第2話 慣れてきた活動
「——規定量まで水を入れてから、あとは具材を入れて炊くだけだよ」
目の前に置かれたパソコンとカメラの前で、翠は炊飯器のスイッチを入れた。
すると、蓮華が大げさにお腹を押さえてみせる。
「早く炊けないかなぁ」
「ははは、こればっかりは待つしかないから」
スイッチを入れた炊飯器はまだ水蒸気も出ていない。
某料理番組のように「出来上がったものはこちらです」と言う選択もあったのだが、今は生放送中。視聴者とのコミュニケーションも大事なのでこういう形にしたのだ。
「しょうがない……じゃあ、炊き上がるまでみんなとお話しよっか」
「移動とかもあるから五分後、再開します。その間にトイレとかは行っておいて」
「じゃあみんな! 五分後にまた会おうね!」
そう言うと、蓮華はノートパソコンの前へ。
パソコンを操作して配信を一時的に停止させると、彼女はそのままそれを持って移動する。
目的地は蓮華のマンション。その一室だ。
ちなみに、いままで配信をしていたのも彼女のマンションのキッチンである。
カウンターキッチンとなっており、当然場所が特定されないように背後の棚はカーテンで隠されている。
翠たちは、流しの前のカウンター上にパソコン等を置いて配信をしていたというわけだ。
翠は蓮華が持ちきれなかった機材を両手に持って、彼女の後ろに続く。
リビングを越え、引き戸で遮られていた洋室へ。
中は蓮華の作業部屋であり、撮影部屋だ。
デスクトップ型のパソコンと二枚のディスプレイが設置されたデスクに、編集について書かれている本などが収められている本棚。
中心には小さなローテーブルが置かれ、二つの座椅子が並んでいる。
翠は蓮華を出来る範囲で手伝いながら配信再開の準備を始めた。
テキパキと準備を終える蓮華に笑みをこぼしながら作業すること数分。二人は思い出したように着ていたエプロンを脱いで、並んで座る。
「よーし! ここからは視聴者の皆の質問とかに答えていこうと思うよ!」
開始早々、元気のよい蓮華の声。
その言葉が切っ掛けとなって、画面に表示されているコメントが加速する。
『スイも結構慣れてきた』
『たしかに最近は特に自然体というか……普通に笑うようになったよな』
『最初は酷かったよねwww』
「スイが配信に慣れてきたって。やっぱりみんなもそう思うよね? 最初なんて酷かったし」
「いやそれは……まあ、もう始めて半年くらい経つし、さすがに慣れるよ」
当時のことを弄るコメントに、翠は苦々しく笑う。
自分でも感じていることではあるが、最初の頃は酷かった。
上手く笑えないし、笑おうとしてもわざとらしくなってしまう。それに、緊張からかうまく話せないこともザラだった。
それが特に改善されるようになったのは、あの時が切っ掛けだ。
「まあでも、みんながそう思ってくれるのは嬉しいかな。やっぱり、冬休みのアレが良かったんだと思う。アレのおかげで俺もちゃんと頑張ろうと思えるようになったし」
翠が無理をして倒れた事件。
事件と言ってしまうと大げさかもしれないが、そのおかげで翠は前をちゃんと向けたと自覚している。
だが、翠にとってはポジティブな捉え方をしている事件でも、他の者にとってはまた違うわけで。
「…………」
『惚気いただきましたw』
『レンちゃん顔真っ赤www』
『いちゃいちゃすんなよw』
顔を赤くして黙る蓮華にコメントが沸く。
どうも、この手の話となるとこういった輩が現れるようになってしまった。
やはり人の恋愛話は誰もが好きなものなのだろう。翠としては進行役でもある蓮華が黙ってしまうので、迷惑とまではいかなくとも困っているのだ。
とはいえ、彼もしくは彼女たちのコメントのようなことは決して無いのだが。
「ほら、レンが困ってるからその辺で」
『えー』
『こういうのが誤解を深めるんだよなぁ……』
『それなwww』
「……? いつも言ってるけど、どういうこと?」
『いや、スイちゃんはこのままでいてくれ』
『むしろ、このままの方が良いまであるw』
『そうそう、このままで』
「……あー! もうやめてよ!」
ついに蓮華が爆発した。
「ほら! 次の質問に行くよ!」
『いや、さっきのは質問じゃなかったよwww』
『wwwwww』
『おい、やめろw』
「あーもう、うるさいよ! えっと、次は何を作る予定ですか? だって……スイは何か考えてる?」
強引に蓮華が話題を変えれば、視聴者も空気を読んで少しずつではあるが静かになっていく。
それでも騒ぐ視聴者もいるにはいるが、そういった場合には申し訳ないけれど無視をするしかない。
「うーん……今日は春に合わせてタケノコご飯にしたから、季節ごとに変えていってもいいかもね。夏は新生姜、秋はサツマイモとか栗……冬は
ひとえに炊き込みご飯といっても、種類は無限にある。
旬な食材は栄養価が高いうえに安い。食べる側としても嬉しいものであるし、作っている側としても優しいのだ。
「それ以外なら……スイーツなんかいいかも。作ってないし。今の時期ならイチゴとかビワとか……」
「スイってデザートも作れるの!?」
「それなりに、だけどね」
いつの時代も、女性は甘いものに弱いらしい。
スイーツと聞いて目を輝かせる蓮華に、翠はクスリと微笑を浮かべた。
『スイちゃんの女子力が高すぎるwww』
『いや、これはレンちゃんが低すぎると言うべきなのでは?』
『胃袋を掴めってアドバイス送りたいけど、逆に掴まれてるんだよなぁ……』
「ちょっと、みんな酷くない!? 私だってそれなりには出来るよ!」
『相手が悪すぎるんだよなぁw』
『スイちゃんと比べるのはちょっとなwww』
『たしかに頑張ってるとは思うけど……』
「ぐぬぬ……」
「ははは……」
座椅子に座っていなければ地団太でも踏んでいそうな蓮華に、翠は苦笑い。
翠が慣れてきたことによる弊害ともいえる蓮華弄りは、ご飯が炊きあがるまで続いた。
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