第19話 荒ぶる蓮華
翌日。
朝早くに星野邸をお暇し、一度帰宅した後の蓮華のマンションで。
「——っていうことがあったの! 酷くない!?」
翠の隣では、蓮華が荒れに荒れていた。
「初めてのお泊りだったんだよ? たしかにスイには慣れてないことだったんだと思うけどさぁ……すぐに寝ちゃうのは酷いと思うよね? どう思う皆!?」
『それは酷いwww』
『これってもしかして、期待したレンちゃんが寝不足な感じ……』
『これ以上は言うなよ?』
『俺も一緒にお泊りしたかった……』
『無理に決まってるだろwww』
「…………」
気まずいを通り越して、乾いた笑いしか出てこない。
蓮華が朝から若干不機嫌なことは分かっていた。
とはいえ、翠からは聞きにくくもあったし、彼女からも何も言ってこなかったので黙っていたのだ。
それがこの結果を招くことになるとは……。
「みんなにも見せてあげたかったなぁ……この配信の打ち合わせが終わった時に出たスイの欠伸。『ふぁ……』って小さい口を手で隠してさ」
『見たかった……!!!』
『レンちゃんのでもいいだろ!』
『まあ、スイちゃんの欠伸は見たかったなw』
「…………」
もはや、諦めの境地である。
コメントの数は日曜日の日中ということで出掛けている人も多いのか、夜よりも少ない。
けれど、それでも流れていく勢いは翠の目では全部を追いきれない程度には賑わっていて、それが今の居た堪れなさを増大させていた。
「寝てるときもね、スイってほんと動かないの。すぅ……すぅ……って小さな音だけが聞こえてきて、それも近づかないと聞こえてこないくらいだったんだから」
『まあ、想像通りではあるw』
『俺はむしろ、めっちゃ寝相悪い方がギャップがあって良かったwww』
『寝相はレンちゃんの方が悪いんじゃね?』
「私は寝相悪くないよ! そりゃあ寝返りはうつけど、さ……」
声窄みになっていく蓮華の声。
何事かと翠は隣を見るが、横からだと良く見えず、よく分からない。
だが、正面に置かれたカメラを通して見ている視聴者からはよく見えているらしい。コメントが加速する。
『レンちゃんなんか顔赤くない?』
『たしかにwww』
『もしかして昨日何かあった?』
『あっ///(察し)』
『そういうことか……』
「えっ!? ち、違う違う! 何もなかったよ!」
『めっちゃ動揺してるwww』
『あきらかにあったやつじゃんw』
『スイちゃんが反応してない辺り寝てるときか……』
「えっ? レン何かしたの?」
コメントにドキリとする。
……いったい何をしたのだろうか?
寝たら朝まで起きないなんてことは無く、些細な音でも起きることが出来る翠である。
もちろん寝起きも良く、目を覚ませばすぐに意識が覚醒するのだ。
そのため、朝起きた時に異変があれば気付きそうなものなのだが——
「えっと、さすがに悪戯とかされるのは……」
「してないから!」
蓮華の叫び声。
「そ、そりゃあ寝顔を見たりはしたし、寝顔が可愛いなぁって近づいてみたりはしたけど……私からは何もしてないし……」
『私からは……だと……?』
『つまりはスイちゃんの方から?』
『いや、寝てたんだから出来ないだろw』
『というか、近づいたんだなwww』
『てぇてぇや……』
気まずそうに下を向く蓮華に対し、コメントは勝手に盛り上がっていく。
そんな中、翠の頭は違うことでいっぱいになっていた。
「え……」
……いったい、自分は何をしてしまったんだろう?
考えても、考えても……全く分からない。
昨日は今日の配信の打ち合わせをして、それまでの疲れが出てしまったのか眠くなってしまい、蓮華も「寝ようか」と言ってくれたのでそのまま寝たはずだ。
母に言われたように迷惑を掛けないように気を張っていたし、お風呂という一歩間違えば大問題になってしまうだろう試練も、蓮華の閃きもあって無事にクリアしたはず。
それなのに、いま蓮華は視聴者いわく——
顔を赤くしていて。
何か言いづらそうにしていて。
その原因は翠かもしれないらしい。
「お、俺……」
不安になって、震えた声が出てしまった。
「俺、もしかしてレンに何かした……?」
「へ?」
「だって、レンなんか言いづらそうだったし……顔が赤くなってるって言われてたし……俺、何かしたのかな……?」
「それは……」
蓮華の視線が横へと移動した。
つまりはそういう事だろう。
「ごめん……俺、全然記憶が無くて……なるべく迷惑かけないようにしてたつもりだったし、負担にならないようにって考えてたつもりだったんだけど……俺なにかしちゃってたのか?」
寝ぼけて、何か迷惑をかけてしまったのだろうか?
昨日は予想以上に疲れていたため、いくら寝相が良いと言われていても翠が寝ぼけて何かをしてしまった可能性は否定できない。
少ない可能性かもしれない。翠自身、今まで寝ぼけていたことで迷惑をかけたことがなかったのだから。
けれど、前例がなかったからといって、絶対に無いとは言い切れないのだ。
つまり、翠が迷惑をかけなかったとは言い切れないわけで。
「もし、何か迷惑かけたなら言ってほしい……俺になにが出来るかは、分からないけど、出来るだけの事はしたいと思うから」
「え、ええっと……」
『これ、絶対何か勘違いしてない?』
『スイちゃんは真面目だからなぁ……』
『これはこれで面白いまであるwww』
コメントが何か言っているが、関係ない。
翠は姿勢を正し、真っ直ぐに蓮華を見つめる。
「ちょっとスイ? そこまでしなくても……」
「…………」
「えっと」
「…………」
「…………」
配信中にあるまじき沈黙。
けれど、自分が問題を起こした可能性がある以上、翠としては折れるわけにいかない。
五秒……十秒……一分と。
じっと待つ翠に対し、蓮華は視線を彷徨わせた後、観念したように小声で。
「……の」
「え?」
「手を握られたの!」
蓮華の叫び声が響き渡った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます