気まずい食卓⑤ 【碧編】




 それは、突然の来訪だった。


「お邪魔しまーす……」


 若干緊張したような面持ちで家に上がる少女。

 話を聞けば、近くに引っ越してきた兄の学友らしい。


 背中まで伸ばした金のストレートヘアーはキラキラと光を反射していて、活発さを感じる瞳は緊張を浮かべながらも、嬉しそうに細められている。

 スラッとした長い脚に、制服では分かりにくいものの細い腰つきはまさにモデルのようで、いまだ中学二年生である碧のクラスメイトにはいない色気が感じられた。


 美少女……そう、美少女である。


 中学生のころからモテて、その度にうんざりとした表情をしていた兄が、だ。

 家に美少女を連れてきたのだ。


 碧からしたら軽い事件であり、動揺するのには十分であった。


 そこから、兄が夕食の準備を始めて。

 リビングのテーブルには碧と美少女——星野さんというらしい、の二人になった。


 そこで気付く。


(ん? なんか見たことあるような……?)


 もちろん、碧に金髪の知り合いなんかいないし、ましてや兄の学友なのだ。交友なんてあるはずがない。

 脳裏に引っかかる感覚に、碧は無意識に彼女を凝視してしまう。


 学校で? ……違う。

 塾で? ……違う。


 完全に見たことがあるという感覚はあるのに、その答えに辿り着けない。

 何度も見ている気がするのに、どうしても絵が繋がらない。


(見たことあるはずなんだけどな……? なんでだろ?)


 気持ち悪さに首を傾げ、考えるのを止めようとするも、どうしても意識が彼女へと向かっていってしまう。

 そうして悩んでいるうちに、母が帰ってきた。


「蓮華ちゃん久しぶりねぇ……どうしたの? 翠とお仕事の話?」


 登場してすぐに告げられた言葉に、碧は再び引っかかる感覚を覚えた。


(兄さんの仕事? 兄さんのバイトって喫茶店と……そういえば、少し前に新しい仕事始めたって……?)


 新しい情報に碧の推測は僅かに進展を見せるが、そこまでだった。

 それは、新しい仕事を始めたとは聞いていたが、それが何の仕事かは聞いていないためである。


(どんな仕事なんだろ?)


 好奇心が脳を刺激し、再び視線を彼女の元へ。


 碧が知っている人で、最も彼女に似ているのは誰だろうか?

 ふと浮かんできた疑問に、碧は思考を巡らせる。


(……………………そういえば、レンって人に似てるような……?)


 レンというのは、最近碧がハマっている動画投稿者の二人組——その一人だ。

 切っ掛けは友人に誘われて他校……それも高校の文化祭へ行った際、遊びに来ていた彼女に出会ったことである。

 言葉も交わしたレンをいう少女……彼女にどこか似ている気がするのだ。

 

(同じ金髪だからかな? それとも声が似てるから? でも、顔つきが違う気もするし……)


 確かに声は似ている。動画を何度も見ている碧には聞き馴染みのある声だ。

 だが、どうしても星野さん=レンというのがしっくりこない。


 そのまま悩み続けて、四人で夕食を食べ始めて。

 最初は緊張した面持ちだった彼女が、ようやく年相応の笑みを見せ始めた。


 兄のご飯を美味しそうに食べてくれて、実際に美味しいと言ってくれる。

 それは、弟である碧にとっても嬉しいことで、それと同時に、彼女の兄へ向ける表情からある疑惑を持つ。


(もしかして……? ということはやっぱり違うのかな?)


 碧自身、自分では聡いほうだと思っている。

 兄の影響で勉学には力を入れるようにはなったが、それ以前からテストの点数は良かったからだ。

 だからこそ、今の直感が正しいと感じてしまった。


(星野さんは兄さんの事……ってことかなぁ)


 それは少し前の事。


 碧は塾があったのでアーカイブを確認したのだが、レンがスイに片思いしているのでは? と思わせる動画があったのだ。

 コラボ相手であるシオンという青年に煽られ、おそらく誘導されて、慌てているところをスイが否定したせいで気落ちしていた彼女。

 その慌てている時の眼差しが、今の星野さんの眼差しと重なった。


(っということは、違うのかぁ……)


 たどり着いた結論に、碧は内心落ち込んだ。

『Water lily』は二人組の少女のチャンネルだ。つまり、片思いしているというのが事実であるならば、彼女が兄を慕っているという事実が碧の疑惑を否定する証拠となる。


(もし……だったらスイさんのこと聞けたかもしれないのに……)


 彼女の得意料理は言っていたから……苦手な料理とか。

 ホラー……とりわけビックリ系が特に苦手なのは知っているから、他に苦手なものがあるか? とか。

 意外と話したことが無い——好きな食べ物の話とか。


 一人のファンとして、彼女の事を教えて欲しかった。

 

 ……そこまでいくとガチ恋と間違われるかもしれないが、ガチ恋ではない。ないったらないのだ。


 碧は思考を止め、テーブルの会話に耳を傾ける。

 すると、星野さんが固まっていた。母がなにか余計なことを言ったらしい。

 その後、兄と母の会話を聞いていると、おそらく『星野さんが今後うちで夕食を食べる』という話のようだ。


 ようやく我に返った星野さんが舌を噛んで。

 母がまた爆弾を投下して。


 そこからの一幕を見て、碧は予想が正しかったと結論付けた。


(やっぱり星野さん……兄さんが好きなんだなぁ……)


 なにせ、動画と流れがまったく同じなのだ。


(ここは、弟の僕が頑張らないと)


 いろいろと色恋沙汰から逃げてきた兄のようやくの春。

 弟として、応援しないわけにはいかない。


「そういえば、碧に聞いてなかったわね? どう? 碧は嫌?」


「…………別に、いいけど……」


 変なところばかり気が利く兄の事だ。

 即答したも良かったのだが、そうすると逆に疑われかねない。


 だから、碧は少し悩むように答えた。


 そこから星野さんが吹っ切れたように頷き、うちで夕食を食べることが決まると、四人で談笑しながらの食事を再開させる。

 嬉しそうに話す彼女と、何も分かっていない様子の兄。

 そんな二人の仲が縮まるのを願いながら——






「碧、ありがとね」


「どうしたの?」


 夕食を食べ終え、帰宅する星野さんを兄が送っていった後。

 碧は母のお礼に首を傾げた。


「だって、碧も気付いてるでしょう? だから賛同してくれたのかと思って」


「ああ、そういうこと」


 どうやら、母も気付いていたらしい。

 といっても、あそこまであからさまでは仕方ないかもしれないが。


「まあ、兄さんがあの調子じゃ難しいかもしれないけど、弟としては応援しないと」


「あら? 碧はそう見えてたの?」


 母が微笑ましいものを見るように笑う。


「母さんは違うの?」


「まあねぇ……あの子自身気付いてないみたいだけど、少なからず嫌いではないでしょ? あの子、身内だと思った人にはとことん甘いから」


「ああ……」


 思わず納得。


 人見知りな兄は、身内や慣れた人以外にはその人見知りを盛大に発揮する。あきらかに声のトーンが変わるし、自分から関わるなんてことはしない。

 けれど、身内には面倒見がよくてとても優しいのだ。

 自分から彼女を夕食に誘っていることから考えても、その推測は正しい。


「まあでも」


 碧は母から視線を外し、困ったような笑みで星野さんと兄が出ていった扉の方を見る。


(前途多難かも……)


 身内だと認定されたということは、距離は近づくけど逆に近くなりすぎるということ。

 碧は二人の仲が進展することを祈りながらも、その難しさを想像して苦笑した。

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