第10話 魚場の娘

「ただいま! お父さん!」


 突然、魚場に来たのは、正真正銘ブラッドさんの娘だった。

水色のロングヘアーに水色の瞳。

頬に少しそばかすの着いた、背のとても高い少女だった。

でこの辺りには魚人の特徴でもある『えら』がついていた。


「おお! お帰りソフィア」


 ソフィアと呼ばれるその少女が俺の方を見ると真っ先に近づいてくる。


「そのモンスターがお父さんの後継者のシリウスね……」


 ソフィアはじっと俺の方を見つめてくる。


「何だよ?」


 その目はなんか、ごみを見る様な……軽蔑するような目つきだった。


「あんたね、ちょっと魚を捕まえるのが上手だからって、調子に乗ってない? なんで私がこんな馬鹿そうなモンスターと組まないといけない訳!?」


「はぁ!? 馬鹿って何だよ!!」


 確かに俺が馬鹿なのは認める。

前世での学校の成績は下の下だったからな。

しかし、初対面でいきなりそんな事言うか? 普通。

失礼な女だぜ。


「こらこらソフィア。初対面だぞ。そんな事言うんじゃない。シリウス君は泳ぐのがとても上手なんだ。色んな魚をすぐに捕まえてくるからこっちも助かってるんだよ」


「それに、ソフィアはまだ学生だ。仕事の事はまた後で良いだろう?」


 ブラッドさんがフォローしてくれるが、ソフィアの口撃は続く。


「でも出来るのはそれだけでしょ!! 魚を捌いてるのはいつもお父さんじゃない!!」


「それに、私だって時間がある時は店の手伝いしてんのよ!! 魚の捌き方だってわかってるわ」


 俺はさっきブラッドさんが、跡継ぎの話で少し渋った理由が分かったかも知れない。

俺、コイツ苦手だ。

優しいブラッドさんとはマジで真逆だ。

明らかに性格だけ見たら、俺達の相性は最悪だ。


「あ!! それと、今日も友達呼んでるから! 先に帰っとくね!」


「ああ、あの子たちか、まぁいいよ。楽しんでおいで」


 一応、アイツにも友達はいるんだな。

ソフィアの後ろ姿を見届けると、ブラッドさんは俺の背中をポンポンと軽く叩く。


「許してやってほしい。あんな言い方しちゃったけど、あの娘は本当はいい娘なんだ。あの娘はうちの家業に強い誇りを持っているから、つい君に強く当たってしまったんだと思う」


 ブラッドさんはそう弁解する。

アイツにもそれなりの事情ってのがあるのかねぇ。

俺は業務再開でまた漁に出る。

そして、すっかり日が暮れ、夜になった。


「今日も助かったよ。君が入ってから仕事もはかどるよ」


「こちらこそ、ありがとうございました!! お疲れ様です!!」


 やっぱり、ブラッドさんは良い人だな。

俺は、子供の頃に父親が病気で亡くなっているから、ブラッドさんはまるで俺の新しい父さんだな。


「そうだ! 今日は家で泊まると良いよ。ご馳走するから」


本来なら、有難い事この上ないが、あの高飛車な娘がいることを考えたら、なんか気まずい。


「いやー流石にそこまでしてもらっていいんですかぁ? なんか申し訳ないというかぁ」


「でもこの所、野宿ばかりだろ、たまには家で寝ないと危ないよ」


「心配しなくても大丈夫。娘には僕から言っておくから」


 本当に大丈夫なのか? さっきだって結構たじたじだったけどな。

だが、ブラッドさん直々に夕食をご馳走してくれるんだ。

流石に断るのも申し訳ないしな。

ソフィアの事はブラッドさんを信じよう。


「わかりました。じゃあお言葉に甘えて……」


「ユラ、今日はブラッドさんが家に泊めてくれるぞ。よかったな」


 俺が声を掛けると、鞄から、ユラがニョロッと出てきた。


「良かったっす。これで今日の食費はチャラっすね」


「そうだな。やっと貯金に回せるよ。俺たちめっちゃ食うからな」


 この世界では日給制が普通で、うちもそうだ。

いつもの日給は七百メガ。

日本円にして大体七千円位だ。

そして俺達はそれを食費に当ててしまう。

俺は無駄な位大きな体のせいで、ユラはスライムの習性上、食べる量が常人より遥かに多い。

その為、宿を取るのも貯金をするのも出来なかった。


「でも、はみ出し者の俺たちには十分すぎるよな」


 俺の事を良く評価してくれて優しい。

そんな人と出会えて、こうやってやりがいのある仕事を与えてくれる。

確かに給料は安いけど、俺の捕まえた魚が好評なのも世間の役に立っているという実感がある。

それに、以前の様に奴隷の如く理不尽な扱いをされる事もない。

俺は感謝の思いで、ブラッドさんの自宅に向かった。

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