第3話 新しい試み?




 炊いていたご飯が炊きあがった後——


「うーん、美味しい!」


「よかった」


 満面な笑みでご飯をほおばる蓮華。

 その笑顔を隣で眺めて、翠は安堵の笑みを浮かべた。


『やっぱり胃袋掴まれてるよなwww』

『レンちゃん可愛いな……』

『そんなに美味いなら食べてみたい』


「ははは……みんな、ありがとう」


 ディスプレイに映るコメントを見ながら、翠もご飯を一口。

 調味料を最低限に抑えたおかげか、一口含むとふわりと出汁の香りが広がる

 。


「うん……タケノコのえぐみも無いし、出汁の風味もいい感じ」


『美味そう……』

『スイちゃん俺にも作ってくれぇ!』

『自分で作れwww』


「ははは、さすがに作ってあげるのは難しいかな。作り方は配信見直せばわかると思うから、自分で作ってくれ」


「そうそう、スイのご飯を食べられるのは私だけだからね!」


『自分じゃ作れないからなwww』

『それなw』

『レンちゃんの手料理……待ってますw』


 蓮華が視聴者を煽れば、負けじと視聴者も蓮華を弄る。

 そんな光景が少しばかり続き、二人の茶碗の中身が半分ほどになった頃、蓮華が唐突に口を開いた。


「——そういえばウチの事務所、新しい試みを考えてるらしいよ」


「新しい試み? っていうか、言って大丈夫なの?」


 新しい試みということは、『スイレン』という企業が新たな事業を考えているということになる。

 それは、基本社外秘であり、安易に漏らしてよい内容ではないはずなのだが……。


「口止めされなかったから大丈夫。それに、詳しい内容は分からないし……新しいこと考えてますよーって言ってるだけだよ」


「なるほど」


『……なんだろ?』

『口止めされてないだけで、別に言っていいわけではないのでは?』

『www』


 もっともなコメントに、翠は思わず苦笑い。

 だが、隣に座る蓮華は全く気にしていないようで、唇に指をあてて。


「んー、聞いた感じそこまで秘密って感じじゃないんじゃないかなぁ……それに、私が知ってることなんて直接内容に関係しているわけじゃないし」


「そうなの?」


「私が知ってるのはね、冬休みくらいから動いてたってくらいのことだから……」


『まあ、それなら……いいのか?』

『まあまあな情報じゃない?』

『つまり、レンちゃんがスイちゃんとイチャイチャしている間に動き始めたと……』


「だから違うって言ってるじゃん!」


「ははは……」


 もう、何を話してもこの話に繋げたいのだろう。

 また始まった蓮華と視聴者のやり取りに、翠は再び苦笑した。


「ということでこの話は終わり! スイの手料理を楽しむよ!」


『自分で言っておいてwww』

『このまま続けると怒られるかもしれないからだろw』

『強引すぎるwww』


「ほらそこ! スイの手料理を食べられないからって弄らないでよ!」


『それ自体は羨ましいんだよなぁ……』

『おい言うなw悲しくなってくるwww』

『食ってみたいよな』


「そんな大したものじゃないから」


 どんどん流れてくる翠の料理へのコメントに、どうも居た堪れなくなってしまう。

 あくまでも翠の料理は家庭料理なのであって、料理でお金を貰っているわけではないのだ。

 プロではなく、あくまでもアマチュア。

 その認識が強い翠なので、こうも褒められてしまうと恥ずかしい。


『スイちゃん顔赤い』

『ほんとスイちゃん褒められるのに弱いよな……』

『見た目クールなのに、中身が乙女なのは助かるけどなwww』

『この辺は慣れてきても変わってないし、変わらないで欲しい』


 加速するコメントたち。

 この、女装した翠へのコメントが沸くのも見慣れた光景となりつつある。

 とはいえ、見慣れとはいえ慣れたとは言えないわけで。


「ちょ、ちょっと……その辺で……」


 どうにか止めようと試みてみるけれど、コメントは変わらずスイに対するものが多いままだ。

 翠は助けを求めて隣の蓮華へと目配せをする。

 しかし、とうの彼女はニコニコと笑みを浮かべるばかりで、翠を助けてくれる素振りは見せてはくれなかった。


「いや、ほんとに——」


 頬が赤みを帯びていることを自覚しながらも、翠は流れているコメントに口を挟む。

 だが、コメントは止まらないまま。

 そのまま数分間の間、翠は恥辱に耐えるような時を耐え忍ぶしかなくなっていると——


「はい! その辺で!」


 パン! と両手を鳴らして、蓮華が盛り上がっているコメントを止めてくれた。


「た、助かった……」


「君たちも堪能できたでしょ? ……私も出来たし」


「えっ?」


「んー、何でもないよ?」


 聞き捨てならない言葉に目を向けるも、返ってきたのは満面の笑み。

 そして、翠が口を開く前に、彼女はカメラへと向けて口を開く。


「スイの手料理も食べ終わったことだし、もう結構いい時間だからね。もうそろそろ今日の配信を終わろうと思うよ」


『もうそんな時間か……』

『次回も楽しみにしてる』

『次はまた日曜日?』


「うーん、配信は日曜日になっちゃうかな? でも、動画の方は二本くらい投稿できると思うよ」


 蓮華からの目配せ。

 その視線に、翠は釈然としないながらも意識を切り替える。


「じゃあ、今日は見てくれてありがとう。来週も見に来てくれると嬉しいな」


「というわけで、皆は動画を楽しみにしててね! それじゃあ皆!」


「お疲れ様」

「おつかれさま~」






「ふぅ!」


「お疲れ様」


「翠くんもね」


 配信を止めたところで、二人で顔を見合わせて労い合う。


「ちょっと待ってて、飲み物取ってくるから」


「いや、俺がやるからいいよ。蓮華は機材の片づけを頼む」


「そう? ありがとう」


 配信を終えた後は二人で飲み物を飲んで一息つく——これが、いつもの日常となっていた。


 さっそく片づけを始める蓮華を横目に、翠はキッチンへ。

 グラスを二つ取り出し、冷蔵庫を開ける。


「コーヒーとお茶、どっちがいい?」


「じゃあ、コーヒーで!」


「了解」


 これも、蓮華のマンションで活動を始めてから変わったことだ。

 初めは遠慮をして彼女自身がやっていたが、翠が機材の片づけを出来ないため、時間を持て余してしまう。

 そのため、彼女のマンションでありながら翠が飲み物を注ぐ姿が日常的となっていた。


 コーヒーを六分目まで入れて、後は牛乳。そして砂糖をスプーン一杯より少しだけ多めに。

 手慣れた手つきで二人分のコーヒーを用意すると、翠は蓮華の元に戻る。


「ん、ありがとう」


 飲み物を手渡して、二人で座る。

 そうして二人で一息つき、会話を楽しみながら休憩を終えれば。


「さてと、じゃあ俺買い物行かないといけないから」


「あっ、ちょっと待って」


「うん?」


「私も買いたいものがあるから。一緒に行っていい?」


「うん、大丈夫」


「じゃあ、もう少しで片付け終わるから、もうちょっとだけ待ってて」


「分かった。それじゃあ洗い物でもしておくよ」


「ありがとう!」


 空となった二人分のグラスを持ってキッチンへ。


 季節は冬を越え——春。

 半年という時を二人で活動した。

 その距離はとても近くて、それでも少し遠い。

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