その噂は薪となって ⑦




※初めに——


 色々と修正した結果、少し長くなってしまいました。

 いつもより4000文字ほどの文字数になってしまいましたが(いつもは2000~3000文字です)、お付き合いいただけると幸いです。


 では、本編をどうぞ——






 ——なんで?


 教室に入った翠の頭に浮かんだ最初の言葉はこれだった。


 自身を題材にした漫画を見つけ、それに対して抗議をする。

 恭平を矢面に立たせることで、バカへのお仕置きと抗議をするという目的を達成できるはずだったのに。

 そんな思惑で教室へ入れば、中によく知った顔があった。

 これには翠も動揺するしかない。


「なんで星野がいるんだ?」


「あはは……たまたま、だよ?」


 手を後ろにやりながら、蓮華は微苦笑。


「そ、それよりも、なんで高宮君がここに?」


「……ちょっとね」


 まさか、自分を題材にした漫画が勝手に描かれていたとは言えるわけがない。それが親友とのものであればなおさらだ。

 翠は蓮華から目を逸らして言葉を濁した。


「…………」


「…………」


 視線が合えば逸らし、口を開こうとすれば言い淀む。

 よそよそしいような、お互いの出方を探っているような……微妙な空気が漂う。


 そんな中、口を開いたのは教室の真ん中に鎮座していた少女だ。


「佐藤君? なんで来たの?」


 それは、明らかに責める眼差し。

 対して恭平は、ただでさえ縮こまらせていた体を、さらに小さくして目を逸らした。


「……すまん」


「すまんじゃ分からないよ? 部員から聞いた限りじゃすぐに帰るって話だったよね? あなただけならまだしも、彼を連れてきたのはどういう了見かな?」

 

「…………」


 黙り込む恭平。

 しかし、彼女の弁は止まらない。


「あなたはウチとは関わらない……そう話したはずだけど? 彼まで連れてきたっていうことは、約束を破るってことかな?」


「…………」


「佐藤君、何も言わないなら連絡するけど?」


 前には少女、後ろには翠と、逃げ場のない恭平。

 教室にいる全員の視線が集まる中、彼は何度も少女と翠へと、視線を往復させる。

 その後、困り顔から何か決心した表情へ変化させた彼は、スッと淀みのない動きで膝をつき——


「……勘弁してください」


 ぺたりと、両手をついて頭を下げた。

 そう、土下座である。


「そ、そんなに嫌なんだ……?」


「当たり前だろ! なにを好き好んで彼女に親友とのラブストーリーを読まれなきゃいかねぇんだよ!」


 土下座までは予想外だったのか、口元をヒクつかせる少女に恭平は吠える。

 だが、この場の主導権はいまだ少女が握っているわけで、彼女がスマホを取り出せば、恭平はすぐさま「すいませんでした」と平謝りするしかなかった。


「えっと、ちょっといい?」


 加害者と被害者でありながら、被害者が一方的に謝り倒している状況に呆気に取られていた翠。

 しかし、このままでは話が進まないとどうにか持ち直し、おずおずとではあるが口を挟んだ。


「なにかな?」


「えっと……」


「黒川だよ。黒川 美鈴……漫画部の部長をしてる」


「……黒川さんたちがこれを描いているんですよね?」


 そう言って彼女の前に置いたのは、先程拾った本だ。

 全ての元凶であり、いまの悩みの種であり、絶対止めさせたい爆発物。

 黒川と名乗った少女は目の前に置かれたそれに目を落とすと、薄っすらと笑みを浮かべた。


「まあ、そうだね……これは副部長が描いたやつ。ちなみに私のはこれ」


 彼女が指さしたのは並んでいる本の中央。唯一表紙にイラストが載っているものだった。


「これって……」


「もちろん君だよ。隣が佐藤君……もう一人が副部長。どんな話かというと——」


「いや、もういいです」


 描かれているイラストはとても綺麗なものではあったが、翠を取り合うように引っ張る恭平と副部長という絵の段階で嫌な予感しかしない。

 翠がすぐに断りを入れると、彼女は「残念」とこぼす。


「俺が言いたいのは、もう俺を題材にしないで下さいって話です。許可を出したわけじゃないですし」


「許可ならそこにいる彼から貰っているよ?」


「え?」


 少女の目線を追う。

 彼女の視線は同じ部員の場所ではなく、いまだ床に座っている男の方向へ向いていて。


「おい……」


「しょうがねぇだろ!? 脅されてたんだから!」


「脅してなんかないよ。ちゃんと交渉した結果だよ」


 しれっと追加される情報に、翠の怒りはさらに大きくなった。


「結局お前が悪いんじゃねぇか……!」


「誤解だって! しょうがないだろ、美穂を人質にとられてたんだから!」


「人質なんて人聞きが悪いなぁ……美穂に許可を貰うって話しただけだよ?」


「それが人質だって言ってんだよ! ……あっ、すいません」


「うんうん、今は私たちが話してるから黙っててくれるかな?」


 黒川は黙った恭平に何度か頷くと、その眼差しを翠へと向ける。


「まあでも、本人が嫌がってるなら仕方ないか……分かった! もう君をモチーフに漫画は描かないよ。ただ、これまでのは勘弁してくれないかな? もう回収するのは不可能だし」


