第5話 死闘
男は素早く僕から距離を取ると辺りを見回す。
その背中には砕け散った氷のようなものがついていた。
「大した威力ではなかったが、今のは……」
男が気を取られているうちに僕はゆっくりと立ち上がる。
あの男との戦闘でハルさんが氷の魔法を使っていたのを思い出した。
「ということは……」
ハルさんとジャドクナさんの方を見ると、糸に絡まったままではあるが意識を取り戻しているようだった。
男もそれに気づいたのかその方向を向く。
急いで僕は2人の元に駆け寄り、その動きを封じている糸を素早く引きちぎる。
「よし、ちぎれた!」
「雪理、助かったぞ!」
「危なかったぁ」
変わる瞬間は見ていないはずだが、恐らく状況的にこの姿でも僕と認識してくれたのだろう。
一方、男の方は特に手出しはせず2人が起き上がるのを待っている様子だった。
「お前達全員の力ならば、俺と釣り合うかもしれんな?」
「言ってくれるではないか……」
「やっちゃいますよ? 3人がかりで!」
「待っているということは、それが望みなんですね」
2人が起き上がるのを確認した男は、落とした鉄パイプを拾うと激しい炎を再び纏わせ、こちらに向ける。
「さあ、来るがいい」
2人はともかく僕は、戦いにおいては完全に素人であるのは確かだ。
何か思いつくわけでもないので、細かい事は気にせずに男に飛びかかる。
「はぁぁぁ!」
「ハル、雪理を援護するぞ!」
「はい!」
男は僕の拳を空いている片方の手で軽く受け止める。
そして、その手から炎を纏った糸が僕の拳から腕に絡みつき始めた。
急いで腕を引き離そうとするが、既に腕には燃え盛る糸が巻き付けられており、男から離れることができない。
この体のおかげか、やはりそこまでの痛みは無いがこのままではまずい。
「くっ……」
「雪理さん、動かないでください!」
後ろからハルさんの声が聞こえるとほぼ同時に背中に風を感じた。
それが僕の腕に絡みつく糸を断ち切り吹き飛ばす。
それを確認して後ろに下がり、男から少し距離を取る。
男の方を見ると、糸を切った風がそのまま男を吹き飛ばし、そのまま壁に打ち付けられていた。
「ほう……」
しかし、男は平然とした様子で立ち上ろうとしていた。
「さらに叩き込む!」
再びハルさんの声が後ろから響いた。
そして、その瞬間。男はその足元から突然現れた光の柱に飲み込まれる。
恐らくこれもハルさんの魔法だろう。
「すごい、これなら……」
少し気が緩んだその時、光の中から無数の糸が現れてこちらに向かってくる。
急いで防御しようとするが、間に合いそうにない。
「危ない!」
今度はジャドクナさんの声が響く。
目の前が一瞬わずかに光ると、迫る糸が何かにぶつかった。
「壁……?」
それを確認した男は即座に糸を手元に引き寄せる。
「障壁か何かか。良い連携だ……そうでなくてはな」
今の壁はきっとジャドクナさんの魔法……。
そう思っているうちに目の前の壁が消え去ったように感じた。
男を包んでいた光の柱も消滅するが、それによるダメージは衣服が少し傷がついている程度で大したことはないように見える。
少し前の2人と男の戦いでも、ハルさんの攻撃が多少当たっても男は動じていなかったということをここで思い出す。
「やっぱりダメかぁ」
僕の後ろで着地したハルさんがそう呟いた。
やはり、3人の力を合わせるしかないのか。
僕には実戦の経験こそ無いが、ゲームやらの知識で何か思いつく事は……。
「雪理、気を抜くな!」
ジャドクナさんの声でハッとした僕の目の前には、こちらに飛びかかる男の姿があった。
咄嗟に振るわれた炎を纏うパイプを片腕で受け止めるが、この体であっても相当な衝撃と痛みが走る。
「ぐぐ……」
「やはりこの程度は耐えて見せるか」
一撃を当て、すぐに男はこちら側との間合いを取る。
とりあえずは僕が前衛に立つことで2人を守ることに専念すべきか。
「まてよ……」
攻撃は後方からハルさんに徹底的にしてもらい、さっきの壁のような支援をジャドクナさんにしてもらう。そして、あの男はできる限り僕が押さえれば……。
