第5話 変わらない親友




「あーはっはっはっ! いーひっひっひっ!!!」


「うるさいよ……」


 学校にたどり着き、授業が始まるまでの束の間の時間。

 今朝の出来事を話した翠は、恭平に大爆笑されていた。


「や、優しくしたのに……くっくっくっ……キモ男呼ばわりとか…………ぷっ! ダメだ……笑いが止まんねぇ……!」


「…………」


 ……言わなければよかった。


 腹を抱えて笑う恭平の前で、翠は少し前の自分を呪う。

 すでにクラス中の注目を集め、視線は翠たちに集まっている。

 ただでさえクラスメイトは普段隠している翠の素顔を知っているのだ。そのせいで注目を集めやすいというのに、これ以上は勘弁してほしいわけで。


「…………」


 ……ぶん殴れば静かになるだろうか?


 もうすでに注目は集めてしまっている。なら、もう少し注目を集めてしまってもいいのではないか?

 そんな考えが翠の脳裏にちらつき始めた頃、ようやく恭平はフゥと一息ついた。


「……あー! めっちゃ笑ったわ!」


「…………」


「悪かったって、そんな睨むなよ。でも、こんな面白いことさせて笑うなっていうのも酷ってもんだぜ? このくらい勘弁してくれよ」


「…………はぁ……」


 ため息で返答。


 ……いつものことであるが、どうしてこの男はこうなのか?


 いつまで経っても変わらない親友の姿に、翠は軽蔑まではいかないけれど呆れを隠せない。

 すると、恭平は肩をすくめてみせて。


「だから悪かったって。もう笑わねぇよ」


「本当か?」


「おう! で? 本題はなんだよ?」


 恭平は白い歯を見せる。

 正直信用ならない。しかし、昔から交友関係の広い彼は先輩や後輩との付き合いに対しても理解が深い。

 その付き合いは今も続いているとも聞いているわけで、そんな経験の無い翠はこの男を頼るしかないのだ。

 翠は再度息を吐き出すと、今抱える悩みを告白していく。


「いや、ほら……俺たちもう二年生だろ? そうすると後輩ができるし……どうしたらいいのかなって……? って、なんだよその顔?」


 ポカンと。

 よほど翠が言ったことが信じられなかったのか、驚いた表情を見せる恭平。

 そんな彼に怪訝な目を向ければ、彼はその驚いた顔を隠しもしないで口を開いた。


「いや、だってよ……お前中学の時にそんなこと一言も言わなかったじゃねぇか。そりゃあ驚くだろ。どういう心境の変化だ?」


「……こっちにも色々あるんだよ」


 視線を外してポツリ。

 しかし、そこは付き合いの長い恭平らしく、「ははーん」と意味ありげな表情を見せて。


「つーことは、お前の仕事関係か? っていうことは、おおかた後輩が出来て、でも、自分よりもスキルがある後輩だから心配ってところだろ?」


「…………」


 的確に図星を突いた返答に、翠は押し黙るしかない。

 そんな翠に、恭平はニヤリと笑みをこぼす。


「当たりだな。つーかお前は分りやす過ぎんだよ……まあ、良い傾向なんじゃねぇの? そうだなぁ……」


 恭平は親指と人差し指で顎を挟み、わずかに考えてから。


「なんて言うかな……お前は今のままでいいと思うぜ? 変に畏まらずに、気軽に構えてりゃあいいんだよ」


「それ……れ、星野にも言われたよ」


「そうだろうな。ま、前のお前だと心配だったけど、最近のお前なら大丈夫だよ。それよりも、面倒見良すぎて小中の再来にならないことを祈ってるぜ!」


 彼が言っているのは、小、中学校の時、翠がモテすぎて辟易していた時のことだろう。

 当時は今よりも他人に対し壁を作っていた。しかし、それでも翠の顔を見て告白してくる人が何人もいたのだ。女子も男子も……。


 元々人見知りで自分から話しかけることが苦手なだけで、翠自身邪険に扱ってきたわけではない。

 そんな当時よりも、今は物腰が柔らかくなったと恭平に言われているのだから、相対した時の印象は良くなっているはずだ。


「……勘弁してくれ」


 最悪の想像をして、翠は身震いする。


「まあ気を付けろよ。今度、新入生歓迎でゴミ拾いするだろ? その時にあんま優しくしすぎないことだな!」


「他人事みたいに言いやがって……」


「他人だからな!」


 自信満々に言ってのける恭平に翠が睨みつけるも、彼は全く気にしない様子で笑顔を見せた。

 だが、その表情をすぐに嫌そうなものへと変える。


「でも、ゴミ拾いっていうのもだるいよな。新入生もゴミ拾いさせられて嬉しいわけねぇのに」


「それは、まあ……」


 否定しきれず苦笑い。

 去年の同じ頃に翠たちも経験していることではあるが、この学校は新入生歓迎と称して地域のゴミ拾いをおこなうのだ。

 一年生から三年生まで、各学年から三人ずつ出して一つの班を作り、一、二限の間、各班が割り振られた区画のゴミ拾いと清掃をする。


 三年生が班を代表して。

 二年生が三年生をサポートして。

 一年生は二、三年生の姿を見て。


 全員が全員を尊重して、お互いの仲を良くしていこう——というのが学校の告げている趣旨だ。

 とはいえ、それは学校側の主張であり、やる側——つまり生徒側としては面倒くさいの一言に尽きるわけで。


「別に、ゴミ拾いの必要は無いよな……」


「ほんとだっつうの……! いや、まあ授業がつぶれるのは嬉しいけどさぁ、ゴミ拾いも相当に面倒くさいわけよ」


 心底面倒くさそうな態度を隠さない恭平。


「これで同じ班に可愛い子でもいればやる気も出るんだけどよう……」


「…………」


「こうなれば、お前を女装させて——」


「鈴原さんに言うけど?」


「ごめんなさい……」


「……二年生になっても変わらないよな」


 即座に頭を下げる恭平に、翠はため息を吐き出した。

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