第21話 変わってしまった日常




「おはようございます先輩!」


 月曜日。

 日常と化している朝食作りから弁当作り。それからの登校。

 その日常は、如月 玲奈の登場によって終わりを告げた。


「……えっと、誰かな?」


 隣を歩く蓮華の視線が冷たい。


「あれ先輩? この前は星野先輩と一緒じゃなかったですよね?」


 翠を待っていたらしい如月の笑顔が怖い。


 修羅場……というのだろうか?

 べつに交際をしているわけでもないので、修羅場とは言えないかもしれない——が、何とも言いようのない威圧感を感じて、翠の額に一滴の冷たい汗が伝う。


「えと、星野は今日偶然会ったからで、バイトの話もあったから一緒に投稿しただけ……それで、如月はこの前の新入生歓迎会で一緒の班だったんだ」


「ふぅん」

「そうなんですかー」


「それで? 如月はどうしたんだ?」


 不安を感じつつも、にこやかな後輩に問いかける。

 すると、彼女は笑顔のまま。


「如月なんて他人行儀早めてくださいよ先輩! 告白したされたの関係じゃないですか!」



「「っ……!?」」


「この前は振られちゃいましたけど、私はまだ諦めてないですからね!」


 ……こんなところでなんてこと言いだすのだろう!? この少女は。


 翠たちが今いるのは学校の目の前ではないけれど、それなりに近い場所である。

 そのため、同じ学校の生徒がいる可能性もあるわけで。


 翠はおそるおそる周囲へと目を向ける。

 その途中で。


「高宮君?」


「ひっ!?」


 満面の笑みを浮かべている蓮華に、小さい悲鳴が漏れた。


「えっと……星野さん?」


「何かな?」


「なんか、怒ってる?」


「ううん、別に怒ってないよ」


 冷や汗が止まらない。

 別に翠はやましいことはしていないはずなのだ。

 それなのに蓮華が怒っているように感じてしまう。それは何故なのか?


 その答えを見つけられないまま翠が視線を彷徨わせれば、如月がニコリと微笑んでいて。


「じゃあ、私はそろそろ行きますね! また放課後に!」


 そう告げると、駆け足で学校の方向へと走っていった。

 すると当然、翠は蓮華と二人で残されるわけで……。


「……告白されてたんだね?」


「いや、その……断ったはずだったんだけど……」


 渇いた笑いしか出てこない翠だった。






 蓮華との重苦しい空気を耐え、翠はどうにか教室にたどり着いた。

 真っ直ぐに自分の机へと歩き、カバンを机の横にかけて、椅子を引き、腰掛ける。


 ……ようやく落ち着ける。


 そんな翠の期待も、恭平が来ることによって終わりを告げた。


「お前告白されてたんだってな!」


「…………」


「いってぇ!?」


 すねを抑え、痛みに耐える恭平。

 制裁は済んだ。しかし、もう遅く、周りを見れば翠へと好奇の眼差しが集まっている。


「お前……それ、どこで聞いた?」


「っ——そりゃあ後輩からだよ。如月って言ったっけ? あの子見た目のレベル高いだろ? そんな子が前髪で顔を隠したキモ男に告白したってんだから、一年の間では話題になってるらしいぞ」


 痛みに脛をさすりながら、恭平は翠の前の席に腰を落とす。


「それに、新入生歓迎会の時にお前は素顔を見られただろ? 一年の女子の間じゃそれも話題になってたからな。それも合わせて抜け駆けだのどうだのって話題になってるらしい」


「まじか……」


 まさかの事実に言葉を失ってしまう。


 告白されたのなんてつい先日のことだ。

 途中、蓮華の実家に泊まるなんてイベントや配信なんてこともあり、告白を断ったこともあって深く考えていなかった。

 それが、ここまで話題になっているとは……。


「一ヶ月くらいは話題になるなんてこの前は言ったけど、これはもう少し伸びそうだな。それに聞いたぜ? 今日なんて星野と登校したんだろ?」


「それは……仕事の事で話があったからで」


「でも、それを周りの奴は知らないんだぞ。そんなの話題になるに決まってるじゃねぇか」


「う……」


 確かに迂闊だったのかもしれない。


 翠が蓮華と同じ仕事をしているということを知っているのは、翠の知り合いでは家族と恭平だけだ。

 そしてそれは蓮華も同じようなもので、彼女の友達くらいだと聞いている。


 高校生の男女が二人で登校するなんて、邪推するには十分な理由なわけで、注目される理由としては十分なのだ。


「そうだよな……気を付けるよ」


 翠は一度小さく頷くと気を引き締める。

 すると、恭平はフッと笑みをこぼして。


「まあ、もう遅いかもしれないけどな」


「なんでだよ?」


「周りを見てみろよ」


 クイッと、教室の外。廊下の方向へ顎をやる恭平。

 それを追い、翠が廊下へと視線をよこせば——


「うわ……」


 扉の開いた教室の外。

 そこには、教室の前を通るたびに教室の中——正確には翠の様子をチラ見していく一年生たちがいた。


「二年と一年の教室なんて別の階なんだけどな」


 恭平が苦笑するも、翠の耳には上手く入ってこない。


 露骨に中を覗いてくるわけではない。

 あくまでも、通り過ぎるついでに中を見ていくだけ。


「勘弁してくれ……」


 ……これじゃあ動物園いる動物みたいだ。


 翠は今後の事を思い、大きなため息を吐き出した。

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