第19話 追い続けた気持ち

 石化事件から数日が経った。

 そろそろハルの石化が完治しそうとの連絡があり、僕は安堵して少し気分が軽くなっていた。

 ドクナさんは彼につきっきりのようで、僕も様子を見に行こうとあれからプライベート用? の連絡先を教えてもらったアリスさんに相談したが、あまり人を入れることはできないらしく、行ったとしても僕には何もできないし、そこは引き下がった。

 そうなると、なんとなく裏牙にでも会いに行ってみようと思い。僕はラスボス帝国のアジトへと向かうことにした。





 しばらくして、アジトビル前に到着するも裏牙に連絡を入れてなかった事に気づいたが、どうせいるだろうとアジトのドアに手をかける。



「開いてるな……」



 そのままノブを回して入室する。

 そこには、黒髪のウィッグに巫女服姿の虎白さんがくつろいでいた。



「あ、裏牙いないの?」

「雪理殿でござるか。裏牙殿なら、提出するものがあるとかで大学の方へ行ったでござるよ」



 やっぱり確認を取っておくべきだったか。

 とはいえ、どうせすぐに戻って来るだろうと床に座りスマホを取り出す。





 数十分後。

 お互いにスマホを見ている状態とはいえ、虎白さんと2人だと少し気まずい……。

 何かしらの理由をつけて外の空気を浴びてこようとしたその時、虎白さんが立ち上がる。



「少し買い物をしてくるでござるよ」

「あ……いってらっしゃい」



 察してくれたのか、あっちも同じ気持ちだったのか。それとも単なる偶然か……どちらにせよ助かった。

 彼女が玄関から出る姿を見送り、目線を手元に戻す。



「虎白 隼花! 何ですの、その姿は!」



 すぐに外から大声がしたので、急いで部屋を出る。

 目に映ったのは困惑する様子の虎白さんと、真紅色の2本に分かれた巻き髪が特徴的なワンピースを着た女性が向かい合っている様子だった。

 すごい剣幕で迫っている様子の彼女は、虎白さんと同年代くらいに見える。



「い、一体なんでござるか!」

「ござる? 話し方までふざけているのかしら! どこまで堕落したのやら」

「そもそも何の話でござるか。拙はあなたに覚えが無いんでござるが……」

「忘れたでもなく、認識すらしていなかったと?」



 話している内容はよく分からなかったが、巻き髪の人がどんどんヒートアップしていくようで、これは間に入ったほうがいいかと思って急いで階段を下りる。



「ワタクシは 朱崎あかざき ルネ! 高校時代、あなたとクラスの成績を競い合っていた者ですわ!」

「たしかに拙は休学前はクラスでトップになることが多かったでござるが、その名前には本当に覚えが無いでござるよ」

「眼中に無かったと……常にあなたを超えられなかったワタクシが……」

「そもそも拙らの高校は学力のレベルでいえば下の方ゆえ、そんな事気にしたことが無かったでござる」

「ワタクシは……ワタクシは」



 2人の間に飛び込むように割り込む。



「待ってください! 事情はよく分からないですけど、落ち着いて!」

「雪理殿! 拙にも事情がよく分からなくて……」

「何ですのあなたは? ああ……ふざけた交友関係の1人ですわね」



 巻き髪の彼女は鋭い視線でこちらを睨みつける。

 そして、そこには何か覚えのある感覚があった。



「虎白さん、あなたが休学してワタクシはトップになれましたわ……でも逃げ切られてしまった……あなたに……だから意味がない……」



 睨みつけているその目は虚ろさも感じ、なによりもあの嫌な感じがある。

 ということは、紋魔もんまの影響にある状態ってことなのか!

 人にも影響を与えるとは聞いていたけど……。



「ワタクシは……あなたに……あ、あぁぁぁ!」

「あ、朱崎殿……だ、だだ、大丈夫でござ……るか」



 頭を抱えて叫びだした彼女の全身が赤白く光始める。

 そして、その背中から発光する赤い翼が一気に2枚生えた。



「ワタクシ……どうなって……」

「な、何が起こっているでござるか!」



 人が怪異化するっていうのは、こういうことなのか。

 とにかく、まずは虎白さんを逃さないと。



「虎白さん、逃げて! 出来る限り遠くに!」

「わわわ、分かったでござる!」



 彼女は僕の言葉を聞いて帝国アジトの方面に走り始める。



「逃しませんわ!」



 しかし、その逃走ルートを塞ぐように怪異化した朱崎の翼から放たれた鋭く尖った羽が道に撃ち込まれた。



「ひぃ!?」



 今の攻撃で虎白さんは怪我はしなかったようでよかったけど、彼女に狙いを定めているなら、僕が前に出てここで戦うしかない。

 アジト1階の店のシャッターは閉まっている。

 虎白さんには知られてしまうけど、後でアリスさんに事情を説明すれば大丈夫かな……いや、今はそんな事を気にしている場合じゃない!



「虎白さん。じっとしていてくださいね……」

「雪理殿……?」



 体に意識を向けて水晶に覆われたあの姿を思い浮かべる。

 コウモリ傘の少女の時に感じたものが確かなら、この力は紋魔に対しては使いやすいはず!

 目を一気に見開くと、手の先から水晶が生えだして胴体から足、頭へと伝い、戦える姿へと変わった。



「雪理殿……そ、その姿は!」

「ごめん、後で説明するから!」



 そう……細かい事は後だ、今は!

