その噂は薪となって ①
それは、ほとんどの人が寝静まった深夜のことだった。
『例のものは完成した?』
ピコンを子気味良い音と共に、とあるグループチャットに一つの問いが投げ込まれた。
『いま描いてる』
『こっちは終わったわ』
『もう少しで完成』
一……十……二十と。
スマホからは通知が鳴りやまず、おそらくグループには相当数の人間がいると予想された。
そして、その通知はまだ鳴りやむことはなく。
『待ってました!!!』
『いくらですか?』
『この時を待ってた』
『特に今回はページ数が多いから千円くらい貰いたいけど、今回は良いネタを仕入れることが出来たから特別に五百円で』
『うそ!?』
『最高だぜあんた!』
『やった!』
一度の通知音では間に合わず、一度の音で数件のメッセージを受信する。
その最中——
『みんな落ち着け』
投げかけられた一言に、鳴りやまなかった通知が一斉に止まった。
『みんなが期待してるのも分かる。俺のも最高傑作だといえる自信がある』
『だからこそ気付かれるわけにはいかないんだよ』
『販売場所はいつもの場所。でも、彼に気付かれそうになった場合は第三、第五、第二、第四の順番で販売場所を切り替えていくつもりだから』
『みんなも頭入れておいて』
連投された一人のメッセージ。
その投稿が止まって少し経ち、一斉に通知が鳴り響いた。
『おけ』
『了解』
『分かった』
『頑張って』
『待ってます』
——約束の日は明日……いや、すでに今日となっていた。
* * *
「なんか今日……みんなそわそわしてないか?」
「そうか?」
一限を終えた休み時間。
周囲に違和感を感じた翠が眉を寄せると、前の席に腰掛けていた恭平が翠の視線を追った。
次の授業の準備をしている人。
他クラスの友人の元へ行っている人。
はたまたトイレに行っている人。
クラスメイトの行動は様々だ。
それ自体はいつもの光景であるし、翠の前の席に来る悪友の姿もいつもの光景ではある。
「うーん、なんて言えばいいんだろ……なんていうか……放課後に遊びに行くのが待ち遠しいみたいな……」
そう言って周囲を見渡せば、クラスメイトの一人の肩が跳ねた。
それを見逃さなかった翠は、じっとその後の行動を確認するように見つめる。
「恭平はなんか聞いてる?」
「うんにゃ、何も聞いてねぇよ」
「ふーん」
興味の無いふりをしつつ、横目でチラリとだけ確認。
いつも翠を騙して揶揄う恭平であるが、今日は本当に知らないらしい。
(……なんかあったっけ?)
冬休みが終わり、はや一ヶ月。
高校一年生の翠の学年は、進学や就職がある三年生やそれを一年後に控えている二年生とは違い、主だったイベントがない。
むしろ、昨年受験を経験した開放感からか、友人と遊びまわる人やのんびりとしている人が多く見受けられた。
「そんなに気になるなら聞いてみればいいじゃねぇか?」
「いや、いいよ」
首を横に振る。
すると、翠を見ていた恭平の目が何か察したように細められた。
「そんなこと言ってっけど、ただ聞きに行きづらいだけだろ?」
「う゛……」
「しょうがねぇなぁ……ちょっと待ってろ」
図星を突かれて呻く翠に、恭平は息を吐き出すと席を立った。
そして、先程肩を震わせていた生徒の元へ歩き出す。
「おう! 今日ってなんかあんのか?」
「い、いや……なんもないぞ」
あきらかに動揺した声色だった。
そう確信した翠は、恭平が聞き出すはずの言葉を聞き逃さないよう耳を傾ける。
けれど、この悪友は一度翠へ目配せした後、ニヤリと口元を歪ませて。
「そうか……じゃあよ——」
「……っ!? なら——」
翠に聞こえないようにこそこそと話し出す二人。
密かに話す二人は翠へチラリ、チラリと、数度にわたり目をやりつつ、それでも会話を止めなかった。
(あいつ……絶対わざとだろ……)
話している恭平の横顔がどこか面白そうにしていたように見えて、どうにも会話の内容が気になってしまう。
けれど、それを聞くためには翠自身会話に混ざらないといけないわけで。
「……っ」
翠が悩んでいると、不意に恭平の顔が歪む。
そして、彼はクラスメイトとの会話を終え、翠の元へ帰ってきた。
「はぁぁぁぁ……」
大きなため息を携えて。
「どうしたんだよ?」
「いや、まあ……」
翠の問いかけから気まずそうに視線を逸らして、恭平は前の席に腰を下ろす。
そして、そのまま数秒の間なにも話さなかった。
翠も少しの間待っていたが、待ちきれずに口を開く。
「そんな言いにくいことなのか?」
内容は聞こえなかったが、恭平が言いにくそうにした上に、ため息まで吐き出すのは珍しい。
先程の様子を見るに、翠には聞かせづらい内容なのではないかと想像することは出来る。けれど、それなら恭平はそれを翠に聞かせたうえで揶揄ってくるくらいはしてくるはずだからだ。
「…………」
悩む素振りを見せる恭平。
翠はじっと言葉を待つが、なかなか彼は口を開かない。
「「…………」」
再び二人の間が沈黙で満ちる。
その状態で時間が経ち、二限目の時刻が近づいて頃、恭平はようやく重くしていた口を開いた。
「お前さ……今日はバイト無いだろ?」
「ん? ああ、無いけど……?」
「なら、今日はすぐに帰れ」
「……? なん——」
「いいから」
有無を言わせぬ口調で。
恭平は翠に言い切ると、席を立つ。
「本当に、今日はすぐに帰れ……わかったな」
最後にそう言い残し、自分の席に帰ってしまった。
改めて周囲を見れば、クラスメイト数人と目が合う。
しかし、誰も彼もすぐに翠から目を逸らしてしまって。
「いったい何なんだ……?」
翠が困惑していると、二限目のチャイムが鳴り響いた。
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