親友とお出かけ ①
「おう、待ったか?」
「……十分の遅刻だぞ」
「いいじゃんかそのくらい。それにここは、『いま来たとこ』って言うところだろ」
冬期休暇最終日。
完全に動画投稿者としての仕事をお休みにしていた翠は、にこやかに近づいてくる恭平にうんざりとした表情を浮かべた。
「……お前、その遅刻癖……鈴原さんにもしてるんじゃないだろうな?」
声にドスをきかせ、睨みつける。
しかし、遅刻してきた悪友は全く気にしていないようで。
「ん? 美穂との約束に遅刻するわけないだろ」
「……おい」
「そんな怖い顔で見るなって、お前に頼まれたから来たんだぜ? そのくらいは大目に見てくれって」
「……わかったよ」
仕方なくため息。
とはいえ、恭平の言うことにも一理あるのだ。しかし、それを認めたくもなくて、翠は寄りかかっていた駅の柱から身を離すと目的地の方角へ。
「ほら、いくぞ」
「ったく……しょうがねぇなぁ」
「しょうがないのはこっちだって……」
頭をかきながら後ろに続く恭平を一瞥し、再びため息。
「そんなにため息つくなって、せっかく遊ぶんだからよ」
「じゃあ遅刻すんなよ」
「だから悪かったって」
すぐ隣に追いついてきた恭平を半眼で睨みつける。
しかし、睨みつけていても効果がないのは分かっているので、翠はすぐに視線を外して前を向くことにした。
何気ない会話をしながら二人で肩を並べて歩くこと——十数分。
翠たちがたどり着いたのは、以前行ったことがあるドックカフェだ。
「…………」
店の看板を見上げ、喉を鳴らす。
前回ここへ来たのは女装に慣れるために恭平と出かけた時だったか?
どうしてもこの場所で犬たちに囲まれた時を忘れられなくて、翠はこうして恭平を頼ったわけだが、いざ前にするととても入りづらい。
「何してんだ? 早く入ろうぜ」
「ちょ!?」
手を掴まれ、引かれる。
そのままズルズルと、翠は店内へ連れていかれた。
「こんちは~」
「いらっしゃいませ~」
「ちょっと、離せって……!」
「わーったよ」
出迎えた店員に恭平は笑顔で返し、手を離す。
引かれていた勢いを抑えられないままたたらを踏んだ翠が恨めし気に恭平を睨みつければ、彼はチラリと店の奥にいる犬たちを一瞥して。
「後はやっとくから……ほら、行ってこい」
「…………」
「ちょっと連れが——」
近づいてきた店員と話し始める恭平。
そんな悪友に対し、翠は感謝したいけれど素直には感謝しきれない……複雑な心境のまま楽園へ歩みを進める。
一歩、二歩、三歩。
近づいていくたびに翠へ向く視線が増えていく。
他の客がいなかったのも幸いしたのだろう。翠が犬たちのいるエリアに足を踏み入れた段階で、その場にいる犬たちが一斉に翠の元へ押し寄せてきた。
「ははは! ちょっと待てって」
足元の匂いを嗅ごうと近づいてきた小型犬や中型犬を撫でながら、翠はもう少しだけ奥へ進む。
すると、若干遅れて翠の元へ近づいてくる大型犬の姿が見えて。
「ほら皆、落ち着けって……って、うわっ!?」
自身と同じくらい大きさの巨体が起き上がったと思うと、その大きな前足が翠の胸元に吸い込まれる。
確かな重みを感じるのも束の間、重さに耐えきれなかった翠の体は後ろへ傾いていった。
「ったぁ……」
ドンという決して小さくない音を響かせて倒れこむと、まず一番に心配したのは他の犬たちを踏みつけてしまっていないかだった。
犬たちと触れ合えるスペースはマットが敷いてあるので、倒れた翠自身の痛みはそれほどでもない。痛みよりも驚きの方が強かったくらいだ。
だからこそ、倒れた拍子に小さい犬を踏みつけてしまっていないかが心配になる。
「……よかったぁ」
悲鳴のような鳴き声が聞こえなかったこと。そして、倒れこんだ背中にマットの感触しかなかったこと。さらには自身の目でキチンと確認したことで、翠は犬たちを下敷きにしていなかったと安堵の息を吐く。
だが、ここで「めでたしめでたし」とならないのが人馴れ、または人に懐いた犬たちだ。
……人に興味津々の犬たちがたくさんいる中で人が横になればどうなるか?
答えは、横になった人に向かって犬たちが群がってくるである。
「わふっ!?」
安心したのも束の間、翠の視界は真っ暗に塗りつぶされた。
顔や手に感じる毛の感触と、温かな感触。
その温かさが犬たちに舐められているものだと分かった瞬間、翠は自身の頬が緩んでしまうのを止めることが出来なくなった。
「ちょっ……おま、ん……お前ら……ははは、落ち着けって」
うごめくように動き回る犬たちに妨害されながらも、翠はどうにか起き上がろうと試みる。
しかし、上半身を起き上がらせようした翠の肩にしっかりとした重みが加えられ、再び背中をマットに付けてしまう。
そして始まるのが犬たちの舐め地獄……いや、天国か。
「いったい誰が……?」
犬たちに群がられながらも、時折見える隙間から犯人を捜す。
(右肩を押さえられたから右側かな?)
いくら翠が小柄な方といっても、小型犬に伸し掛かられたくらいでああはならない。
複数であればあり得るかもしれないが、翠の感じた感触は一匹……それも片足だった。
それなら中型犬も候補には上がらないだろう。それならば、もう答えは一つしかないわけで。
「お前か?」
翠はもつれあう犬たちの隙間から大型の一匹を覗き見る。
だが、当の本人(本犬)はそっぽを向いて決して翠と目を合わせようとしなかった。
「なんで目を逸らしてるんだよ? こっち見ろって」
翠がそう告げても、まったく見ようとしない。
「わかった……そっちがその気なら考えがある」
翠は上半身に力を入れ、再び体を起こそうと試みる。
体を起こし、そっぽを向いたままの大型犬の目の前に回り込もうと考えたのだ。
起き上がる体。
群がり、上に乗っていた小型犬たちが異変を察知して翠の上から降りていき、続いて周囲にいた中型犬も少しばかり距離を取る。
だが、そこまでだった。
ゆっくりと。
そっぽを向いていた大型犬の片足が上がり、翠の右肩に乗せられる。
「え……?」
肩に感じる確かな感触に翠が声を漏らすも、もう遅かった。
直後、起き上がろうとしていた翠の体に重みが加えられ、翠は再びマットに縫い付けられる。
するとどうなるか?
少し距離を取っていた小、中型犬が得物を狙うように翠の元へ殺到。
「ちょっ!? ちょっと……!!!」
こうして翠は再びたくさんの犬たちに埋もれるのであった。
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