第20話 機械の襲撃者

 リターナー紋魔もんま技術研究部門の研究区画の一画。

 白衣や作業着を着た複数の職員が、区画中央に設置された巨大な機械の輪「紋魔の門」から放たれる赤白い光に照らされながら作業を行っていた。

 そして、作業が行われているこの場所には、高身長の人間に近い背丈のロボットが壁に吊るされていた。その胸の部分には何かをはめ込むための穴が空いており、その頭の造形は耳が尖っていてエルフを連想させる。



「やっと完成しましたか。小型紋魔コアのテスト用フレーム」

「オデオカさん、これを」



 エルフ型のロボを目の前で見つめる仮面の男、クレス・オデオカに白衣の職員の1人が小型紋魔コアと呼ばれた機械を手渡す。それは丁度ロボの胸部にはめ込める大きさだった。



「それでは起動しますよ。名称は……そうですね、とりあえず メカエルフ でいいでしょう」



 彼がメカエルフと名付けられたロボの胸部にコアをはめ込む。

 すると、そのバイザーのような目元の中央に赤いモノアイの光が灯って起動を始めた。



「正常な起動を確認しました」

「いいでしょう。では一旦停止の処理を」

「はい……あれ? こ、これは」



 起動中のメカエルフの横で端末を操作する職員が異変に気付く。



「停止できない!? 紋魔エネルギーの上昇が止まりません!」

「チッ……緊急停止を早く!」



 オデオカがそう指示するも時すでに遅く、拘束を強引に解除したメカエルフは研究区画の外に向けて猛スピードで飛んでいってしまった。



「大変ですよ! 早く対処しないと」



 慌てる職員とは対象的に、オデオカは冷静な様子で飛んでいくメカエルフを見ていた。



「石化の治療で手に入った、あのダークエルフの細胞などを加えて色々いじったのが影響しましたかねぇ……」



 彼はその仮面の下に不敵な笑みを浮かべる。



「まあ、これはこれで良いデータが取れるかもしれませんが……」



■■■■



 メカエルフの暴走から数分後。

 地下居住区。ハルの住居スペース前。

 時間は早朝であるためか、日光を模した照明が薄く居住区全体を照らしていた。



「よーし! やっと体がちゃんと動くようになった! これで雪理に会えるぞー!」



 伸びをしながらそう高らかに叫ぶジャージ姿の褐色長耳の少年、ハル・エアトがそのまま軽くストレッチをすると流れるように自らの体に風魔法をかける。



「こうやって走るのも久しぶりだなー」



 走る態勢になると高速で人気ひとけのない都市内を駆け抜け、その外れにある森林地帯に入ったところで彼はその足を止める。

 そして、人気のない森の中にポツポツと置かれたベンチに座り。



「本物じゃないけど、こういうところはやっぱり落ち着くなー」



 タオルで汗を拭いながら足をバタつかせる彼が、ふと上を見ると何かが空に赤い線を描いていることに気付く。



「あれ何だろ……」



 それをじっと見つめる彼に、それはどんどん近づいて来ていた。



 「落ちてくる!?」



 自身に向けて落下すると察したハルは、素早くその場から退避した。

 それからすぐに赤い光が地面に衝突。

 周囲の木をなぎ倒し、ベンチを吹き飛ばした。



「い、一体何なの……」

「ガ……ガガ……」



 光の着地した地点の中心に舞う砂埃の中に1つ赤く光るものがあった。

 その中から現れたのは……鈍色の体にその頭部は尖った耳のような形状が見られ、いわゆるエルフのような見た目をしている人型のもの。

 そして、赤く光っていたのは目元のバイザーの中央に光るモノアイだった。



「人形……?」

「ギギ……戦闘……」



 興味を持ちながらも恐る恐るエルフのような機械……メカエルフに近づくハル。

 彼がゆっくりとそれに手を伸ばすと、その胸部から激しい光が放たれ始める。それから間もなく、彼に向けて扇状の範囲に熱線を胸部から放つ。



「なになに!?」



 間一髪でハルは、その側面に回避するも、その長い髪に熱線が掠ってその部分が少し焼け焦げる。



「ターゲット……」

「やる気……なの?」



 回避した彼の方へ振り向いたそれは、素早くその金属の足で彼の腹部へと蹴りを入れた。



「あがっ……!」



 少し吹っ飛ばされるも、空中で体勢を整えてうまく着地したハル。

 追い打ちをかけるように彼に急接近したメカエルフは、胸を前に突き出して再び熱線をそこから放とうとする。



「そう何度も同じ攻撃は効かないよ!」

「!?」



 攻撃が放たれる直前に彼はそれの頭部に両手を乗せ、跳び箱を思わせるような動きでその背後に回った。

 続けて地面に着地にする前に背後から風を纏わせたかかとをそれの頭部に向けて彼は振り下ろす。



「ガガ……!」

「それっ……ドーン!」



