第23話 如月 玲奈は動き出す
登校する想い人との必然の再会を果たし——放課後。
如月 玲奈は帰宅することなく、教室に居残っていた。
「じゃあ、また明日―」
「うん、またねー」
新入生である玲奈の学年はまだ部活動が始まっていないので、大半の人がすぐに帰宅する。
一部のヤル気のある人間は見学と称して部活動に参加しているらしいが、元々部活をする気の無い玲奈には関係の無いことだ。
「よし、そろそろ……」
クラスメイトの大半が姿を消した頃、玲奈はカモフラージュとして出していた小説を閉じ、席を立つ。
そして、クラスを後にすると、一つの教室へと足を伸ばした。
「少し待つだけで、ずいぶん人が減るのね」
話し声や物音は微かに聞こえるものの、予想通り校舎の人は少ない。
休み時間とは違う雰囲気を楽しみつつ廊下を歩いていけば、すぐに目的の教室にたどり着いてしまった。
——コンコン。
数回のノックの後、扉に手をかける。
軽く力を入れて扉を開いていき、ガラガラという音と共に一歩踏み出して。
「失礼しまーす!」
「おや、君は……?」
玲奈は、翠にとって最悪の記憶の一つである漫画部の部室へと足を踏み入れた。
「部活中に失礼します黒川先輩」
「どうしたんだい?」
「ちょっとお話があって来ました」
玲奈の来訪を不思議そうにする黒川先輩。
玲奈としてもアポを取っているわけではなく、直接乗り込んだ形となる。
そのため、歓迎してくれるかは分からなかったが、彼女は柔らかな笑みを見せてくれた。
「そっか……ちょうど私も色々と聞きたいと思ってたんだ。ただあれだね、ここだと部員もいるから……隣の教室が空いてるからそっちに行こう」
そう言うと、黒川は玲奈が入った扉とは逆の扉へと歩き出す。
それに続き、隣の教室へ。
人がいない、ガラリとした空き教室。
当然、机も何もないと思っていたのだが、意外にも規則的に机が並べられていた。
「こっちも漫画部の部室なんだよ。普段は隣の教室を使ってるんだけど、展示会をしたりする時にはこっちを作業部屋に出来るように借りてるんだ」
「へぇ……」
「それで、話って?」
教室の最後尾。
もっとも扉から近い席の前に腰掛け、玲奈には最後尾の席に座るように促す黒川先輩。
促されるままに席に着き、玲奈は彼女を見据える。
「高宮先輩の事なんですけど」
「ああ、色々と噂は聞いてるよ。というか、彼ってあんなにイケメンだっだんだね」
「ほんとですよね」
クスクスと笑って見せる先輩に、玲奈も軽く笑う。
「それで、先輩について教えて欲しいんですけど」
密かに調べてみて分かったことだが、高宮先輩の交友関係はとても狭い。
よく一緒にいるのが佐藤先輩と星野先輩。それ以外だと最低限の付き合いがあるくらいで、交友のある人は殆どいないのだ。
ただ、いくらなんでも突然近い二人に直撃するわけにはいかないことくらい、玲奈にも分かる。
だからこそ、目の前の先輩だ。
新入生歓迎会の時、彼女は高宮先輩とそれなりに親しくしていた。
そして、弟である励が情報を集めた結果、彼女がまとめている漫画部は先輩の漫画を書いていたという。
近すぎては怪しまれてしまうし、遠すぎれば情報は集められない。
黒川先輩は情報を集めるのには最適といえる人だろう。
「うーん、彼の事って言われても、私もそんなに詳しくないんだけど……」
「でも、先輩の漫画描いてたんですよね?」
「あくまでも想像でね。それに、今は彼に直談判されてしまって……彼の漫画は描けないんだ」
フゥと息を吐き出しながら「残念だよ……」をこぼす先輩。
けれど、玲奈は知っている——おもに弟が集めた情報だが。
「……先輩の漫画、まだ出てるって聞いてますけど?」
弟の調査の結果。まだ高宮先輩の漫画が描かれていることは調査済みだ。
そのことを告げると、黒川先輩は目力を強めた。
「彼は描いてないよ」
「でも」
「描いてないよ?」
「あ、はい」
有無を言わせない言い様に、玲奈はとりあえず頷くことにした。
すると、黒川先輩も満足げに頷く。
「あくまでも私が描いてるのは高宮 翠じゃなくて、違うキャラクターなんだよ。見た目が似てるのはただの偶然で、性格が似てるのもただの偶然。ちなみに、佐藤 恭平に似てるのもただの偶然だし、星野 蓮華に似てるのもただの偶然。いいね」
「ああ、そういうこと」
彼女は先輩を描いてはいないのだ。
あくまでも描いてるのは先輩に似た誰かで、けっして本人じゃない。
物語のために作ったキャラクターが偶然誰かに似てしまっただけで、意図して描いたものじゃない——そう言っているというわけだ。
「なるほど分かりました。黒川先輩は約束を守りますもんね! 先輩に止められてるんだから、描かないですよね」
「うんうん、よく分かってるね」
先輩が腕を組んで頷いた。
「さて、誤解を解いたところで、君は何を聞きたいのかな?」
先輩の問いかけに、玲奈は少し悩む。
……どうする?
玲奈の頭に奔ったのは、ただ聞くだけでいいのかという疑問。
たしかに、情報収集のために先輩の元を訪ねた。けれど、先輩は高宮先輩に近い二人ほど情報を持っているとは思えないのだ。
それなら——
「先輩、提案があるんですけど」
「なにかな?」
「お互いに、情報交換を続けるっているのはどうですか?」
ふむ、と少し考える素振りを見せる先輩。
そんな彼女に玲奈は畳み掛ける。
「先輩も噂は聞いてますよね? なら、私が先輩に協力するので、先輩も私の協力をしてください」
「…………」
「そうすれば、先輩は生の情報を私から得ることが出来る。私の方は……今日みたいに偶に相談に乗って貰えればいいです」
色々と悩んではみたものの、裏で考えを巡らせるのは玲奈の性に合わない。
それに、いきなり告白した玲奈ではあるが、かといって誰かとお付き合いをした経験もなかった。
ならば、数少ない先輩と交友のある人物であり、先輩よりも年上で、人生経験もありそうな黒川先輩に相談に乗ってもらえるようにした方がいいのではないか?
相談する以上は状況は話さないといけないのだし、漫画にされるというデメリットも、元々配信活動で切り抜き動画なんかも出されている玲奈ならば大きな問題ではない。
「どうですか……?」
玲奈は、黙りこくった先輩の答えを待つ。
そして——
「わかったよ。協力する」
「ありがとうございます」
フッと笑みをこぼした先輩に、玲奈は右手を差し出し。
「じゃあ、これからよろしく」
黒川先輩は、玲奈の手をぎゅっと握った。
一年生と三年生の協力関係。
奇妙な関係が出来上がった瞬間だった。
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