第4話 覚醒

 ジャドクナさん達と炎の糸を操る謎の男の戦いは熾烈を極めており、僕の感覚と知識でもそれがよく分かる。

 ハルさんが水や氷、風などの魔法で攻撃を行いつつ、ジャドクナさんは結界のようなもので男の攻撃を防いだり、自身やハルさんについた傷を余裕があれば癒したりなど、連携した立ち回りをしていた。

 だが、男はそれに対して攻撃をいなしながらも、的確に2人を消耗させていった。

 互角のように見えてこの戦い、恐らくはあの男の方が2人よりもわずかに上回っている。


「ここまでの手応えでいえば、彼の世界の上級の魔族か、人の英雄に近い程度の存在か……だが、俺の渇きを潤すには……惜しいな」


 男が疲弊した2人の隙をつくように、両手から放った無数の糸を2人に放った。


「ぐっ……しまった!」

「わわっ!?」

「ジャドクナさん! ハルさん!」


 糸が絡みつき、身動きが取れなくなった2人はその場に倒れこんでしまう。


「さて、ここまでだな……」


 そう言って男が片手を握りしめると2人を拘束している糸から激しい炎が噴き出す。


「くっ、うぅ……これしきは……!」

「熱い……です……」

「あ、ああ……」


 苦しむ2人を素通りして、男はこちらに向かって歩いて来た。

 どうすることもできない僕の横に立つと、炎を纏った蜘蛛の巣を自らの手で取り払った。

 そして、男はそのまま歩き出す。


「つまらんな……」


 僕はその後ろ姿をただ見ていることしかできなかった。

 だが、その時。


「……すのです……この……に仇名す……を……」


 覚えのある声が何処かから聞こえた。

 これは……今日見た夢で聞こえた女性の声?

 それと同時に体の奥底から何かが湧き上がる感覚が全身を包む。


「な、何だ……何が起こって……」


 この感覚によって膝をつき、そのまま地面に倒れそうになる中、僕から遠ざかっていく男がその歩みを止めてその場で振り返った。


「何だこの感じは……あの2人に比べれば戦う価値すら無いと思っていたが、これは……」


 意識が朦朧としてきたが、男がゆっくりとこちらに近づいて来るのは分かった。


「何か……力を秘めているというのであれば、あるいは!」

「うっ……ぐっ」


 男は僕の胸倉を掴み、その場で持ち上げた。


「や……めろ……」

「雪理……さん……」


 まだその身を拘束する糸に炎が残っている状態の2人がこちらを見ながら微かに叫ぶ。


「壊さぬように引き出すとしようか。この得体の知れぬ何かを……」

「あ……が……」


 僕を掴むその腕に巻かれた包帯……いや、糸から炎が噴き出す。

 首元から上に強烈な熱さを感じる。

 軽く火に触れた程度などではなく、今まで味わったことのないような熱さに薄れそうな意識が引き戻され、また離れていくように揺さぶられるようだ。


「加減こそしているがこの手応えは……ククク、やはり普通の人とは異なる存在のようだな。様子から自身でそれに気づいていないように見えたが」

「あ……つ……」


 男が放った言葉の意味をもはや考えることすらできない。

 意識が混濁していく中、先程よりもはっきりと聞き取れるような声で夢の女性の声が再び頭の中に響く。


「……よ、戦うのです。そのための力は、あなたの中にあります」


 力……この状況をどうにかできる力がある?

 全力を持って意識を保ちながら声の主に問おうとあがこうとした瞬間だった。





「雪理。力をあなたは持っています。抗い、退ける力を」

「え……」


 気づけば僕は、何も無い真っ白な空間にぽつんと立っていた。

 そして、その目の前には白がわずかに混ざる水色の……僕と同じ髪色の長髪の女性が立っている。

 その姿には見覚えがあった。


「母さん……?」


 それは僕の母、三咲みさき……でも、おかしい。

 母は……そして、父もあの時の飛行機事故で……僕だけが生き残って……。

 見えているこの光景は幻なのか……?


