第2話 異世界からやって来た2人

 声を聞いた。それはどこか懐かしい声。

 それは2人の男女が言い争うような声で、両者の姿は見えなかった。

 女性の方は「……よ……を排除……のです」と、男性の方は「……お前はそう……べき……ない」と聞こえた気がするが、しっかりとは聞き取れなかった。

 声のする方向に手を伸ばそうとした瞬間。


「待って……はっ!」


 目が覚めた。

 ベッドの上で寝たまま、片腕を上げて手を伸ばした状態だった。


「夢……?」


 ゆっくりと腕を下ろし、上半身を起こした。

 なんてことはない夢……そう思った。

 枕元の電子時計を見ると時刻は夜中の3時を過ぎていた。


「中途半端な時間に起きちゃったなぁ」


 なんとなく窓を見ると、この時間とは思えないような光が見えた。

 急いで立ち上がり、窓の外を確認する。

 庭の中心に何かの模様が浮かんでいて、それが光を放っているようだった。


「あれは……」


 庭の光が気になり、着替えることもなくパジャマのまま僕は、急いで部屋から飛び出して階段を降りた。





 1階に降りてきた僕は、庭に通じるガラス戸を開けて光る模様を確認した。

 先程よりも光は増しているように見え、僕の視界はどんどん光に包まれていった。

 その眩しさに我慢できず、目を覆ったその時だった。


「うわぁぁぁ!」

「ぎゃあぁぁ!」


 という声と共に光は消え、何かが庭に落ちるような音がした。

 恐る恐る確認してみるとそこにいたのは、地面にうつ伏せで倒れていた下半身が黒い蛇のようになっていて上半身は紫っぽい肌色で青髪の少女と、その背中の上に覆いかぶさるように倒れている銀髪で褐色肌の女性だった。

