その噂は薪となって ⑤
「「…………」」
授業を終え、放課後。
蓮華は、友人である萌愛と共に息を殺し、物陰に隠れていた。
「学校に戻ったねぇ……」
「うん」
切っ掛けは、休み時間の時に感じた桂花への違和感。
違和感は自体は蓮華も感じていたのだが、撮影がある蓮華よりも共にいる時間が長い萌愛はその違和感が大きかったらしい。のちにメッセージが届いて二人で後を追うことにしたのだ。
少し三人で話してから、二人でカラオケに行こうと言って教室を出て。
そのまま二人で校舎を出てから、学校の敷地を出たところで物陰に隠れる。
そうして自分たちの教室を外から覗き見れば、窓からじっと校門の方を見つめる桂花の姿があった。
ここまでくれば何かがあるというのは間違いない。
こうして、蓮華と萌愛のストーキング……もとい、調査が始まった。
「どうする? すぐに追いかける?」
「んー、帰り道から逸れて学校に戻るくらい慎重みたいだし……もうちょっと様子を見たほうがいいかも。その方が面白そうだし!」
「あはは……」
ニコニコと表情を輝かせる友人に、蓮華は微かに苦笑する。
調査と言いつつも、親友を追跡するという状況を楽しんでいるのは、楽しいことが大好きな彼女らしいともいえる。
結局は友達と遊びたかっただけなのだろう。カラオケが追跡に置き換わっただけなのだ。
「よーし、そろそろ行こっか! 入ったら蓮華は右側を確認ね! 私は左側を見るから!」
「ちょっと!?」
元気よく物陰から飛び出していった萌愛を追いかける。
「これじゃあ見つかっちゃうんじゃない?」
「大丈夫大丈夫~! ほらほら、いこ!」
完全に夢中になっている萌愛に呆れつつ、中へ。
遅れて入ったために、桂花の姿はもう見えない。
蓮華たちは各々の下駄箱で上履きに履き替えると、足音を出来るだけ響かせないようにして角から少しだけ顔を出す。
蓮華が担当することとなった右側は、入り口が二か所ある校舎……その右側ということで数えるほどしか教室がない。
案の定というべきか、誰もいない廊下が少しだけ伸びていた。
「うーん、教室の扉も閉まってるし……誰もいないかな。萌愛の方は——」
「蓮華蓮華……! こっちこっち……!」
囁くようでありながらもよく響く声に振り返れば、こちらへと手招きをする萌愛の姿が。
蓮華はそろりそろりと、それでいて急いで彼女の元へ駆けつけると、覗き込む友人の下から顔を覗かせる。
「……なにあれ?」
「ね、ね……! 絶対怪しいでしょ……!」
萌愛の見つめる先、そこには数人の人がいた。
制服を着ていることからも生徒なのは確実だろう。だが、様子がおかしい。
「見張ってる……?」
教室の扉の前に立つ生徒。
彼らが門番のように立ち塞がり、周囲を警戒しているように感じたのは蓮華の気のせいだろうか?
「あそこって空き教室だったよね?」
「そのはずだよ」
二人で顔を見合わせて、様子をうかがう。
時間にして数分といったところだろうか。その間にも何人かが門番? と会話し、中へ入っていく。
授業が終わってから少しの間話していたのが幸いだったか、幸運にも蓮華たちの元へ他の生徒が来ることは無かった。
「「あっ!?」」
二人の声が重なった。
桂花が教室から出てきたのだ。
教室の中へお辞儀をして、こちらへと向かってくる。
その足取りは軽く、無表情であるはずの顔も心なしか弾んでいるようだ。
だが、そんなことよりも考えなくてはいけないことがある。
「やばい……! こっち来てるよ……!」
そう、今蓮華がいるところは下駄箱——つまりは学校の入り口である。
場所を移動しようにも、前は桂花のいる廊下であり背後は校庭。前者は当たり前に見つかってしまうし、かといって校庭に出ても遮蔽物となる物がないため簡単に見つかってしまうだろう。
しかし、うかうかもしていられない。
二人が慌てる間にも、足跡は着実にこちらへと向かってきているのだから。
「ど、どど、どうしよう……!?」
「どうしようって……でも、隠れられる場所も無いし……」
二人して右往左往。
けれど、足音はどんどん近づいてくる。
「こうなれば一か八か……!」
萌愛の顔色が変わった。
……何をする気?
いやな予感に、蓮華は眉を寄せた。
楽しいことに目がなく、周りを自分のペースに引き込んで振り回すこともある彼女ではあるが、頭は良い。
天才肌と言えばいいのか、突然突拍子の無いことを告げたりするのだ。
それで上手くいくこともありはするのだが、巻き込まれる身としては大変なわけで。
「……ちょっと萌愛——」
「ほら早く! 部屋が埋まっちゃうよ~!」
蓮華が詳細を聞く前に、萌愛が廊下へと躍り出た。
「あれ、桂花? まだ帰ってないの?」
「……萌愛? どうして学校に?」
「いやぁ、蓮華が教室に忘れ物したらしくてさぁ……取りに戻ってきたの!」
萌愛の存在に気付き、サッと手に持っていた何かを後ろに隠す桂花。
彼女は少しだけ警戒したように目を細めてから、チラリと蓮華へ目を向ける。
そのことに疑問を持つ蓮華だったが、口を開く前に会話が続けられた。
「そう……」
「桂花こそどうしたの? 用事があるって言ってたよね?」
「えっと、私も忘れ物」
あきらかに嘘をついていると分かる仕草だった。
言葉にも詰まっていたし、視線も落ち着きなく彷徨わせている。
けれど、そういう蓮華たちも嘘をついているわけで、お互いさまと言えばお互い様である。
「桂花も?」
「うん」
高まる緊張感。
堂々と桂花の前に出るという暴挙にでた萌愛の考えは分からない。そのため、蓮華は自身の言動が裏目に出ないようにするしかない。
つまりは静観である。
幸い、普段から撮影をしている身であるため取り繕うのは得意な方だ。
蓮華は口を閉じ、状況が変わるのを待つ。
「じゃあ、用事があるから行くね」
「わかった! 今度は一緒にカラオケ行こうね!」
「うん、分かった」
先に口にしたのは桂花だった。
手を振る萌愛に応えながらも、足早に自身の下駄箱へと向かう。
「またね」
「うん、また明日!」
去っていく桂花。
その姿が見えなくなるまで待ってから、二人はようやく息を吐き出した。
「あはは! うまくいって良かったね!」
「もう、勘弁してよ……」
楽しげに笑う萌愛に蓮華は苦笑い。
だが、それで終わるわけでないのは蓮華が良く分かっているのだ。
見れば、彼女の眼差しは桂花の出てきた教室の方へと向いていて。
「やっぱり行くの?」
「もちろん! 気になるじゃん!」
「そっかぁ……」
その笑みから、彼女の目的がカラオケから変わっていることは明らかだ。
面倒なことになったと、蓮華は小さく息を吐き出した。
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