第12話 その治療院に注意

 昼も過ぎた頃。

 スマホを片手にぼーっとベッド上で動画を見ていると、インターホンの音が聞こえた。

 今日はドクナさんが家にやって来ることになっていることを思い出す。



「雪理ちゃん〜お友達が来たわ〜」

「はーい、今行きます」



 伯母さんの声を聞き、自室から出て階段を降りる。

 玄関に向かうとそこには、幻術で違和感のない人の姿になっているドクナさんが、優しい笑みをこちらに向けながら立っていた。



「先日はハルのやつがすまなかったのぅ」

「いえいえ、僕の幼馴染ともうまくやれそうな感じでしたよ」

「そうか、問題を起こしていないのならいいのじゃが」

「ところで、今日はどういう用事で?」

「ああ、居住区の方で美味しい店を見つけたのでな。一緒に行かぬかと……ん?」



 ドクナさんの視線が僕の後ろに向いたように思えた。

 振り返ってみると、床にうずくまる伯母さんの姿があった。



「どうしたの伯母さん!」

「大丈夫か、カオリ!」

「最近腰が痛かったから、最近話題になってた治療院に行ってみて……腰は治ったのだけれど、今度は体がなんだか重くて……」



 そう言う通り、伯母さんはうまく体を動かせないような様子だった。

 そこでドクナさんが伯母さんの体の各所を触り始めた。



「何をしてるんですか?」

「妾も治療術の心得はある。なんとかできぬかと……む?」



 何かに気づいた様子でドクナさんは触る範囲を徐々に狭めていく。



「何か仕込まれておるな。それ!」



 特定した部位に向けて治癒魔法か何かをかけたようだ。

 すると、伯母さんがゆっくりと立ち上がり。



「あれ? 治ったのかしら……さっきまでの重みが嘘のようだわ〜」

「治ったの!?」



 今の処置でどうやら体の重みとやらは完全に取れたらしい。

 ドクナさんの方を見ると、何か考え事をしている様子だった。



「……カオリよ、その症状が出たのは腰の治療をしてからだったか?」

「ええ、最初はそこまで酷くなかったんだけれど、少しずつ症状が悪化してきて……」

「ふむ……」



 思い当たる事があったような様子で、ドクナさんがこちらに近づき耳元で話す。



「カオリの体に魔法的な呪いのようなものが仕組まれておった」

「なんだって!」

「その治療院とやらの情報は?」

「見てみる」



 伯母さんから聞いた情報からスマホで検索をかけてみるが、口コミしか出てこず場所もマップ上には表示されなかった。



「本当に口コミのみで広まったような場所っぽいね。リピーター続出とか」

「ますます怪しくなってきたな……よし、雪理。調べにいこうか」

「うん、行ってみよう」



 症状を治したことは、ドクナさんにそういう技術があるといった感じでなんとか誤魔化しつつ、伯母さんから治療院の場所を聞き出してから、すぐにドクナさんと2人で現地へと向かった。





 数分後。

 意外と近場にあったその場所にたどり着くと、目の前には古びたマンションがあった。

 どうやら、その一室に治療院はあるという。



「確かに、そういう感じの雰囲気ですね」

「さて、どう調べたものか……」



 肝心な、どう探りを入れるのかを2人で考えながら歩いていると、あっという間に治療院があるという部屋の前にたどり着いてしまった。

 どうしようかと思っていたところに、廊下の奥から歩いて来る人物が見え。



「あなた達は……」



 それは私服姿のアリスさんだった。その片手には、大きなキャリーケースがある。



「アリスさん? どうしてここに」 

「それはこっちのセリフよ。今、私は仕事で……って、もしかしてあなた達。この治療院を利用するつもりじゃ……」

「それはない。妾達はここが何か怪しいと調査にだな」

「あー、それじゃあ目的は同じかも……ホントは部外者に話しちゃダメなんだけど。せっかくだし、どうせなら協力したほうが早く解決できそうだし……」



 アリスさんの話によれば、この治療院を営んでいる人物は帰還者で、あちら側に渡って治癒魔法に関する才を得て戻って来たらしい。

 あまり目立たない形で小さな治療院を始めたいという要望は過去に機関の方に通ってはいたらしいけど、最近になって初の利用後に不調を訴える人の報告が多いらしく、彼女はその調査に来たとか。



「それでアリスさんも調査に」

「ええ、あくまでも普通の客として利用してみて真実を確かめにね」

「調査の事が分かれば下手な動きはせんかもしれぬぞ」

「ああ、それは多分大丈夫。これもここだけの話なんだけど、私がこういう事してるのは表面的には隠していてね。機関の一般職員や通常の帰還者とかが相手なら一般職員で通せるってわけ」



 そして、彼女は最後に口元に人差し指を当てて、この事が秘密であると強調してきた。

 それにしてもアリスさん……糸崎の時から只者ではないと思っていたけど、結構特殊な事をしてる人なんだなぁ。でも、僕達にそういう事を教えてもいいものなのか……。



「よし、では治療師の……」

獅子炉間ししろま ロウよ」

「うむ、そいつの施術を付き添い人として妾が監視をする」

「僕は外で待機ですかね」

「ええ、それじゃあ作戦開始よ!」





 十数分後。

 扉の前で警戒しながら待っていると、室内から大きな物音がした。

 何かあったのだと、扉を開けて室内に飛び込む。



「雪理! やはりこいつが犯人じゃった!」

「獅子炉間! 何度もリピートさせるために治療後の利用者に体への負担をかける魔法をかけていたのね!」

「機関からの刺客でしたか。引き際を見誤りましたかね……」



 飛び込んだ先には白衣を着た30代くらいに見える男と、ドクナさんとアリスさんが向かい合っている光景があった。

 この白衣の男が恐らく獅子炉間ロウだろう。



「ならば、ここは……逃げるが勝ちですよ! おどきなさい!」

「なっ!?」



 ロウがこちらに手を伸ばし逃走しようとする。



「雪理、やつの手には触れるな! あの呪いのようなものを仕込まれるぞ!」



 ドクナさんの声でそれが攻撃だと気づく。

 だが、既に僕の眼前には男の手が迫っていた……。

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