 両者それぞれ服は身に着けていたが、蛇の少女は上半身に、銀髪の女性の方も上下ともファンタジー物に出て来るような見た目の軽装をしていた。


「うぅ……」


 蛇の少女から小さく声が聞こえた。

 それを聞いて僕は、重なって倒れている2人にゆっくりと近づく。


「だ、大丈夫ですか?」


 言葉が通じるかどうかも分からないし、通じたとしてもどんな反応をされるかも分からない。

 だが僕は、声に反応して咄嗟に彼女に声をかけてしまった。


「誰じゃ……う、重い……」


 彼女はこちらの声に反応したようでゆっくりと顔を上げながら声を発した。

 しかも、それはこちらに理解できる言葉だった。

 顔を上げると彼女の目蓋が開かれる。

 開かれたその目は、人のものとは思えない黒目に黄色い瞳。


「ん……ハルじゃない? では、この重みは……」


 こちらを見つめてそう呟いた後、勢いよく起き上がって背中に乗っていた方を跳ね除けた。

 起き上がる際に落とされた彼女は地面に仰向けに転がったが、まだ目は覚ましていないようだ。よく見るとその長髪から尖った耳のようなものが出ていた。

 もしかして、この人も普通の人じゃないのか……と思いつつ、視線を蛇の少女に戻す。


「この空気、この風景……どうやら、ここがあちら側のようじゃな。そして、お主は……」


 そう呟いた彼女と丁度目が合い、あちらはこっちをじっと見つめていた。


「あなた達は一体……」

「あ、ああ……こちら側の人間のようじゃな」


 少し考えるような素振りをして彼女は、姿勢を正すとその口を開く。


「その……まずは、こちらの事情を説明させてくれんか。こちらに交戦の意思はない」

「は、はぁ……」


 冷静な口調で言われたその言葉に従い、彼女達の事情を聞くことになった。

 僕が縁側に座るとその隣に彼女も座る。

 そして、彼女は語り始めた。





「……とまあ、こんなところじゃな」


 彼女が語ったのは、とても信じられないような事ばかりだった。

 まず彼女達は、こことは異なる世界……つまり異世界から来たということ。

 既にこの世界から彼女達がいた世界に何らかの形で渡っている人間が多くいるということ。

 そして、その記録などを元にこちら側へ移動する手段を確立させることができたらしいということ。

 言葉が通じるのは、あちら側に元々あった広く使われている言語と日本語や一部のその他言語が何故か非常に近いものであるためのようだ。

 事情を説明してくれた蛇の方の彼女は、半ば無理矢理こちらに送られてしまったらしく、それに関して僕にはよく分からないが不満そうな様子だった。


「それで……えっと? あ、そういえば、まだ名前を聞いてませんでしたね」

「おっと、そうじゃったな」


 彼女は立ち上がるとこちらの目の前に来て一礼した。そして、両手を腰に当てると深く息を吸い込んだ。


「妾の名はジャドクナ。あちら側の世界の魔族……その次期魔王じゃ!」


 そう高らかに名乗りを上げた彼女だったが、すぐに恥ずかしそうな様子で顔を背けた。


「って、何よく分からん勢いをつけているんじゃ妾は! す、すまん、普通に名乗ればよかったかの……」


「いや……僕は大丈夫ですよ。そういうノリは嫌いじゃないですし。あ、僕は面野おもの 雪理ゆきりです」


 これはフォロー半分と本音が半分。

 昔からこういうノリは、幼馴染のアイツのおかげで割と好きだったりする。

 アイツが彼女達を見たら多分、テンションがすごいことになりそうだ。


「それで、これからどうするかなんじゃが……」

「このままだと目立ちますし、とりあえずは僕の部屋に案内しますよ」


 ここまで起こった事で彼女達がこの世界から見て異質な存在なのは明らかだし、下手にこちらが手を出すと大変なことになりそうだというのもあった。

 だが、何となくではあるけど彼女を信用してしまったのは、その事情を聞いたのと名乗った時の様子を見てだろうか……自分でもよく分からないかもしれない。


「ああ、助かる。それではこいつを起こすから少し待っててくれぬか」

「あ、はい」


 そう言って彼女は、まだ気を失っている様子のもう1人の長耳の女性を激しく揺すり始めた。


「ハル、早く起きるのじゃ!」

「ドクナしゃまぁ……う、うーん」


 ジャドクナさんに激しく揺すられて目が覚めた彼女はゆっくりと起き上がった。


「おはようございましゅ……ここは?」

「転移術を使ったのを忘れたのか! 妾達は別の世界に来たんじゃ」


 ジャドクナさんがハルと呼んだ彼女は、その言葉を聞いてハッとした顔になり、辺りを見回し始めるとこちらと目が合った。


「ドクナ様、この方は?」

「転移したこの地点に住んでいる者のようじゃが、とりあえず妾達の敵ではない」

「えっと、ハルさん? 僕は雪理っていいます」


