その噂は薪となって ②




「蓮華って今日暇?」


 五時限目を終え、次の授業の準備をしている途中で。

 蓮華は友人に声をかけられ、次の授業の準備をしている手を止めた。


 倉沢くらさわ 萌愛もえ


 セミロングの髪を茶色に染め、愛嬌のある顔立ちをした少女だ。

 彼女は蓮華の元へ歩み寄ると、ニッコリと笑みを見せながら蓮華を見下ろしている。


「暇だけど……どうしたの?」


「暇ならカラオケでも行かないかなって? 私昨日バイト代入ったから奢るよ……ケイも行くよね?」


「うーん……」


 萌愛に声をかけられ、悩む素振りを見せたのはもう一人の友人——浅岸あさぎし 桂花けいか

 萌愛と同じくらいの長さの黒髪で、少し表情が出にくい彼女は、一度教室の外へ目を向ける。

 そして、すぐにその目を蓮華たちの方へ戻して。


「今日は止めとこうかな」


「えー! なんでぇ!?」


「……ちょっとね」


 珍しく言い淀む桂花の姿に、蓮華は僅かに首を傾げる。

 普段から表情が出にくい彼女は、その表情とは対照的によくしゃべる。そんな彼女が何か言いにくそうにしているのは珍しい。

 蓮華が内心不思議がっていると、萌愛が声を上げた。


「ちょっとじゃ分からないよぉ……せっかく久しぶりにみんなとカラオケ行けると思ったのにー」


「あはは……」


 唇を尖らせて不満を漏らす萌愛に、蓮華は微かに苦笑い。

 桂花も悪いとは思っているのか、整えられた眉をわずかに下げていた。


「……明日なら大丈夫だから」


「ほんと!?」


「あっ、明日は私が難しいかな」


「うえぇぇぇ……!」


 わずかな期待を蓮華にへし折られて、萌愛が目の前で崩れ落ちる。

 可愛らしい彼女はいちいちリアクション大きいが、そこが可愛いと男子に人気なのだ。

 そんな彼女に悪いとは思いつつ、でも明日は翠との撮影があるわけで。


「ごめんね、明日はバイトがあるから……また今度いっしょにいこう?」


「うう、蓮華ぇぇぇ!」


「よしよし」


 抱き着いてくる萌愛の頭を撫でる。

 キチンと手入れをされた髪は柔らかく、触っていて心地いい。

 蓮華が彼女の髪の感触を楽しんでいると、不意に「そういえば」という声が上がり、可愛らしい顔が上がった。


「明日バイトってことは、噂の彼氏くんと?」


「だから彼氏じゃないって!」


「またまたぁ~」


 期待の込められた眼差しに蓮華が即座に否定するも、この友人たちには通じないようだ。

 気付けば桂花の瞳にもありありと好奇心が浮かび上がっており、表情は無表情に限りなく近いのに目だけが爛々と輝いているという器用な状態となっている。


「ほら! 冬休みの話を聞かせてよ~」


「ほら、洗いざらい吐く」


「だからぁ!」


 二人分の好奇な眼差しに、蓮華は堪らず声を荒げた。


 そうして弁明を繰り返し、どうにか納得してもらえた時には六限のチャイムが鳴ってしまった。

 結局、桂花が言いにくそうにしていた事を聞くことは出来なかった。




 *   *   *




 ……音もなく、スマホはメッセージを受信していた。


『首尾は?』


『大丈夫だと思う』


『同じクラスでしょ? 思うだと困るんだけど?』


 休み時間に入るたびに増えていくメッセージ。

 それは、放課後へと近づいていくほど数を増していく。


『そういえばターゲットの一人に声かけられた奴いるよな? 見てねぇの? 見てたら状況教えてくれ』


『いない?』


『他に情報持ってる人いる?』


『ごめんトイレ行ってた。聞かれたけど気付いてはないっぽい』


『だからぽいだと困るんだって!』


『って言ったてさ、俺本人じゃないんだから分かんないよ? Kは気付いてるみたいだけど、Mはおそらく気付いてない』


『Kが気付いてるって大丈夫なの?』


『気付いてるみたいだけどMには伝えてない上に「今日は早く帰れ」って言ってたから大丈夫』


『おけ、それなら大丈夫だな』


 一度更新が止まるメッセージ。

 そしてまた、休み時間に入ると音の無く追加されていく。


『結局どうするの? 気付いてないなら第一候補でいいの?』


『その辺は答えを待つしかないっしょ』


『正直油断はできないから放課後まで待つしかないんじゃない?』


『で? 同じクラスの奴らの守備は?』


『こちらコードネーム【モブ】……対象Mは対象Kに脇腹をくすぐられてる。正直……どうぞ』


『モブってw あと正直何なんだよwww どうぞ』


『こちらモブ……髪の奥で赤められた頬が……嫌そうにしながらも若干楽しそうにしている感じが……どうぞ』


『コードネームが消えてるぞボブw というかちゃんと状況を伝えろ……どうぞ』


 …………


 ……


『おいボブ! さっさと状況を教えろ! どうぞ』


 返答は無かった。

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