 変化した拳を怪異化した彼女にぶつけようとしたが、飛び上がられて避けられる。

 だが、ここで気付く。



「人が影響を受けているってことは……」



 朱崎さんを傷つけないようになんとかする必要がある。



「きぃぃぃぃ! ワタクシの邪魔を!」



 躊躇した隙を突かれ、上空から鋭い羽が雨のように僕に向かって降り注ぐ。



「うわぁぁぁ!」



 僕の体を覆う水晶を羽1枚1枚が少しずつ削り、その度にそこそこの痛みが襲ってくる。

 しかし、これでは手が出せない……対処方法をアリスさんに聞いておくべきだったか。



「大丈夫でござるか、雪理殿!」

「大丈夫……でも」



 意識を体に集中させろ……あの不思議な声が何か教えてくれないか……。





 ダメだ……何も出てこない。

 何かないか……怪異としての特徴は生えた翼……。

 ということは……よし、これに賭けてみよう。



「翼を潰せば……」



 足に力を入れて、上空にいる彼女に向かって跳躍する。

 空中で手を伸ばすと彼女の足を掴むことが出来た。



「がぁぁぁ! 離しなさい!」



 そこから少しずつ彼女は高度を落としていき、地面に近づいたところで両腕を使って背中の翼を挟むように押さえる。



「こうやって、こういければ!」

「何をするんですの!」



 押さえた翼を全力で折り曲げる。

 バキバキという音とともに、生え際から赤い翼は折れて地面に落ちる。

 そして、それと同時にもがれ、折られた翼は霧散した。



「ワタ……クシは……」



 翼が霧散した直後、彼女の背中の翼の跡も消え去り、紋魔の力の感覚も感じ取れなくなった。

 その後、彼女がその場に倒れたため、とりあえずアジト内に運ぶことにした。





 数分後。

 僕は元の姿に戻り、朱崎さんをアジト内のソファーに寝かせて虎白さんとともに様子を見ていた。

 見たところ外傷はなく、単に眠っているような状態のようだ。



「なんとかなってよかった……」

「雪理殿……さっきのあれは一体」



 そうだ、虎白さんに僕の力を見られていたんだった。

 どう説明したものか。

 帰還者やあの2人の事は伏せておいたほうが良さそうな気もするし……。



「あの姿なんだけど、ある日突然ね……」



 帰還者関係の事や2人……といっても、まだドクナさんには会わせてないけど、その正体やらの事は避けて、謎の男に襲われて窮地に陥った時に覚醒したものだと説明した。

 実際、紋魔の力に反応することくらいしか分かっていない能力だし、まあ……。



「すごいでござるよ! それってまるで変身するヒーローではござらぬか!」

「たしかに、言われてみればそうかもね……まだ安定して変われるわけじゃないんだけど」



 虎白さんの反応はというと、目を輝かせて羨ましいと言わんばかりの表情でこちらを見てくる。

 こういうところ裏牙に似てるよなぁ。

 アイツに知られた時にはどうなることやら……。


「あ、そうだ! 虎白さん、この事は……」

「秘密でござろう? 分かっているでござるよ、お約束でござるしなぁ!」

「あ、ありがとう」



 満面の笑みでこちらにサムズアップをする彼女……。

 秘密にはしてもらえるようだが、このノリだとなんか不安だなぁ。



「う、うーん……あら、ここは……」



 そんな話をしていたら、朱崎さんが目を覚ましたようで。



「気が付いたでござるか!」

「よかった……」



 ゆっくりと上体を起こした彼女はじっと虎白さんを見つめる。



「えっと、何でござるか……?」

「卒業してからも気になっていたあなたを……偶然、この近辺で見かけまして。後を追ってみたら変な格好の男とあなたがビルの中に入って行って……」



 彼女が言うには、その後に裏牙が飛び出していったところから、妙な感覚が体の中から湧き上がったそうだ。

 恐らくその辺りから怪異化への前兆のようなものが始まっていたのだろう。



「それで……しばらく待っていると1人で虎白さんが出ててきたものですから、ワタクシは駆け寄って……それから……あれ? ここからの記憶が……」

「大丈夫でござるよ! そのあと少々口論になったでござる。それであなたが熱くなり過ぎて倒れたんでござる」

「そうだった……のですわね」



 虎白さんがうまく誤魔化してくれてホッとしていると、朱崎さんの目元が急に濡れ始めたようで。



「あなたが……言う通り、あのレベルの学校で成績なんて競っても……でしたわよね……本当はワタクシ、あなたに声を掛けたいだけだったのですわ……」



 彼女の目からボロボロと涙がこぼれ落ちる。



「グループで話しているあなたに……話しかけるきっかけが欲しくて……」

「そういうことでござ……だったんだね、朱崎さん」



 口調を直した虎白さんが朱崎さんを抱きしめる。



「それじゃあ……改めて友達になろうよ」

「虎白……さん」

「といっても、私はまだ卒業してないからそんなに時間は合わないかもしれないけど」

「……そんなのは小さい事ですわ」



 朱崎さんは涙を拭き取り、落ち着いてきたようで、その様子を横で虎白さんが見守っていた。

 丸く収まった……のかな。

 虎白さんが普通に話しているのを初めて見たから少し驚いたけど。





 しばらく3人でその状態が続いて1時間後。

 玄関のドアが開く音がした。



「あの教授め! 散々待たせておいて……おお、雪理も来ていたか! そして、そこのツインドリルヘアーは何者だ!」

「何ですの!? その呼び名は!」

「まあまあ……この人は、拙の友達の朱崎さんでござるよ」



 虎白さんが衝突しそうな2人に割って入り、さっそく友達として裏牙に朱崎さんを紹介した。



「ゴザルの友か! ククク……ならば貴様も我がラスボス帝国の一員に……」

「それだけは御免ですわ!」

「な、何故だぁ!」

「裏牙……それが普通の反応だと思うよ」



 その反応が普通だなと感じると同時に、この人はそういうタイプじゃないんだなと改めて実感して、少し安心した……気がする。

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