第22話 イライライライラ




 翠と別れ、教室にたどり着いて。

 自身の席についた蓮華は、言いようのない不満感に苛立っていた。


「ええっと……蓮華?」


 おずおずといった様子で声をかけてくる萌愛。

 元気というか、自由奔放な彼女が今日は様子が変だと感じつつも蓮華は顔を上げる。 


「……どうしたの?」


「へ? え、えっとねぇ……」


 萌愛が視線を横へ。

 すると、そこには桂花が立っていて。


「蓮華、なんか今日様子変だよ? 怒ってる?」


「っ!? そんなこと……」


 ……あるかも、しれない。


 ふっと脳裏に浮かんできたのは、今朝出会った少女の事だ。


(如月さんって言ってたっけ……?)


 翠がそう呼んでいたはずだ。

 少しキツそうな雰囲気はあったけれど、明るくて、活発そうな女の子。

 顔立ちも整っていたし、翠への話し方を見る限り愛想もよさそうだ。


 蓮華の中で引っかかってる不快感。

 それは、彼女の性格についてだろう。


 特に、ところが引っかかってしまうのだ。

 そう、それは、かつて蓮華が彼に言われて目指した性格であり、今の蓮華を表す言葉として真っ先に上がる言葉だろう。


 なんとなく……被るのだ。

 もちろん、多少の差はある。けれど、方向性をいえば同じ方向を向いているわけで。


「今日ね、高宮君の一緒の学校来たんだけど……途中で後輩の子に会ったの」


「あ、もう隠すの止めたんだぁ?」


「違うって……偶然会ったのと仕事の話があったから一緒に来ただけ。でね、その子の事なんだけど……」


「それ、知ってるかも」


 途中で口を挟む桂花。

 彼女に蓮華と萌愛の視線が集まる。


「どういうこと?」


「なんか、蓮華の彼氏さんに後輩が告白したって話」


「だから彼氏じゃ——」


「その話詳しく!」


 キラキラと目を輝かせて、萌愛が桂花に迫る。

 桂花はコクリと頷くと、廊下へと視線を動かした。


「一年の間だと結構噂になってるらしい。如月って子が二年生に告ったって……ほら、今日なんか一年生がいっぱい廊下に来てるし」


 桂花の視線を追って廊下を見る。

 すると、見知った顔が廊下を横切っていく中で、ちらほらと真新しい制服を身にまとった生徒が確認できた。

 一年生だろう。


「あと、新入生歓迎会の時に高宮くん、だっけ? 彼氏さんが川に落ちて、かなりカッコよかったって話も聞いたよ」


「へぇ……」


「な、なに……?」


 意味ありげな眼差しを送ってくる萌愛に、蓮華は怖気づいてしまう。

 すると、彼女は「えー、だってぇ」と、笑みを見せて。


「蓮華って意外と顔で見るタイプだったんだぁって思って」


「だから違うって言ってるじゃん!」


「はははは! そんな否定しなくてもいいんだよぉ? あ、でも、なんで彼っていつも前髪で目元隠してるの? 髪をボサボサだし……」


「まあ、噂になってるくらいだし……何となくは想像できる」


「そっかぁ……大変なんだね?」


 蓮華が弁明する前に自己完結してしまう二人。

 そんな二人に、蓮華はため息を吐き出した。




 朝礼を終え、授業中。


(そっか……噂になってるんだ……)


 翠が前髪で目元を隠している理由。

 その理由は彼に直接は聞いていないが、彼の親友からうっすらとは聞いていた。


『あいつ顔がやたらいいからな……中学の時は結構苦労してたんだよ』


 中学の時の蓮華は大人しかったから、そういう噂とは無縁だった。

 しかし、それでも彼が告白されているという話は耳に届いていたのだから、蓮華が把握している以上にそういう話があったのだろう。

 それは、おおよそ高校デビューというものをして、クラスでも明るいと通り、クラスメイトの大半と交流がある蓮華だからこそ容易に想像できた。


 ようは、そういった話をよく聞くのだ。


 ○○君と○○ちゃんが付き合った……とか。

 ○○君って○○だよね……? ……とか。


 高校生は中学よりも色恋に興味を増す年頃とはいえ、中学生だってそういうことに興味が無いわけではけっしてない。

 高校一年の時でさえそう言った話をよく聞いたのだから、中学でもそれ相応にあったと考える方が妥当なのだ。


(まあ、それは仕方ないことなんだろうけど……なんだかなぁ……)


 中学生の頃の話はいいのだ。

 いくら告白されようと、翠が誰と付き合っていたとしても、別にいい。

 今は付き合っている人がいないのは想像でしかないが……分かってる。だから、いいのだ。


 けれど、今の噂はどうにも上手く飲みこめない。


(なんか、彼女見てると対抗心というか、ムッとしちゃうんだよなぁ……)


 これが養殖と天然の差なのだろうか?


 今の蓮華は、彼の言葉を切っ掛けに自身を変えていった結果だ。

 いわば、養殖された性格なわけで。


 腹の奥でぐるぐると廻っている苛立ちに、蓮華は頬杖をついて息を吐く。

 考えても考えても、思考がまとまらないどころか気分が重くなっていく。


 だからだろうか?


 先程からかけられていた声に、蓮華がまったく気が付かなかったのは……。


「——星野さん!」


「あっ、はい!?」


 強い声に我に返り、蓮華は声のした方向に顔を向ける。

 そこには、眉を吊り上げた先生の姿があって。


「さっきから呼んでいたんですけど、どうかしたんですか?」


「え、あ、ご、ごめんなさい」


「外ばかり見てないで、授業に集中してください」


 そう言うと、先生は黒板に向き直った。

 カツカツと黒板にチョークがぶつかる音に、クスクスと蓮華の醜態を笑う声が混じる。

 周囲を見れば、友達たちがニヤニヤと見ていて。


(……これも翠くんもせいだ)


 イライラは、当分の間晴れそうになかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る