第6話 決着とそれから

 腹部に一撃を叩き込むと、その衝撃で男は吹き飛んで仰向けの状態で地面に落ちた。

 僕も力を使い果たし、その場に倒れる。

 体を覆う水晶も消え、元の姿に戻ったようだった。


「ああ、最高の戦いだった……もはや勝敗など……どうでもいい」


 倒れたまま男はかすれた声で、とても満足した様子でそう言った。


「いきなり……異世界に飛ばされ……力を得て……戦いに楽しみを見出すことができたと……いうのに……」


 男は続けて語る。


「突然……元の世界に戻されたと思えば……この力が……俺が危険だのと……拘束されたが……どうにか抜け出した甲斐は……あったな」


 異世界という言葉から、ジャドクナさん達と同じ世界なのかどうかは分からないが、異世界へ飛ばされるという事がこちら側の世界でも起こっているというのか。


「何……だって……」


 その疑問を投げかけようと思ったが、声がもうあまり出ない状態だった。


「そうだ……名を聞いて……いなかったな……お前達の名は……覚えて……おきたい……俺の名は……」


 その時、沢山の足音がすごい勢いで近づいて来た。


「見つけたわ、糸崎いとざき!」


 女性らしきその声の方に視線を向けると、赤いライダースーツのような姿で変わった形のヘルメットをした女性が立っていた。

 さらにその後ろに色は黒いが似たような姿の人間が複数路地の道を塞ぐように並んでいた。


「って、ちょっと、この状況は一体!?」


 ライダースーツの女性が辺りを見回した後、困惑した様子でそう言い放った。


「こちらAチーム……を発見。ですが……」


 その後、声が小さくてよく聞こえなかったが、彼女は誰かと通話しているような素振りを見せた後すぐに、その背中から小さな機械のような何かが飛び出し、糸崎と呼ばれたあの男の周囲までそれを飛ばす。

