第20話 今後の予定




『初心で草』

『まあ、レンちゃんらしいっちゃらしいかもw』

『www』


「えっと……それだけ?」


 部屋中に響き渡った蓮華の叫び。

 その叫びにコメントが沸いているが、翠は呆気に取られてしまって上手く反応できないでいた。


 それこそ、寝ぼけてベッドに入り込んだくらいの事をしてしまったのかと思っていたのだ。

 それなのに、翠がやったことは蓮華の手を握っただけ。

 冬休みの時に泣いていた彼女を抱きしめたこともあったのだから、それくらいならさほど問題無いと思うわけで。


(いや、ちょっと待て)


 もしやと、翠は一度思考を止め、考え直す。


 蓮華は手を握られたと言ったのだ。

 もしかして、翠の懸念していたことをやってしまったうえで、手を握ったのではないか?


 そんな想像も、可能性が無いとはいいきれないわけで。


「もしかして、俺寝ぼけてベッドに潜り込んだとか……?」


「ベッ!? い、いや、そ、そんなことないけど……」


 狼狽しながらも、蓮華は翠の不安要素を否定してくれる。


「じゃあ、寝ぼけて手を握りにいったとか……?」


「それも……無いけど……」


 寝ていた蓮華の手を寝ぼけて握ったとも考えたのだが、それも違うらしい。


 ならば? と、翠は自分が何をしてしまったのか考える。

 しかし、いくら考えてもどうやって彼女の手を握ってしまったのかが分からなかった。


「俺、なんでレンの手を握ったんだ?」


 分からなければ聞けばいい——そう考えた結果だったのだが、失敗だったようだ。

 翠がその問いを口にした瞬間、蓮華の頬に赤みが増した。


『これはさすがにレンちゃんが可哀想になってくるな……』

『無自覚に相手を追い詰めてるんだよなぁwww』

『まあ、いつも通りではあるw』


「……? どういうこと?」


『いや、スイちゃんはこのままでいてくれ』

『そのほうが面白いしなw』

『それはそうwww』


 よく分からないコメントたちに、翠は首を傾げてしまう。


「みんなは分かってるんだ……それなら教えてくれると嬉しいかな?」


『さすがにそれはwww』

『さすがにそれは可哀想だってw』

『まあ、無自覚なんだろうなぁ……』


「えっと、これもダメなのか……じゃあ、さっきから無自覚って言ってる人が何人かいるけど、それはどういうことなんだ? あと可哀想とか?」


 可哀想というのは、状況から察して蓮華の事を差していることくらい翠にも分かる。

 だが、無自覚と指摘されたところで、翠にはその自覚はないのだ。


「俺は昨日レンに迷惑かけてないかだけ知りたかったんだけど……それがマズいんだ?」


『そうwww』

『そのとおりw』

『やっとわかったか』


「そう、なんだ……」


 完全に納得は出来ていないが、ひとまずは飲みこむ。


 つまりは、昨日なにがあったのか……それを聞くこと自体が問題というわけだ。

 なら、これ以上深堀するのはよくないのだろう。


「わかった……じゃあ、この話は終わりにしようか」


「……っ、そうだよ! ここからは今後の予定について話していこう!」


『レンちゃん復活w』

『そりゃあそうか』

『www』


「ほらそこ! 今後の予定について話すんだから静かにして!」


 話題を変えようとしたとたんに元気になった蓮華。

 そんな彼女に、翠は苦笑しか出てこない。


 とはいえ、順調に配信を続けるのなら話を蒸し返すわけにもいかないわけで。


「まあ、予定について話すって言っても、そこまでちゃんと決まってるわけじゃないんだよ」


「来週はちょっと配信はお休みする予定なんだけど……あっ、もちろん動画の投稿はあるよ? 今週は二本上げる予定だから楽しみにしててね!」


『よっしゃ』

『待ってます』

『なんだろ?』


「内容は秘密、だから楽しみにしてて! で、配信なんだけど……今は料理配信をしようかなってスイと話してるんだ。ほら、この前スイーツを作ろうかって話したでしょ? それでスイに作ってもらおうかなって」


 蓮華の頬が嬉しそうに緩む。


「それで、具体的に何を作ろうかって相談してたんだけど……みんなは何がいい?」


『パウンドケーキとか?』

『ホールケーキ!』

『最初だし、クッキーとかでいいんじゃない?』


「うーん、さすがにホールケーキは難しいかな」


 どんどん流れてくるリクエストに、翠はどうするか悩む。


「さすがにケーキは難しいかなぁ……作ったこと無いし。カップケーキくらいならできると思うけど……」


「まあ、そこまでいくと私も手が出せないしね。じゃあ、やっぱりクッキーとかがいいかも、それなら私も手伝えそうだし!」


「そうかも。じゃあ、再来週の配信はクッキーを作ろうか。まだ時間あるからレシピも準備していて、視聴者さんには自分で作ってもらうのもアリかな」


 二週間もあれば、いろんなレシピを調べて自分なりの作り方をまとめられるだろう。

 そうすれば、配信で食べられない視聴者も喜んでくれるはずだ。


 そう、親切心から口にした言葉だったが——


『うおぉぉぉ!』

『楽しみにしてる!』

『クッキーってことは……オーブン買わないと』


「ひぇ? ちょ!? ええ……?」


 思わぬ反響に変な声を出してしまった。


「そんなに嬉しいことなの……?」


「まあ、皆食べたがってたしねぇ……」


「いや、それは知ってたけど」


 前回の配信でもみんなが食べたがっていたことは知っている。

 だが、こんなにも反応してくれるなんて思わないではないか。


 たかがクッキーである。

 作り方は現時点でも翠の頭にあり、レシピを調べるのはあくまでも視聴者のみんなに喜んでもらうためであって、そう特別な事ではない。

 それなのにこうまで喜ばれると、翠としても気恥ずかしいような微妙な気持ちになってしまうわけで。


「ちょ、ちょっとみんな落ち着こう?」


『うおおおお!』

『よっしぁぁぁぁ!!!』

『待ってます!』


「ええ……」


「あははは!」


 結局、皆が落ち着くのに三十分ほどかかった。






 ——配信終了後。


「ふぅ……疲れたぁ……」


 再来週の配信について盛り上がる視聴者をなだめて。

 どうにかこうにか治めたせいか、翠の精神的な疲労が凄かった。


 そんな翠に対して——


「お疲れー!」


 蓮華は途中の異変が嘘みたいに元気である。


 慌てて視聴者をなだめる翠を見てるだけで、助けてはくれなかった彼女。

 たしかに、途中無意識に追い詰めてしまっていたらしいが、さすがにひどいではないか?


 そんな気持ちが、胸の奥からむくむくと湧き上がってきた。

 そして、ふと思いつく。


「それで、結局俺は夜になにをしたんだ?」


「ふぇ!?」


「いや、結局聞けなかったなって」


「えっと……何もなかったよ? あはは……」


 蓮華はスッと立ち上がると、リビングの方へ。

 そして、撮影部屋とリビングを仕切る引き戸に手をかけて。


「本当に、何もなかったんだよ?」


 そう言い残して、ピシャっと扉を閉めた。


 その行動を見届けて。


「うーん、やっぱり失敗したかなぁ……」


 どうやら、本当に話したくないらしい。

 翠は、一人残された部屋で反省した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る