 こちらの言葉を聞いて突然その場から飛び上がり、空中で1回転してから綺麗に着地した彼女は、満面の笑みでこちらに近づきながらその片手を差し出してきた。


「ボクは、ドクナ様の部下のハル・エアトです! よろしく!」

「え? えっと、よろしく?」


 その勢いに押されながらも彼女と握手を交わす。


「勢いが過ぎるぞハル。雪理も困っておるだろう。まあ、妾もさっき……いや何でもない」

「すみません! ドクナ様の様子から信用できる相手だと思ったので!」


 ジャドクナに向けたその笑みは、先程と変わらぬ輝きだった。


「はぁ……まあよい。先も言ったとおり、ひとまずは雪理の部屋に案内してもらうことになっておる。雪理よ、この家にはお主の他に誰か住んでいるのか?」

「この家に住んでいるのは、僕と伯母さんだけですね」


「ふむ、そうか……妾達がこのまま会っても大丈夫そうな相手かの?」

「ハルさんなら大丈夫そうですが、ジャドクナさんはちょっときついかもしれないですかね。僕も最初はかなり驚きましたし」

「やはりそうよなぁ。とりあえずはお主を参考にして……むん!」


 そう言ってから素早く呪文か何かを唱えると、ジャドクナさんの体の様子が一瞬で僕と同じ肌色で普通の人間の足の少女へと姿を変えた。

 その目も瞳の色は変わらないが、黒目が白目になっていてこの世界の常識の範囲の姿となったと言えるだろう。

 しかし、その服装はファンタジー物に登場する旅人や町人のようで、このまま外を歩けばコスプレか何かだと思われるだろう。


「どうじゃ? これは元の世界で人間の街やらに出かける時に使っていた幻術なのだが、違和感ないじゃろうか?」

「体の方は問題ないと思います。でも、服装は浮いてるかも……」

「ふむ、服装はあっちの世界基準のものだからのう。こちら側の服装は後で学ぶとしよう。あとは妾達の立場をどう説明するかじゃが……」


 その時、僕の背後から足音が聞こえた。


「ちょっと~こんな時間に何やってるの~?」


 まずい、気づかれたとその場で振り返ると、目を擦りながらこちらを見る伯母さんの姿があった。


「ん~誰ぇ? その2人~」


 しかも、思いっきり彼女達のことを見ている。

 どう説明しようか考えるところだったのに。


「ちょ、ちょっと……どうします? この人が僕と暮らしてる伯母のカオリさんなんですけど……」


 ジャドクナさんに小声で相談してみる。

 伯母さんのあの様子だと、まだかなり寝ぼけているはずだ。

 何とか誤魔化すなら今しかない。


「やむを得んか……」


 そう言って彼女はその場で立ち上がると、伯母さんの正面に立って顔に向けて指をかざした。


「え! な、何を!?」


 と、驚く合間に指先から白い煙のようなものが放たれ、伯母さんの頭を一瞬包んでからすぐに消滅した。

 そして、伯母さんはフラフラとよろめきだす。


「ハル、受け止めるのじゃ」

「はーい!」


 ハルさんも立ち上がると、素早くよろめく伯母さんの背後に回り、倒れるその体を両腕で受け止めた。


「何を……」

「少々手荒なやり方になってしまったが、これは普通の睡眠魔法じゃ。心配せんでもよい」


 伯母さんの様子を見るとしっかりと呼吸はしていてぐっすりと眠っているようだった。


「なら、いいですけど……このままだとあれですし、まずは伯母さんを寝室に戻しましょう」


 びっくりはしたけど、とりあえずは時間を稼ぐことはできたようだ。





 数分後。

 縁側から2人を家の中に上げて伯母さんを寝室のベッドに寝かせてもらった。

 驚いたのはハルさんがその細い体格で伯母さんを軽々と抱きかかえていたことである。

 ジャドクナさんは見た目から明らかに違ったし、人間に近い容姿の彼女もこの世界の基準で見ればとんでもないのかなぁ。

 などと考えながら2人を僕の部屋に案内した。


「時間は稼げましたね……」

「うむ。本当にすまんのう」

「わー、ここが雪理さんの部屋なんですねー」


 幻術を解き、元の姿で言葉通りに申し訳なさそうにしているジャドクナさんと、僕の部屋を興味津々に見て回っているハルさんを見ながらどうするべきかを考える。

 流れでこんなことになってしまったけど、どうするべきなんだろう。

 焦ってたのもあって軽く流したけど、伯母さんを眠らせたあの魔法も本物みたいだし、下手な行動を取ればきっと僕の身が危ないと思う。


「えっと……それで、お2人はこれからどうする予定なんですか?」


 恐る恐る聞いてみる。


「妾達も無理矢理……は妾だけじゃが、こっちに飛ばされて戻る方法も今のところないからのう」

「すぐに戻ったらきっと危ないですよ、ドクナ様!」


 先程聞いた話によれば、大きな争いを前にジャドクナさんのお父さんがハルさんと一緒にこちら側の世界に逃がす形で飛ばしたみたいで、それが本当ならこの世界を支配しようと動くみたいなことはしないと思いたいけど……。


「立て続けで申し訳ないんじゃが、どうするかを考える時間も含め、しばらくはこちら側で暮らさねばならん。その、雪理よ。よければ協力してもらえぬじゃろうか」


 ジャドクナさんは、深く頭を下げて僕にそう言う。


「伯母さんにどう説明するかは考えないとですけど、僕は構いませんよ」

「おお、そうか! 本当に助かった……」

「わー! 雪理さん、これからよろしくー!」


 話はとりあえずまとまったけどうまくやっていけるだろうかと心配になってきた。

 ふと窓を見ると薄っすらと明るかった。

 時計を見ると5時の表示で、ドタバタしていてもうそんなに時間が経っていたのかと驚く。


「伯母さんにどう説明するかまだいい案が思いつかないし、ちょっと外に出ましょうか。伯母さんが起きるとまずいので……あ、お2人の服はどうしよう」

「ふむ、それならお主の服を元に妾とハルに幻術をかけておくから問題ないじゃろう」

「なるほど。それだったら、この部屋にある服で違和感なさそうなものを出しますね」


 クローゼットから女性の2人が着ても大丈夫そうな服を探し、取り出した。


「この中だとジャージくらいしかありませんでしたが」

「こちらの感覚や知識は転移者などを通してしか知らぬが、お主が大丈夫と言うのならそれを信じよう」

「ボクはこっちの服の方がいいかなー、大きさが合わないから直接は着れなさそうだけどー」


 ハルさんは、僕が出してきたジャージではなく、僕の普段着の方が好みらしい。

 男っぽい感じにはなるが、多分違和感とかはなさそうに感じたのできっと大丈夫だろう。


「よし、それでは幻術をかけるぞ!」


 細かい詠唱ののち、再びジャドクナさんは人間の姿となってその服装はしっかり僕が出したジャージになっていた。

 一方、ハルさんは僕の普段着の姿であったが、僕が着ているのを鏡で見た時よりもうまくハマっているような感じで思ったよりも似合っていた。

 そして、僕もハルさんのとは別の普段着に廊下で素早く着替えた。


「これで大丈夫そうですね。じゃあ行きましょうか」





 こっそりと家から出た僕達は、とりあえず近所の公園に向かうことにした。

 道中ではジャドクナさんは終始悩んでいる様子で、対照的にハルさんは街並みに興味津々な様子で楽しそうだった。

 家から最も近い公園である「中央都市第8公園」にたどり着き、僕とジャドクナさんは同じベンチに座った。

 遊具に興味を示してウロウロしているハルさんを見ながらジャドクナさんの口が開く。


「街並みだけ見ても、実際見てみると聞いた情報とはなかなか違うものじゃな……」

「そうなんですね……」


 ジャドクナさんから街並みを見た感想を聞いていると、何か焦った様子でハルさんがこちらに戻って来た。


「あ、あの雪理さん! 用を足すところってあるかな! そこの茂みにしてもいいのかな!?」


 何かと思えばどうやらトイレに行きたいようだ。


「あ、それならトイレはそこで、女性用があっちね」


 と、公衆トイレの方を指差し、ハルさんに場所を教える。


「あっちが女性用?……ならそっちね。分かった! ありがとう雪理さん!」


 送り出してからふと気づく。

 使い方は大丈夫なのだろうかと。


「そうだ、使い方……でも女子トイレに入るのは……どうしよう」

「トイレの使い方なら、大きく変わっていなければこちら側の基準が浸透しておったから大丈夫じゃろう」

「あ、そうなんですね」


 あちら側はこちらからの転移者が多いとは聞いてたけど、そういったところもそれに合わせてこちらと変わらない形になっていたなんて。

 そして、視線をハルさんの方に戻すと、分かっていなかったのか男子トイレの方に入ろうとしていた。


「待って、そっちは逆……」

「いや、問題ないぞ。ハルはあの容姿だと種族によっては勘違いされやすいが実は男なんじゃ」

「え……えぇぇぇ!?」


 どう見ても女性にしか見えてなかったハルさんが男だと知り、思わず少し叫んでしまった。

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