「さあ、その姿に……きっとなれる……あなたは……なのだから……」

「待って! どういうこと!?」


 目の前に手を伸ばしかけた。しかし、一気に視界が揺らぎ始める。


「うっ……」





 目を閉じて再び開けると、あの男に胸倉を掴まれている状態だった。

 やはり気を失って幻覚でも見ていたのか。だが、それにしては……それに気を失う前よりも意識がはっきりしている。

 徐々に感覚が戻っていき、あの強烈な熱さが再び襲ってくる。


「熱っ……くっ……」

「さて、どうだ? ここまでされれば何か起きても……」


 今はあの幻覚を信じるしかない。

 そう思い、全力で男を跳ね除けようとした。


「力は……ある!」


 男の手が離れると、その体も後方に吹き飛ばされた。


「ククク……引き出したな、力を」


 そこまで驚く様子もなく、受け身を取って着地した男はこちらを見ながらわずかに微笑む。


「それだけか? まだあるのなら俺に見せてみろ」

「いいですよ……」


 ちらりと倒れている2人の方を見ると、糸の炎は既に消えていたが2人は気を失っているようだ。


「見せてあげます……!」


 静かに息を吐き、意識を集中する。

 抗う力……僕の中にあるのなら……。


「さあ、来い!」


 男の言葉に反応するように拳に力を込め、男に殴りかかる。

 その拳は片手で軽く受け止められた。

 それでも僕は拳への力を緩めない。

 すると突然、拳が水色がかかった水晶のようなもので覆われる。


「!?」

「ほう……」


 そして、そのまま水晶は腕から全身へと広がり、視界も覆いつくすが、すぐに通常の視界に戻る。


「異形と化したか……面白い」


 水晶が全身覆った直後、拳にかかる力が跳ね上がったようで男の手を押しのけた。

 男は素早く回避したため、そのまま攻撃を当てることはできなかった。


「何が起こったんだ……でも、これなら!」


 格闘技はおろか殴り合う喧嘩すらほぼしたことはない。

 それでもできる限りそれっぽい構えをしてみる。


「さあ、もっと見せてみろ。その力を!」

「はぁぁぁ……!」


 両腕を広げ、攻撃を誘う男に一歩踏み出し、そのまま全力で殴りかかった。

 自分が想像していたよりもはるかに速く男との距離が詰められ、その顔面に水晶の拳が直撃する。

 吹き飛ばされた男だったが、空中で体勢を整えて着地をする。


「いいぞ……そうだ。実に久しいな、この感覚は!」

「速い!? これが僕の力?」


 笑みを浮かべる男は、両腕から炎を纏わせた糸を無数に放つ。


それらは空中で弧を描きながらこちらに向かってくる。

両腕で振り払おうとするが少しずつ糸が体に絡まっていく。

しかし、覆っている水晶のおかげか炎の熱さは生身で受けた時よりも感じない。


「くっ、絡まって……」

「次は……そうだな。いい物があった」


 男は脇に落ちていた鉄パイプを拾うと、それに腕から炎の糸を全体に絡ませる。

 炎を纏ったパイプを持ったまま構えを取り、男はこちらに飛びかかる。

 糸が絡まり回避するのは難しく。

 僕は両腕を前にして防御の姿勢を取り、その攻撃を受け止める。


「ぐぅ……」

「ほう、受け止めてみせるか」


 炎による熱さはそこまでではないが、その一撃は重かった。

 この男、糸の力だけではなく単純に身体能力も……!


「では、これならどうだ?」


 パイプを受け止めるだけで精一杯の状態でいきなり腹の辺りに衝撃と痛みを感じた。

 気づけば一瞬で吹き飛ばされ、壁にぶつかってその場にもたれかかっていた。

 男が大きく足を前に出していたのが見える。恐らく蹴りを食らったのだろう。


「うぅ……」


 痛みはこの体のおかげかそこまでなかったが、絡みついている糸のせいか立ち上がるのに苦戦していると、目の前には既にパイプを振りかざす男の姿があった。


「これを耐えられるか……!」

「くっ……!」


 再び防御姿勢を取ろうとするが間に合いそうにない。

 直撃を覚悟したその時だった。

 何かが男の背中に当たり、攻撃が中断されて男の手に持つパイプが地面に落ちた。

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