第14話 作戦会議




 再び蓮華の部屋で。


「どうしよっか……」


「うん……」


 ノリノリのイレイナに夕食の手配をすると告げられた二人は、逃げるように蓮華の部屋に避難してきた。

 表向きは翠の母親に連絡を取らないといけないから。しかし、本当のところはただの作戦会議である。


 撮影という逃げ道は潰され、翠が泊まることになるのかは翠の予定が空いているかどうかにかかっている。

 かといって、翠の家に電話をされてしまうと男だとバレてしまう可能性が高い。そのため、こればかりは自分で連絡すると譲らず、こうして蓮華の部屋まで逃げてきたのだ。


「ちなみに、客室とかがあるとかは……?」


「あるにはあるけど……絶対友達同士同じ部屋で寝た方がいいとか言うと思う。お母さん、意外とそういうの好きだし……」


「…………」


「…………」


 二人して視線を落とす。


 ……どうすればいいのだろう?


 上手い解決策が見当たらず、それどころか女子の家に泊まるという提案に動揺してしまって思考がまとまらない。

 これがクラスにバレれば学年中の話題になってしまうのは間違いない。これは、被害妄想が過ぎるという事ではなく、翠も蓮華も容姿が整っており、それなりに名前が知れ渡っているからこその客観的な想定だ。

 それに——


「恭平にでもバレたら……」


「私も萌愛の桂花にバレると……」


「…………」


「…………」


 お互いにバレるとマズい人がいるらしい。

 もし恭平にバレてしまったら面白おかしく笑われて、それが聞かれてしまい、噂となって広がってしまうだろう。

 そうなれば、完全に翠と蓮華が付き合っているという噂が広まってしまう。本当はそうではないのにだ。

 そしてそれは、蓮華にもいえるようで。


「桂花はともかく、萌愛が知ったら……」


 そうなった時の事を想像したのだろう。蓮華が深刻な表情で呟いた。


「……とにかく、母さんに電話してみるよ。それでダメなら何の問題も無いし」


「そうだね、お願い」


 蓮華の言葉に頷き、翠はスマホを取り出す。

 そして、母に連絡を入れて数度のコールの後、母の声が翠の耳に届いた。


「もしもし、母さん」


『こんな時間にどうしたの?』


 パート中なので出るのか心配ではあったが、ひとまずは安心。

 翠はじっと見つめてきている蓮華と頷き合うと、口を開いた。


「えっと、今日蓮華の家に行くって話したでしょ? それで、蓮華のお母さんが泊まっていけって言ってるんだけど……」


『そうなの?』


『止めなさい』と言ってくれ——そう願いながら翠は母の答えを待つ。

 仮にも男女。それに、高校生が異性の家に泊まる。両親がいるとはいえ、問題ではあるだろう。

 常識でいえば『断りなさい』『ダメ』『何考えてるの』と言われるのが普通で、翠が女だと思われているからこその異常事態なのだ。


「やっぱりマズ——」


『いいんじゃない?』


「へ?」


 まさかの答えに、翠の頭は真っ白に塗りつぶされた。

 けれど、母の言葉は止まらない。


『さすがに二人で旅行に行くとかなら止めるけど、ご両親がいらっしゃるんでしょ? それなら大丈夫でしょう』


「いや、それはそうかもしれないけど……」


『それとも何? 何か起きるような想像でもしてるの? スケベねぇ』


「どういう意味!?」


 ……いったい何を言っているのか!?


 翠が声を荒げると、母はコロコロと笑って続ける。


『冗談よ。翠はいつも家事とかやってくれるんだから、こういう時くらいはゆっくり休んで……そうだ、蓮華ちゃんと変わってくれる?』


「あ、うん……母さんが変わってくれって」


「そうなの? わかった」


 少し不思議そうにしている蓮華にスマホを手渡す。

 何気ないようにスマホを耳に当てる蓮華。その少し後、彼女の顔つきが変わった。


「ちょ!? な、なな、何言ってるんですか!? そ、そんなこと……え? えっと」


「……?」


 チラリと蓮華の視線が翠へと向く……が、すぐ逸らされてしまった。

 そんな彼女の仕草を翠は疑問に思うものの、通話中のため声をかけづらい。


「とにかく、間に合ってますから! はい、翠くん!」


「え? ああ、うん」


「ちょっと飲み物でも取ってくるね!」


 スマホを手渡すや否や、すぐに立ち上がって扉へと向かっていく蓮華。

 彼女の突然の豹変に翠は呆気に取られてしまい、声をかける前に彼女は扉の外へ出ていって——


 ——バタン!


「…………」


 少し強めの音の後、ドタバタとした足音が扉越しに翠の耳に届く。

 スマホを見て、扉を見て、もう一度スマホを見て。

 一度息を吐き出してから、翠はスマホを耳へと当てた。


「……母さん」


『ごめんねぇ、ちょっとからかいすぎちゃった』


「なに言ったんだよ? 蓮華かなり動揺してたみたいだけど……」


 普段から元気な彼女ではあるが、家柄からか人当たりも良く、人の物を手荒く扱ったりはしない。

 それが半ば押し付けるように翠へと渡したのだから、母は相当な事を言ったのだろう。


『別にぃ……ちょっとアドバイスしただけよ? それよりも、翠は男の子なんだからちゃんとフォローしなさい。いくら仲がいいっていっても、異性を部屋に上げるのは緊張するものなんだから』


「……わかってるよ」


『よろしい。そろそろ戻らないと怒られるから私は戻るわね。泊まるからって変なことはしちゃダメよ~』


 最後にとんでもない事を言い残し、母との通話が切れた。


「…………まったく、そんなことしないって」


 母が突飛なことをいう事はよくあるが、それにしても度が過ぎている。

 翠はため息交じりにスマホをしまうと、力を抜い姿勢を崩した。


「はぁ……でも、本当にどうしよう?」


 ……逃げられない。


 逃げるという言葉だと悪いように捉えられてしまいそうだが、別に翠は蓮華が嫌だから泊まりたくないわけではない。

 本当に嫌なのであれば蓮華の家で撮影なんかしていないし、こうして蓮華の家に呼ばれたからといって来てはいないのだ。


「蓮華の様子も変だったし……困ったなぁ」


 恭平であったなら勝手知った中であるし、何の問題も無い。

 しかし、今は女装のまま、その正体をバレないようにしないといけない。


 この後の苦労を想像して、翠はもう一度ため息を吐き出した。

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