第15話 紋魔の怪異

 単なる怪談話だと思っていた事が実際に起こると、こうもドキドキするものとは。

 目の前のコウモリ傘の少女は笑みを浮かべてこちらを見つめ続けている。

 どうしたものかと考え始めようとした矢先、ハルが少女の方へと歩き始めた。



「コウモリ傘の子だー! 本当にいたね!」

「ねぇ、教えて。この形を……あたしをどう思う?」

「別に何とも? 初めて会ったんだし、まだ分からないよー」



 ハルの答えに少女は表情を変えずにしばらく沈黙し、口を開いた。



「無いわけは無いわ……この世界には形があるもの」

「一体何を言って……」



 よく分からない事を喋った後、彼女は傘を持っていない方の手をこちらへ伸ばす。



「雪理危ない!」

「えっ」



 その一瞬、強い風が吹いた。

 気が付いたら目の前にハルの後ろ姿が見えた。

 少女の方を見ると伸ばした手を下ろしており、もう片方の手に傘は無かった。

 周囲を確認すると道の端に少女が持っていたであろうコウモリ傘が落ちていた。



「今、あの傘で雪理を攻撃したんだよ、あの子!」

「なんだって!」



 傘を投げる様な動作は見られなかった。

 一体どうやって……と思ったが、すぐ答えが分かる。



「教えて……あなた達の恐怖を、驚きを……」



 道に落ちた少女の傘がひとりでに動きだし、宙に浮いて少女の手元に戻っていった。

 自在に動かせるということか。



「雪理! どうする!? 逃げる? 戦う?」



 どちらもいけるというような雰囲気で問いかけてくるハル。

 どうする……。



「あれは……倒すべき敵……は……を食らう」



 唐突にまたあの声……最初に体が水晶で覆われた時に見た幻。そこで母さんのような存在から発せられていた声が聞こえた。

 戦えということなのか?

 今は考える時間も無い、この声を信じてみよう。



「ハル、こっちが戦えるようになるまで頼んだよ!」

「りょーかいだー!」



 目を閉じ、意識を集中させる。

 すると、少女の方から何か力のようなものを感じ取れる。

 この感じは何だ……何か嫌な感じ……これがあの声が言っていたことと関係あるのか?



「倒すべき……あの世界から……落ちた」

「何を伝えようとしてるんだあなたは!」



 再び声が聞こえたかと思うと、体の変化の予兆が一気にやってくる。

 そして、目を開けると僕は水晶の姿へと変わっていた。



「結構すんなりいけたな、今回は……」

「雪理! やったね!」



 ハルの方を見ると、高速で飛び回る傘と風魔法か何かを纏った彼が格闘している状況だった。

 彼に向かって飛んできた傘を前方に割り込み、僕は両手でそれを受け止めて地面に叩きつける。

 その衝撃で傘は折れるがその瞬間、それ全体が赤白く光ると霧散するように消えた。



「あなたは、この世界の……嫌だ……あたしは、まだ存在していたい!」



 少女の笑みが怒りの表情に変わると同時に、彼女のスカートの中から複数のコウモリ傘が落ちる。

 そして、彼女が腕を振るとそれらが一斉にこちらに向けて飛んでくる。



「あんなに沢山どうなっているんだ!」

「大丈夫だよ! このくらいなら!」



 ハルが前に出て傘の1本1本を体に纏った風を利用して弾いていく。

 それでも防ぎきれなかった傘が飛んできたので咄嗟に僕は両腕で身を守った。

 水晶で覆われた腕を傘が貫通することはなかったが全くダメージが無いわけではなく痛みもあった。



「痛っ……ハル、何か他に魔法ないの?」

「えっと、目立つ魔法は外ではできれば使わないでって言われてるし……」



 そうか、たしかにここは住宅街だしなぁ。

 でも、そんなことも言ってられない状況だし……。



「じゃあ雷は? この天気ならそこまで目立たないと思う」

「そっか! それがあったね」



 そう話している間にも落とされた傘が再び宙に浮き始めていた。



「また来るよ!」

「よーし! バリバリっと!」



 ハルがそう両手を前に突き出した瞬間、宙に浮いていた傘全てに雷が落ち、それら全てはその場で霧散する。



「今だ!」



 少女が傘を取り出そうとしている隙に一気に間合いを詰めて拳を叩き込む。

 しかし手応えは無く、少女自身も手に持つ傘を残して霧散した。



「やった……のか?」



 恐る恐る残った傘を手に取る。

 すると突然、傘が赤白い光を帯び始める。



「な、なんだ!」

「雪理危ない!」



 咄嗟に傘を上に投げ捨てると、ハルがそれに向かって雷魔法を放った。

 焼け焦げたそれはそのまま地面へと落ちた。



「何だかよく分からないけど、助かったよハル」

「えへへ〜うまくやれたでしょ!」



 そう言いながら嬉しそうに僕の肩に抱きつく。

 彼のこの距離の近さとそのビジュアルが合わさって、なんというか複雑な気持ち……。



「あた……し……は……」



 消えた少女の声がして僕とハル両方が戦闘の態勢に戻る。

 声がするのは最後に撃ち落とされた傘からだった。



「この声は……この傘から?」

「帰るの……あの……場所へ……」



 わずかに聞こえた声が途切れると、その傘は一瞬強い赤白い光を放つ。

 そして、その傘を足で軽く突いてみると何も反応はなかった。

 今度こそやったかと、一安心すると同時に僕の体が元に戻る。



「ちょっとあなた達! ここで……って、面野さん!?」



 背後から聞き覚えのある声がした。

 振り返るとそこには変わった形の……多分、ウサギを模しているようなヘルメットのライダースーツの女性が立っていた。



「その格好、まさか……」



 彼女がヘルメットを外すと黄緑色の髪がなびきながら現れ、その素顔を見て確信する。

 やっぱりアリスさんだ。



「またあなたと会うとはね。見た感じ、何かと戦った後っぽいけど」

「それがですね……」



 アリスさんにこれまでの経緯を話す。

 何かを知っているのか、僕の話を特に驚く様子もなく聞いていた。



「なるほどね。それはきっと、紋魔もんまの怪異ってやつね」

「あのコウモリ傘の少女がですか? そもそも紋魔って?」

「ああ、そうね。そこからね……と言っても、私もよくは理解してない分野なんだけど」

「もんま〜? 何か聞いたことあるような、ないような〜」



 そう言いながら、彼女は乗ってきた赤いバイクに積んであった機械を手に取り、周囲を調べるような動きをし始めた。



「ハルさん、ドクナさんの故郷であり、帰還者達が行っていた世界よりも前からこの世界と繋がりがあった世界……それが紋魔もんま世界よ。正式な名称は紋章魔界もんしょうまかいだとか何とかだった気がするけど、まあそれはいいとして」



 調査か何かを終えたのか、彼女はバイクに機械を戻す。



「その世界は形を持っていないエネルギーそのものの塊らしいって言われてて、古くから極一部の人達がそこからエネルギーを抽出して利用できないかって研究してきたらしくてね」

「うーん……そういうのあっちにもあったかも! ボク全然知らないけど!」

「あっちにもあったんだ」



 バイクの前で連絡だろうか? を済ませ、彼女はこちらに戻って来て続きを話し始める。



「うちの機関と何で関係があるかっていうと、今ハルさんが言ったようにあっち側にもその技術があったらしくて、一部の帰還者があっちから紋魔関係の情報を持って来てね。それをどこから嗅ぎつけたのか、専門家の方からうちに接触してきたらしいのよ。それであなた達が前に会ったDr.ウァイパーが興味を示したものだから、紋魔技術の研究部門ができて……今日はそこからの仕事だったわけ」

「それで、紋魔の怪異って?」



 アリスさんは少し考える仕草を見せた後、続けた。



「えっとね、うちの専門家によると紋魔世界のエネルギーにはそれが形を保っていた頃に存在していた人々や、その他の知的生命体の意識や記憶の残滓っていうのかしら? が残ってるらしくて、自然発生したエネルギーが物や人に影響を与えることがあるそうなの」

「それが今回はこのコウモリ傘に……ってことですか?」

「きっと状況的にそうじゃないかしら」



 だとすると、あの声が反応していた嫌な感じって……もしかして紋魔世界の力に対してだったのかな……いや、まだ断言はできないか。



「さてと、べらべら喋っちゃったけど、今回の話も割と表に出しちゃまずい話だったのよね……またゴメン! 秘密にしといて!」

「は、はぁ……」



 色々情報漏らしすぎだよ、この人……。

 こちらに笑顔で申し訳なさそうな手振りをしてから彼女は、バイクにまたがりヘルメットを装着すると、それを走らせて夜道へと消えていった。

 紋魔の怪異とやらになってたらしい壊れたコウモリ傘は、アリスさんが回収したようでそこは一安心かな。



「それじゃあ、僕らも帰ろうか、ハル」

「はーい! 今日は雪理のとこに泊まってもいい?」

「もう暗いしまあ……でも暗いの大丈夫とかドクナさんから聞いたけど」

「うん! でも今日は疲れたから!」



 こうして僕達も帰路についた。

 裏牙達には収穫なしとでも伝えておこうか……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る