第10話 新入生歓迎会の後で 




「——っていう事があったんだけど……」


「……それ、絶対お前に惚れただろ」


 新入生歓迎会を終えて放課後。

 今日あった出来事を翠が恭平に相談すると、彼は至極真面目な表情で答えた。


「いや……」


 一度止め、周囲を確認。

 放課後になって多少時間が経っているため、クラスに残っている人は少ない。そのおかげか、いま恭平が言ったことを聞いていた人はいないようだ。


「それはないだろ。だって会ってまだ数日だし、そもそも会ったの二回目だし……」


『スイレン』で会ったのを数えていない回数である。

 登校時と今日……そのたった二回なのだ。その程度で人の印象は変わらないはず——そう翠は考えているのだが、恭平は違うらしく。


「バカ、お前忘れたのか? お前中学の時どうだったんだよ?」


「それは……」


「だろ。お前はもっと自分の容姿が整ってることを自覚した方がいいぞ? 一年の時に同じクラスだった奴らはお前の性格分かってるから自重するだろうけど」


 恭平はチラリと周囲を確認。


「知らないやつらにとっては噂の種になるからな、少し気を付けた方がいいぞ? まだ少数だし、噂っていってもそこまでは広がらないだろうから……まあ一ヶ月くらいか……同じことはしない方がいいだろうな」


「嘘だろ……」


 一ヶ月……凄く長いとは言えないが、けっして短くも無い期間だ。

 もちろんその間に雨の日はあるだろうし、雨の日となれば翠の髪の防御能力が落ちてしまう。

 それに、動画投稿を始める切っ掛けとなった日も雨だった。

 あの日、蓮華に素顔を見られたのを後悔しているわけではないが、翠の生活がガラリと変わってしまったのは否定できないわけで。


「……俺、一ヶ月学校休もうかな」


「おいおい、そうしたら誰が俺にノートを見せるんだよ。宿題も写させてくれねぇと俺が困るだろ?」


「それは知らないよ」


「理不尽だろ!」


 どっちが理不尽だ——と、翠は大げさに反応する恭平にため息をこぼす。


「というか、心配するところそこなのかよ……もうお前にノート貸さないぞ?」


 親友が困っているのに心配するのがノートのこととは……とんだ親友だ。

 内心呆れ果てる翠。しかし、恭平はそのことに気付いていないように笑みを見せて。


「そんなこと言っていいのか?」


「うん?」


「そんなこと言っていいのかな?」


 意味深な笑みと言葉に、翠はわずかに眉を寄せる。


 本当に一ケ月も学校を休むつもりはないが、恭平にお仕置きするためにもノートを見せるのは止めてもいいのでは? と翠は考えていた。

 けれどどうだろう?

 目の前の悪友は、そうすれば翠が困ると言いたげに笑みを作っている。


 ……なにかあっただろうか?


 恭平に協力しないことで翠が被る不利益。

 それを少し考えて——


「別に困らないよな?」


「いやいや、困るだろ!? 今だってこうやって相談に乗ってるんだぜ?」


「別に恭平じゃなくても……蓮華とか紫音さんとかいるし……」


 蓮華は当然として、頭に浮かぶのは赤がトレードマークの王子様。

 正確には女性なので王女様といえるのかもしれないが、本人が王子様で通しているので王子様なのである。

 蓮華とは幼馴染といえる彼女のことだ。蓮華に相談して答えに困れば、彼女が助言してくるかもしれない。


「あれ? 意外とほんとに大丈夫かも……?」


「……あら、マジで言ってる?」


「うん、マジ」


「ちょっと考えなおそうか」


 恭平は椅子に座り直して、背筋を正した。


「その、紫音っていう人のことは置いておくとして……俺はお前の幼馴染で親友だよな?」


「ま……あ……?」


「何だよそれ……まあいいや、つまり、小さいことからの助け合ってきた仲ってことだ。だから俺はこうしてお前の相談に乗ってるし、出来るだけ手助けできるように動いてきた」


「…………」


「だからな……」


 スッと立ち上がる恭平。

 そのまま両足の踵をくっつけ、両手を真っ直ぐ下ろして体の横に。そして、腰を九十度折り曲げた。


「お前も俺を助けてください!」


「やだ」


「そんな殺生な!」


 恭平が翠の足に縋りつく。


「マジで頼むよ! 補習になんてなったら美穂になにされるか分かんないんだって……!」


 顔を上げ、懇願の眼差しを向けてくる恭平。

 そんな彼を翠は振り払う。


「だったら少しは自分でやれ。分かんないところは教えてやるし、それなら鈴原さんも喜んで教えてくれるだろ?」


 恭平の彼女は真面目な人だ。

 普段から翠に『恭ちゃんはサボっていませんか?』という内容のメールが届いているし、彼女は学校でも生徒会に所属しているのだから真摯な態度を見せれば怒ることは無いだろう。

 しかし、今だに縋りつこうとする恭平は首を横に振る。


「それはマズいんだって! 美穂に言ったらマジで手取り足取りになるから! それはもう一から十まで徹底的になるから!」


「それの何がいけないんだ?」


「っ——」


 ……ちゃんと教えてくれるのならばいいのではないか?


 そんな疑問を恭平に向けるが、彼は押し黙ってしまって答えてはくれない。

 つまり、困っている。ならば、このままいけば彼への良い教訓になるという事だ。


「とにかく! お前も少しは自分でやる癖を付けろ! べつに手伝わないなんて言ってないし、教えてやるから」


「ホント頼むってぇ……!」


「じゃあ、俺はもう行くぞ」


 縋る恭平を見捨て、翠はカバンを握って席を立つ。

 そして、そのまま教室を後にした。






 教室を後にして少し。

 階段を下りて、下駄箱へ。そして、上履きから靴に履き替えて帰る——はずだった。


「ん?」


 気が付いたのは、靴を持った時に感じた指先の違和感。

 サラリとした質感に、翠は少しだけ首をかしげる。


 ほのかな疑問を抱えたまま靴を取り出せば、中に一枚の紙が入っていた。


「なんだ?」


 紙を取り出し、靴を一度下駄箱の中に戻す。

 そして、折りたたまれた紙を開いてみると——


『体育館裏で待っています』


「嘘だろ……」


 まさか、今日の内に何かがあるとは……。

 翠は早くも恭平を見捨てたことを後悔し始めていた。

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