 そして、そこを囲むように機械が空中で位置取って止まった。


「無粋な……このタイミングで……増援とは」

「糸崎、大人しく捕まってもらうわよ」


 糸崎は、ゆっくりと起き上がると同時に周囲を囲む機械を払いのけるように腕を振った。

 その腕からは火球が放たれ、機械を全て撃ち落とした。

 まだそれだけの攻撃をする力が残っていたのかと思った直後、女性の仲間らしき人間が路地になだれ込み、銃や剣のような武器を構えて男を囲む。


「無駄よ。殺しはしないから、そのまま大人しくしていなさい」

「最高の戦いを……味わうことができた……この高まりが……」


 糸崎は俯きながらゆっくりと両手を上げる。


「よし、いいわ。そのままじっとしていなさい」

「冷め……再びそれを求めて……悶え続ける……ことになるなら……」


 女性が手振りで周りの仲間に指示を出すと、糸崎を囲んでいた人達が武器を構えたままゆっくりと糸崎に近づいていく。


「……ここで!」


 そのまま拘束されるのかと思ったその時。

 糸崎が突然顔を上げると、両腕から炎を纏った糸が彼自身の首に向かって放たれた。


「や、やめ……取り押さえなさい!」


 何をしようとしているのかを察したのか女性が彼を囲む人達に取り押さえる命令を出す。

 しかし、彼らが動き出すその前に糸崎の体はその場で倒れた。

 人が動いていたせいかこちらからはよく見えなかったが、最後に見えた姿からすると恐らくは……そういうことなのだろう。

 直接見えなくてよかったと思うべきか……そう思う中、限界が来たようで急に意識が薄れて……。





 目をゆっくりと開ける。

 見えたのは白い天井。どうやら仰向けに寝ていたようだ。

 ゆっくりと辺りを見回すと、ここは病院の病室らしき場所のようだ。


「う、うぅ……」


 全身にまだ痛みはあるが全く動けない程ではなさそうだ。

 慎重に体を起き上がらせると、ベッド横の机にメモが置いてあった。

 中身を見てみると「もし気が付いて、体がある程度動かせるようならコールボタンを押してネ!」と丸みを帯びた字で書かれている。


「ボタン……これかな」


 ベッドの上にあったナースコールのボタンらしきものを手に取り、書かれている通りにそれを押してみた。

 特に何か音が鳴るというわけでもなかったが、しばらくすれば誰かが来るだろうとベッドに腰かけたまま待つことにした。





 数分後。

 ボーっとドアを眺めていると足音が聞こえてくる。

 そして、ドアがゆっくりと開かれるとそこには、スーツ姿で黄緑色のサイドテールの女性がいた。



「目が覚めたようね、面野 雪理さん」



 そう言って彼女は、ゆっくりとこちらに近づいてきた。

 僕の目の前まで来ると、ベッド横の椅子に座る。



「気分はどうかしら? あなたは目立った外傷もなかったけど……」



 こちらを心配するような表情でその緑色の瞳で彼女がこちらを見つめている。

 しかし、この声……聞き覚えがある。

 意識を失う直前に聞いたあの女性の……。



「ここは? あの男……糸崎が囲まれているところまでは、ぼんやりと見えていたんですが」



 状況がまだ飲み込めない。

 あの後どうなったのか。ここは何処なのか……。



「あの後、倒れている君達をここに運んだの。ここは私達の機関の医療施設ね」

「機関?」

「異世界からの帰還者の保護、支援、場合によっては拘束などのための機関 リターナー 」



 リターナー。聞いたことのない名前だ。

 それに異世界だって!?



「リターナー?」

「まあ、関係者以外だと聞いたことがないのも無理はないわ。表向きはこの中央都市の総合医療施設ってことになってるし。それでまあ、数十年前から突如行方不明になった人達が一定期間後、あるいはすぐに発見されて、その本人の時間経過の感覚が多かれ少なかれ実時間以上だったり、魔法や超人的な力とかを扱えるようになっててね。そして何より……」

「何より?」

「意志疎通が取れる人たち全員が別の世界に行っていたって言うのよ。それに加えて戸籍上死亡してる人物を名乗るような人や、人間とは明らかに違う姿になってる場合もあったわ」



 それはまるでジャドクナさん達の逆……物語でいえば、異世界転移とか転生とかそういうやつじゃないか。



「それってまるで異世界転移や転生……」

「そうなのよ。私はそういうのあんまり知らないんだけど、そういった物語であるようなことが起こり、さらにその人たちがこちらの世界に戻って来ている。そういう現象が起きてるの」



 糸崎が言っていた、元の世界に戻されたとはそういうことだったのか。

 ジャドクナさん達がやって来たこともとんでもないけど、それと同じような事がこの世界に起こっていたなんて……。



「それで、その現象を 帰還現象 そして、帰ってきた者を 帰還者 と呼ぶようになり、初期の善意の帰還者とその支援者を中心にこの組織が作られたわけ。まあ、かなりザックリとした説明ではあるけどね」

「でも、そんな危険な力を持つ人達を集めたら大変なことになるんじゃ……」

「たしかにね。国はおろか世界をどうこうできるような力が集えばね。だから、内部からの統制管理でなんとか持たせてるって感じなの。今回みたいなケースをどうにかするためにもね」



 たしかにかなり前から発生していた割には、そういう話を全く聞かなかった。

 思い返してみれば、都市伝説の類で関係ありそうな話がいくつかあったような気もするが、所詮はその程度の情報しか表に出ていなかったと言えるし、リターナーの情報統制とやらはしっかりしているようだ。



「ところでジャドクナさん達……他の2人は?」

「あの2人は大きい傷こそ負っていたけど、医療系魔法を扱える帰還者を中心とした治療でもう大丈夫な状態になったわ。意識も戻ってる。」

「よかった……でも、僕達はこれからどうなるんです? 僕もそうですけど、あの2人は特に……」

「それについてはこれから話すことになるわ。立てる?」

「はい」

「それじゃあ、あなた達に会いたいという人がいるから付いて来てちょうだい」



 ゆっくりとベッドの外へ立ち上がる。

 歩くのには問題なさそうだ。

 病室を出る彼女の後ろをゆっくりと追う。



「そういえば、まだ名前を聞いてませんでしたが……」

「ああ、私はアリス・エチゼン。アリスでいいわ」



 こちらに振り向いた彼女は、軽く笑みを浮かべてそう名乗った。

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