「それは……仕方ないか……」


 熟考したのちに、やむなく承諾。

 本音を言えば嫌だ。しかし彼女の言うとおり、すで広がってしまったものを全て回収することは不可能に近い。

 それなら、揉めてよりかは今後描かないという確約を貰った方がまだましだ。


「わかりました。それでいいです」


「よかった! これで買ってくれたお客さんを満足させられる」


 翠が頷くと、少女も同様に頷いた。


 これで円満に解決……とはいかないが、概ね願い通りに事が収まったと見ていいだろう。

 翠はフッと緩和した緊張から細く息を吐き出す。

 そして、再び神経を張り詰めさせて親友を見下みくだした。


「あとは、このバカをどうするかだな……」


「……っ!? ちょっと待て! お前の言うとおりにしただろうが! 約束が——」


「そもそも、約束してないし」


「うそだぁっ!?」


 目を見張り、絶望したような声色の恭平。

 べつに翠は案内しないと連絡すると言っただけで、案内してくれたら連絡をしないとは言ってないのだ。


「んー、察するに、君は佐藤君にお灸を据えようとしてるのかな?」


「え? まあ、そうですけど……」


 割って入ってきた黒川の問いに翠が頷けば、彼女は「そっか」と小さく漏らす。

 そして、フッと表情を緩め——


「よかった、じゃあこれは無駄にならなかったね」


 そう言って掲げられたのは彼女のスマホ。

 翠だけでなく、恭平にも見えるように掲げられた画面にはこう書かれていた。


『美穂、ウチの部室これる?』


『なんでですか?』


『佐藤君絡み。できれば早く』


『わかりました。すぐ行きます』


 SNSのメッセージ画面によるやり取り。

 名前が書かれていることから、恭平の彼女である鈴原さんであることは確実だ。恭平が告げていた通り友人であるらしい。


「……うそ、だろ? え? マジで?」


「うん、マジ」


 茫然とする恭平と即座に頷く黒川。

 床に膝をついていた体勢から、手まで床に落とし、じっと彼の視線が床に釘付けとなる。

 そんな時だ。


「しつれいします」


 室外からでありながらよく響く声音に、恭平の肩がビクリと跳ねた。

 直後、ガラリと音を立てて扉が開かれる。


「恭ちゃんを迎えに来ました」


「……っ!?」


 ゆっくりと、けれど確実に彼氏の元へ歩を進める彼女。その姿は別の高校であるはずなのに堂々としていた。


「恭ちゃん、色々と聞かせてくださいね?」


「……はい」


 彼女の一声で、恭平はスッと立ち上がる。

 そして、そのまま二人で歩いていき、音もなく教室を後にした。


「「…………」」


 残されたのは唖然とする人たちだけだ。

 例外として、部長だけは「よかった」と笑みを浮かべていたが。


「じ、じゃあ、目的は達成できましたし、俺もこれで」


 気まずい空気の中、翠は教室を後にしようと踵を返す。

 すると、すっかり空気となっていた蓮華とその友人が後に続いた。


「わ、私も失礼しますね……」


「私もぉ!」


「まいどありー、よかったらまた来てね」


 ひらひらと手を振る部長の姿を最後に、教室の扉を閉める。

 ガラガラと音を立て扉が移動していく中、いまだ手を振っている部長の姿が隠れていく。

 そうして、彼女の姿が完全に見えなくなったところで。


「「はぁ……」」


 翠と蓮華は、同時に息を吐き出した。


「なんだ、やっぱり仲いいんだぁ」


「「……っ!?」」


 気が抜けたところで、背後から響いた声に翠と蓮華は肩を震わせる。

 そしてすぐに後ろへと振り返れば、ニヤニヤとした笑みを隠さない少女の姿が。


「え、えっと……」


「萌愛だよ、倉沢 萌愛! 前に一回会ってるよね?」


「ああ、前に星野と一緒に教室に来た……」


 翠は記憶を探り、彼女のことを思いだす。

 翠が碧と喧嘩をした時だったか、翠を訪ねてきた蓮華の後ろから顔を覗かせていた少女の一人だ。


「そうそう! でね! 私たちこれからカラオケに行くんだけど……高宮君も来る?」


 わずかに顔を傾けて、上目遣いで翠を見上げてくる少女。

 チラリと蓮華を一目見れば、彼女はあざとい姿を見せている友人に苦笑していた。


「いや、遠慮しとくよ」


 蓮華の友人からの誘いに、翠はゆっくりと首を横に振った。


 いくら趣味の延長として楽しんでいることではあっても、毎日のように動画に携わっている蓮華の気分転換を邪魔するのは申し訳ない。

 それに、正直に言ってしまえば、今日は少し疲れてしまった。


 ……釈然とはしていないけど、目的は達成できたのだから休みたい。


 そんな理由から翠が提案を辞退すると、倉沢は不満げに唇を尖らせる。


「えー、噂の彼氏くんから色々と聞きたかったのに……」


「えっと……」


「だから違うって! ほら萌愛、もう行こう!」


 色々と間違った認識をしてしまっている彼女に翠がどう答えるか迷っていると、彼女の隣にいた蓮華が声を荒げて否定する。

 そして、そのまま少女の背中を押して、翠から離れようと歩き出した。


「ごめんねみ、高宮くん。また今度……!」


「え、ああ、うん」


「じゃあねー彼氏くん!」


「だから違うって!」


 慌ただしく離れていく二人に、翠は呆気に取られてしまう。

 そうして二人の姿が見えなくなったころ、翠は思い出したかのようにポツリと呟いた。


「……帰るか」


 息を吐いて、廊下を歩いていく。


「……なんか疲れたな」


 少し遅れて呟かれた言葉は、しんと静まり返った廊下に良く響いた。




 …………


 ……


 後日。


「そういえば、あの時蓮華何か持ってなかった?」


「え? な、何も持ってないよー、あははは……」


 ふと、その時のことを思いだした翠の質問によって、蓮華が大いに動揺したのはまた別のお話。





 ※次回からは新章を始める予定ですので、お付き合いいただけたら幸いです。

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