「ハルさん、ジャドクナさん。僕があいつを押さえます!」
「お主にそれは……いや、確かにその耐久力ならば」
「なるほど! じゃあボクはドカドカ魔法を使えばいいんですね!」
説明するまでもなく2人はこちらの意図を読み取ってくれたようだ。
あとは、うまく動けるかどうかだ。
「いきますよ!」
「ああ!」
「はい!」
掛け声とともに、男に向かって駆け出す。
「うおぉぉぉ!」
「仕掛けて来るか……」
男が再びその手にあるパイプでこちらを攻撃しようとするが、タックルのような形でこちらから当たることにより男の体勢が崩れた。
「くっ……」
「今だ!」
その隙を見て両腕で男の胴回りを押さえて動きを封じる。
拘束を解こうとする力は相当なものだが、2人に安全に動いてもらうためにも耐え続けねばならない。
「雪理さん! うまく狙いますからね!」
「妾もできる事を!」
後ろから2人の声が聞こえた直後。
男に向かってハルさんが放ったであろう無数の魔法が見事に僕を避けて男に当たるのが分かった。
そして、それと同時に男の抵抗が少し弱まった気がした。
魔法のダメージ受けたのもあるだろうが、僕の体にも何か力がかかっているような感覚があった。恐らくジャドクナさんが何らかの魔法を僕にかけてくれたのだろう。
「良い……実に良い。人数の差はあれど、ここまでの感覚は久しぶりだ!」
「くっ!」
男を押さえる両腕が掴まれ、こちらを掴む腕から激しい炎が放たれる。そこから炎が僕の腕を飲み込み始めた。
しかし、それでも僕は腕に力を入れ続けて2人の行動待った。
「雪理さん、もう少し耐えてくださいね!」
「ハル、お前の魔法に強化を! 合わせるぞ!」
後ろの2人のやり取りの後、男に向かって黒い光……稲妻のようなものが放たれた。
それを直に受けた男の手から炎が消え、同時に僕の腕から離れる。
そして、その体も軽く吹き飛ばされた。
男は受け身を取って着地したがその場で膝をついた。
「すごい……2人とも」
「ククク……今のは痛かったぞ」
ゆっくりと男は立ち上がると、両腕に炎を纏わせた。
僕もそれを見て身構える。
しばらく僕達3人と男との戦いは続き、恐らく全員が少しずつ消耗していった。
こちら側は全員が満身創痍。対してあちら側はそこまでの消耗をしている様子はない。
「はぁ……はぁ……」
「実に見事な連携だ……はぁ……だが!」
男が片腕を大きく振り、そこから糸が僕達に向かって放たれた。
それを避け、断ち切ろうとするも最後には僕達全員が糸に捕らえられ、拘束されてしまった。
「さて……そろそろ終わりにしようか。お前達の事は……俺の記憶に深く刻んでおこう」
「くっ……」
「ええい、まだじゃ……まだ!」
「………」
もがきながらもうダメかと思い始めたその時。
こちらにゆっくりと向かって来る男の足が止まり、その場で膝をついた。
「ぐほっ……ここまで楽しんだ戦いだ……半端に終わらせる……など」
口から血を吐き出しながらも、ゆっくりと男は立ち上がる。
見た目からは感じ取れなかったが、あちら側もどうやら相当消耗していたらしい。
「んっ……これは」
男の消耗具合からもしやと思い、全身に力を入れてみた。
すると、体を拘束する糸を取り払えそうな感覚があった。
消耗している影響なのか、糸の強度もそこまで強くないのか?
「さあ……これで……決着だ」
おぼつかない足取りでこちらに近づいて来る男。
だが、その視線はこちら側をしっかりと捉えているようだった。
糸の強度が無いのであれば拘束を破るのは容易だと思ったが、あちら同様にこちらも消耗しているも確かだ。
「ぐぐぐ……」
力を振り絞り、拘束を解こうと試みた。
「はぁぁぁ!」
うまく糸を破ることに成功したが、目の前には男が迫って来ていた。
そして、そのわずかに炎を纏った拳を振り上げた。
「はぁ……はぁ……これで!」
「……いけるっ!」
男の拳がこちらに届く前に、残った力全てを片腕に込めて男の腹部に向けて拳を叩き込んだ。
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