第12話 蓮華の部屋と昔話
「ここかぁ……」
数日経ち、土曜日に。
翠は蓮華の実家である家の前で、その建物を見上げていた。
ちなみに、すでに女装姿である。
さすがに自宅から女装する訳にもいかないという事と、諸事情があって蓮華のマンションでも着替えられないため、『スイレン』で着替えてからここに来たのだ。
「気が重い……」
蓮華からのメールが来た時には驚いた。
先日、蓮華のお母さんについた少しだけ話は聞いて、男嫌い……いや、蓮華に近づく男について厳しいという事は分かっている。
しかし、彼女には翠が男であるという事は伝わってはいないはずであり、あくまでも蓮華と共に活動しているのは『スイ』という少女という話のはずだ。
「なんでなんだろう……いや、やっぱりあれかな?」
思い至るのは、蓮華が翠の家で食事をしているということ。
おそらく、社長経由でその話が伝わってしまったのだろう。それで、翠に直接話を聞きたいと思ったといったところか。
翠は自身の中で結論をまとめると、建物に近づいていく。
「近づいてみると、やっぱり大きいな」
蓮華の実家は大きかった。
さすが社長の家といったところだろう。二階建ての建物は翠の住むアパートと同じくらいの大きさはある。
それに、塀のせいで見えないが建物が見えない部分は庭なのだろう。建物と同じ程度の広さがあるであろう庭には立派な木が生えており、塀の上から顔を覗かせていた。
ゴクリと喉を鳴らし、塀と共に翠を遮っている門へ。
門の脇に取り付けられているインターホンに手を伸ばし、ボタンを押す。
ピンポーンという聞き慣れた音を耳にしながら少し待てば、インターホンからの返答はなく、玄関扉の開く音と、少し後に目の前の門がゆっくりとスライドしていった。
「ごめんねみど……スイ。今日はよろしくね」
現れたのは蓮華だ。
パーカー姿の彼女はわずかに引きつった笑みを見せると、そのまま翠に背を向ける。
「とりあえず私の部屋に案内するね。今お母さんリビングで仕事の電話してるから」
「うん」
先を歩く蓮華の後に付いていき、中へ。
玄関の扉を越えた先、そこには翠の想像できないような世界が待ち受けていた。
「……すご」
「あはは、お父さんの趣味なの」
最初に目に飛び込んできたのは絵画だった。
絵に詳しくない翠ではあるが、立派な額に入れられているため絵画自体も高級品であることは想像がつく。
それと——
「この本棚も?」
そう、玄関に本棚があるのだ。
翠が二人寝そべっても余裕がある玄関。本来は靴を入れるための棚や置物、それに傘立てなどが一般であるだろう。
玄関に本棚というのは翠には馴染みが無いし、意外だった。
「うん……っていうか、読書自体がお父さんの趣味なの。まだ読んでない本をそこに入れておいて、出社の時に一冊持っていってるんだ。帰りに本屋さんによるとだいたい何冊か買ってくるから、買ってきたのをここに入れておくの」
「へぇ……」
「じゃあ、案内するね。私の部屋二階だから」
靴を脱いで、用意されたスリッパに足を入れて蓮華の後に続く。
翠が履いたことが無いような上等のスリッパに緊張を覚えながら階段を登れば、そこには再び絵画の飾られている廊下が広がっていた。
絵画に観葉植物。いったいいくらかかっているのかと想像もしたくない廊下を歩いていき、たどり着いたのは廊下の最奥。
「……ここが私の部屋だよ」
二回ほど大きい呼吸を繰り返した後、蓮華が扉を開ける。
「じゃあ、入って」
「おじゃましまーす……」
中へ。
蓮華の部屋は普通じゃなかった。いや、予想と違ったというべきだろうか。
部屋の大きさはだいたい八畳くらいで、大きいけれど予想とそう外れてはいない。外れていたのは内装だ。
室内は黒やグレーのもので統一されていた。カーテンやベッド、小さいテーブルからその下にひかれているラグまで。
いつも元気な彼女らしくない色合いに、翠は声を詰まらせてしまう。
「意外だった?」
「えっと……まあ」
「あはは、まあ、マンションは明るい色が多いしね……じゃあ適当に座って」
促されるままにラグの上に腰を下ろすと、蓮華が翠の正面に座った。
しかし、翠の興味はどうしても目の前の蓮華ではなく、周囲へと向いてしまう。
「……さすがにそんなに見られると恥ずかしいかな」
「あっ、ごめん」
視線を正面へ。
すると、蓮華が周りへと目を向けながら口を開いた。
「この家に住み始めたのが中二の始めくらいだったかな……当時はね、私って暗かったの」
「そうなの?」
「うん……中三の時にね、ある人にふざけてるくらいがいいって言われて……それからかな? 頑張ろうって勇気が出て、人前に出れるようになって、今の私になったの」
当時を懐かしむように、それでいて凄く嬉しそうに。
蓮華はわずかに視線を落としながら微笑んでいた。
「そうだったんだ……」
……昔から明るかったのとばかり。
彼女が元気をなくしていたのは翠が倒れた時くらいだったため、予想外の言葉に続く言葉を無くしてしまう。
そんな翠を見て、蓮華が少し唇を尖らせてポツリ。
「…………やっぱり覚えてないんだ」
「え?」
「んーん、何でもないよ」
明らかに何かを呟いていた蓮華だが、翠の反応に対して首を横に振る。
そんな彼女を不思議に感じた翠だったが、口を開く前にパンと両手を鳴らす音が響いた。
「さて、昔話はおしまい! それよりももっと大事な話をしないと」
「大事な話って……?」
繰り返す翠の前で、蓮華がとても真面目な表情になって。
「スイの本名とか、一緒に撮影することになった経緯とか、お母さんに説明できるようにしとかないと」
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