第9話 魚場の後継者
エミリアたちに救出されて二週間が経過した。
俺もすっかり怪我も治り、そして、ついにイスペルダムで魚市場の仕事に就くことが出来た。
雇い主は魚人のブラッドさん。
俺は見た目通り泳ぐのが得意で、水中で呼吸も出来たため、かなり重宝された。
仕事内容は、俺が近くの河川で魚を捕まえ、ブラッドさんが捌くのが一日の流れだ。
「いつも助かるよ。君が良い魚をどんどん捕まえてくれるから、店が儲かるよ。ありがとうね」
「いえいえ、とんでもない! 俺みたいな素性の分からない奴を雇ってくれたのは、ブラッドさんです! 恩に着ます」
そもそも、俺たちが出会ったのは一週間前に遡る。
俺が川で溺れている獣人の女の子を一人で助けた。
その娘の友達の父親がブラッドさんで、俺の話を聞いてスカウトした訳だ。
当然、仕事と家を探していた俺は二つ返事で承諾した。
「でも、なんで俺みたいなモンスターを雇ってくれたんですか? 娘さんの友達助けただけですよ?」
「やっぱり君は綺麗な心の持ち主だね」
俺の質問にブラッドさんはそう呟くと、真剣な表情で答える。
「娘から聞いた話、あの場には大勢の人がいたんだ。でも誰も見ているだけで助けようとしなかった。なんでか分かるかい?」
確かに誰も動く気配が無かった。
あの娘、俺が助けなければ今頃溺れて死んでいた。
「まさか、獣人だから差別意識で、とかじゃ無いですよね? そういえば人間以外の種族には、名字が無いのもなんか変だし」
そう、この世界では人間以外の人種は、名字が無い。
ブラッドさんもそうだ。
なぜなら、この世界では人間の人口は八割を占める。
「確かにそれも理由の一つだろうけど、一番の理由ではないね」
一番の理由? それは一体……
「答えを言うと、他力本願だからだよ」
ああ! 確かに言われてみれば、そうだった気がする。
「みんな、自分は泳げないから、服が濡れたくないから、自分が危険な目に遭いたくないから、そう理由をつけて、目の前で失われようとしている若い命を見逃そうとしていた」
ちょっと待てよ!! 俺には考えられねぇ!! あの娘、まだ幼い子供だったぞ!! 大人でも良くは無いが、子供が危険な目に遭っているのに見て見ぬ振り!!? 馬鹿じゃねぇのか!!
「でも、君はそんな大人の人間たちとは違った。純粋にその女の子を助けたいと思って、すぐに行動に移した」
「君は当たり前の事をしたつもりかも知れないけど、その危機的状況下で、君のすぐに人の為に動ける行動力は、この社会では凄く重宝される。誰にでも有るようで無い最強のスキルなんだよ!」
「だから、君を雇おうと思った。君の様な人材は、うちにふさわしいってね」
ブラッドさんにそう言われても、内心ピンとこなかった。
最強のスキルか……こんな当たり前の事がか? 大袈裟だな。
でもいつかわかる時が来るのかな。
「僕はね、そんなピュアな君をいずれ後継者にしたいと思ったんだ」
え!? いつの間に後継者認定されてたのか!? そんな単純な理由で!? 俺まだ就職して一週間なんだけど!?
「ハハハ、驚かしてごめんね。流石に今は厳しいかも知れないけど、僕だってまだまだ現役だからね。後数十年後ぐらいだよ」
そりゃそうだよな、これから修行を重ねていくんだもんな。
「そういえばブラッドさん、娘さんが一人いましたよね? 確か学園の中等部三年って。娘さんはこの仕事の事どう思ってるんですか?」
ブラッドは十四年前に奥さんを病気で亡くしていて、今はその娘さんと二人で暮らしている。
「正直に言うとね、娘は僕の仕事を継ぎたいと思っている」
「だから、もし良ければだけど、娘と君の二人で後を継がせたいと考えているんだ」
以外にも娘さんはブラッドさんの仕事に関心があるようだ。
俺なんか親の勤めている仕事なんか興味も無かったけどな。
「娘と君はお互いの得意不得意がかみ合ってるんだ。だから、良いコンビになれると思うんだけど……」
ブラッドさんは何か頭を抱えている様子だった。
なんか、困った事でもあるのか?
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