 メカエルフは頭部から地面に叩きつけられ、ハルはその反動を利用してそれから距離を取った位置へ着地した。



「どうしてもボクと戦いたいなら……遊んであげるよ」



 起き上がろうとするメカエルフに手招きをしながらニヤリとした表情で軽く挑発をするハル。

 それに反応してか、そうでないか、それが立ち上がると空高く跳躍し、その両手の先に赤白く光る円盤が現れる。



「ギギー!」

「今度は何かな!」



 メカエルフはその2つの円盤を彼に向けて投げつける。

 軽くそれを避けるハルだが、その後ろで命中した木々はバッサリと切り倒されていた。



「ひゅー! そういうことも出来るんだね。じゃあお返しだ!」



 ハルもその両手の先端に氷の塊を出現させると、それらを素早く丸鋸の刃のような形状に変形させてメカエルフに向けて投げつける。



「ガガ……ガガ……」

「よーし! 当たった!」



 氷の刃がそれの胸部を掠り、その一部が削られる。

 しかし、その傷は浅かったようでメカエルフは戦闘態勢を崩さない。



「まだやるの?」

「ターゲッ……ト……ガガ」



 ハルをそれのモノアイが凝視し始め、それと同時にその背中に赤白い光が灯る。



「今度はどんなものを見せてくれるの?」

「ガガガガ……!」



 その声とともにメカエルフの背中から無数の光弾が放たれる。

 空中で静止したそれらは一斉に彼に目がけて飛んでいった。



「遅い遅い!」



 状況を瞬時に把握したハルは、再び体に風を纏わせると周囲を走り回り、彼を追う光弾が1つ、また1つと彼自身に当たることはなく地面に着弾していく。



 「あ、そうだ! こういう相手にはあれが良いってドク姉が言ってた!」



 何かを思い出した彼は光弾をかわしきった後、素早く片手に雷魔法を纏わせる。



「それ!」

「ガ!?」



 そして、それの背後に回り込むと雷を纏わせた手でその背中を強く押した。

 その瞬間、メカエルフの全身が激しく痙攣し始める。

 少しして、痙攣が止まると同時にそれの全身から黒い煙が立ち、その場に崩れ落ちた。



「本当に効いたなー。ま、ちょっとヒヤヒヤしたけど、大した相手じゃなかったね! でも、何だったんだろ……」



 動かなくなったメカエルフを観察するハルの元に作業服を着た集団が近づいて来る。



「ん……誰?」

「ハル・エアトさんですね。我々は紋魔技術部門の者なのですが、そこのテスト機の回収をさせてもらいますね」



 職員から彼に、暴走した試作機を止める準備をしている間に偶然にも彼がそれを戦闘によって停止させてしまった。という状況であることが伝えられた。



「そうだったんだー、ごめんね〜」

「いえ、我々の対応が遅かったせいですので。むしろ人的な被害が出ずに済みましたし、感謝したいくらいですよ」

「えへへ、そうなんだ!」



 褒められて嬉しそうなハルの横を回収されたメカエルフが通るその時。

 彼はそれの顔をチラりと見た。

 真っ暗なバイザーには光は無く、その金属の体も動かないはずだった。

 しかし、わずかにほんの刹那、バイザーの中央に淡い光が灯る。



「ハ……ル……エア……ト」

「えっ」



 ハルがそれを二度見した時にはすでにその光は消えていた。



「気のせい……かな?」



■■■■



 数時間後。

 地下居住区内の紋魔技術研究施設。

 そこでは運び込まれたメカエルフの調査を複数の職員が行っていた。

 そして、その横でモニターの方を向くオデオカの姿があった。



「オデオカ貴様……何故、試作フレームの捕縛の指示を遅らせた!」

「あの異世界人の戦闘データを収集できるかと思いまして……ドクター、あなたにも役に立つものですし」



 彼の目の前のモニターには、機嫌を悪そうにしているスキンヘッドの男……Dr.ウァイパーの姿が映っていた。



「だとしてもだ。一般住民への被害を出さぬためにもだな……」

「あの異世界人であれば、被害も抑えてくれると見込んでのことですよ」

「貴様……まあいい。こちらに送られているデータによれば、今回の暴走はコアに問題がある可能性が高いとのことだが、次はコアを変えるのだな?」

「はい。そのつもりです」

「また何かあっても困るからな、そのコアは廃棄しておけ」



 通信が終わり、ウァイパーを映していた画面が消える。

 すぐにオデオカはその場で振り向き、ゆっくりと歩き始める。

 そして、様々な配線が繋がれた状態のメカエルフにはめ込まれていた小型紋魔コアの前に彼は立つ。 



「あのダークエルフの少年に対して、このコアは執着のようなものを見せ始めていた……これは素直に廃棄するには惜しいですねぇ」



 彼はその仮面の下に再び不穏な笑みを浮べながら、それを興味深そうに見つめていた。

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