるようにそれに出る。
「あ、もしもし面野さん。聞こえるかしら?」
「はい。それでメッセージで送ったことなんですが」
「多分その子は今、居住区のほうで捜索中の子だと思うのよね。名前は
「本人の話からそうなんじゃないかって気はしてましたが」
この会話を聞いていて、その名前を聞いた時の本人の反応を見ると、その人物で間違いなさそうだ。
やはり地下から勝手に抜け出してしまったパターンだったらしい。
その事が分かったなら、あとはアリスさんに任せるだけかな……。
「それじゃあ悪いんだけど、よかったらその子を指定の場所に連れてきてもらえる?」
「あ、はい。分かりま……」
そう返事を返そうとした時、誰かが僕の片足を掴む。
視点をそちらに向けると、いつの間にか元の姿に戻っていた少女の姿があった。
「嫌だ……帰りたくない……友達できそうだったのに……パパとママにも会いたい」
「えぇ……うーん、どうしよう」
あちらも電話越しにこちらの様子に気付いたようで。
「面野さん? どうかしたの?」
「それがですね……」
少女が帰りたくないと言っていることを伝えると、彼女は困ったような声になり。
「人狼化が制御できない以上は、表にいられるのは……」
「ふむ、制御できれば……と」
ドクナさんが何かを思いついたような様子で口を開く。
「ドク姉、何かいい案あるのー?」
「ああ、その力を制御できるように訓練することができぬかと思ってな」
「そんなことできるんです?」
「この人狼化の力に幻術に近いものを感じてな。その訓練法を応用すればあるいはと」
この提案になるほどとでも思ったのか、電話越しに手を1回叩く音がした。
「試してみる価値はあるかもしれないわね! そんな短期間で何とかなるものなのかは知らないけど」
「それはこの子の才能、あるいは妾の訓練法との相性次第かのぅ」
「それはそうよね。問題は場所だけど……丁度、その公園にリターナー管轄の災害時用の地下スペースがあるし、それを使いましょうか」
アリスさんの指示に従って、僕達は緊急用と大きく文字が書かれた扉を開け、そこから続く階段を下り始めた。
「あたし……うまくできるかな?」
「きっと、だいじょーぶ!」
「それは断言しかねるが、妾もうまくいくことを願っておる」
階段を下りきった先には広い地下の空間が広がっていた。
殺風景な場所ではあるが、緊急時にはここが人で埋め尽くされるのだろう。
「さて、ソルハよ。訓練を始めるぞ」
「はい!」
あの子もここまで来たらどうやらやる気の様子だ。
それから訓練の様子を僕とハルでしばらく眺めていた。
途中でドクナさんが本来の姿に戻ってしまったが、あの子も最初は驚いたようだったが、すぐに慣れたようで訓練に集中し直した。
「そうもっと意識をじゃな……」
「こう……がるる……」
詳しいことは分からないが、少しずつ少女が人狼化をうまく扱えていってるように見え、訓練は順調そうだった。
それにしても方法がかみ合ったのもあるだろうけど、ドクナさんも教え慣れてる感じだ。
食事や休憩を挟み、さらに時間は経過して……。
「えいっ」
その声と同時に少女が一気に人狼化する。
「ここまで制御できるようになれば問題ないじゃろう」
「ホント? やったー!」
どうやらドクナさん的に合格ラインに到達したらしい。
あの子の素質かドクナさんの教え方なのか、まだ数時間しか経っていないのにすごい。
その後、報告のために僕のスマホでアリスさんと今度は、映像も含め通話できる状態にした。
そして、その成果が披露されると。
「これで……お外にいてもいいんだよね?」
「どうじゃ? アリス」
「ええ、かなり安定しているみたいだし、彼女のご両親にも連絡しておきましょう」
アリスさんの話によれば、あの子の両親は最初からこちらに戻って来た彼女を受け入れるつもりだったようだけど。人狼化の制御がうまくいかない関係で地下でしばらく保護するという形になっていたらしい。
「よかったねー、ソルハ!」
「もう暗い時間ですし、迎えに?」
「ええ、今空いているし私が行くわ」
数十分後。
アリスさんから公園に着いたとの連絡があり、全員で階段を上って表に出る。
「あの車かな?」
目の前に止まったリターナーの表向きの施設名が車体に書かれた黒い車から、アリスさんが降りてきた。
「おまたせ! それじゃソルハさん。ご両親の元に行くわよ」
「うん! 蛇のお姉ちゃん、今日はありがとう!」
「今日の感覚を忘れぬようにな」
ドクナさんが少女の頭を軽く撫でると、彼女はこちらを向いて手を振りながら車の方へと駆けていく。
そして、嬉しそうな表情の少女がアリスさんの車に乗ったのを確認し、そのまま残った全員で見送った。
「あの子の訓練をしていたら昔、妹に同じことをしていたのを思い出したのぅ」
「妹さんがいるんですか?」
「ああ、そんなに歳は離れておらんが、妾よりも大人しいやつで……生きていればいいのじゃが」
それは初耳だった。
ドクナさん達が来る直前にあっち側であった事からして、そういう言葉が出るのも仕方ないだろうな……。
「ところでお店は〜?」
「しまった! 忘れておった!」
「まだそんなに遅い時間じゃないですし、焦らなくても」
そんなこんなで僕達は改めて食事に向かうことになった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます