Water lily×赤王子 再び! 【おまけ】




 ※ヒロインである蓮華視点、拠点拡張中の一幕です。




「…………」


 ……どうにも気まずい。


 何とも言えない緊張感から、蓮華は隣に座る少年を窺うように見ていた。

 整った顔つきはゲーム配信という顔が見えない形であるため、いつものようなメイクをした容貌ではなく、普段の彼の装いだ。



 そのせいだろうか、いつもよりも自身の心臓の鼓動がうるさいのは?

 そんな疑問に行き場のない不満を感じ、蓮華は彼へ向けている眼差しにその不満を乗せる。

 すると、不意に彼と視線が重なって。


「どうしたの?」


「……っ!?」


 すぐに彼から目を逸らし、若干顔を俯かせる。


 ……本当に気まずい。


 頬の熱さはすでに自覚できるほどで、だからこそ、いま自分の顔を見られるのが恥ずかしくてたまらない。


『www』

『レンちゃん黙っちゃったw』

『今の場面が想像できるwww』


 コメントは現状を面白がっているようで、心を落ち着かせるための役には立たなかった。

 蓮華は苦々しく口を閉ざすと、この状況にした元凶に思い出す。

 それは、つい数分前のこと——




『二階は二人の寝室?』


 拠点の一階の装飾を一通り終え、今度は二階に着手しようとした時の事だった。

 蓮華がコメントに目を向けた際に、その一言を目にしてしまったのは。


 ——寝室。


 そう、寝室である。

 それも……、というのが重要だ。


 翠は気付いていない。それは、隣で普段通りに作業をしている彼を見れば一目瞭然だ。

 しかし、視聴者はそうはいかないわけで。


『二人(意味深)www』

『もちろんベッドは並べるんですよねw』

『扉に鍵が付かないから気を付けてw』


 もちろん、純粋なアドバイスや応援の言葉もいっぱいある。

 だが、どうしても視聴者の揶揄うような悪ノリのコメントが目についてしまう。


(落ち着け! 落ち着け! 落ち着けぇ……!)


 心の中で叫び、どうにか落ち着かせようとするも効果はなかった。

 というのも、部屋の中で二人という状況が蓮華にとって身近な……いや、身近になる予定であったからである。


 それは、いずれくるであろう未来について。


 この配信をしているのはまだ冬期休暇中。そのため、『スイレン』で配信をおこなっている。

 しかし、今後はそうはいかない。

 現在おこなわれているマンションのリフォーム作業が終わり、数々の準備を終えれば、蓮華は自宅から引っ越してマンションの方に棲むことになる。

 そして、そうなった際には動画撮影から配信、編集作業まで蓮華のマンションでおこなう予定なのだ。


 つまり、そうなれば必然的に蓮華は自宅で翠と二人きりになるというわけで。


(落ち着いてぇぇぇぇ……!)


 自分で決めたことではあるが、こう言葉にされてしまうと自分がいかに不味い状況なのかが分かってしまう。

 とはいえ、いまさら止めることも出来ない。


 蓮華だって思春期真っ盛りであるし、まったく知識がないわけじゃないのだ。

 だからこそ、視聴者のおふざけのコメントから色々と連想してしまうわけで。


「レン? どうしたの?」


「ひっ……」


 ビクリと肩を震わせる。

 慌てて声の方へ顔を向ければ、少し心配そうに翠が蓮華を見ていた。


「さっきから黙ってるけど……どうかした?」


「い、いやぁ……なんでもないよ?」


 頭をかきながら「あはは」と誤魔化し笑い。


『何もないわけないんだよなぁ……』

『誤魔化すなwww』

『スイちゃん気付いてないのか?』


「……?」


「と、とにかく! 早く作業に戻ろう!」


 コメントを見て首をかしげる翠。

 彼に気付かれることが無いように、蓮華は急いで二階へ向かった。




 ——と、ここまでが先程の一幕である。


(……………………どうしよう)


 正直、翠の顔を直視したくない……いや、出来ない。

 しかし、今は配信中。ただ作業するのには問題ないけれど、タイミングを計ったり、意思を確認するためにはどうしても顔を見る必要がある。


(幸い視聴者の皆には見えてないし、この際それは諦めて)


 問題は翠にそれを指摘されてしまうこと。

 そうなってしまっては、コメントに何を書かれるのか分からない。


 蓮華は少し呼吸を整えてから顔を上げる。

 そして、翠の方へ顔を向けて。


「……スイ、し、寝室——」


「……? なんか顔赤くない? 大丈夫?」


「ソ、ソンナコトナイヨ(あああぁあぁあぁあああぁぁぁ)」


『棒読みwwwwww』

『スイちゃん空気読めwww』

『ワロタw』


 叫びたい気持ちを胸に秘めながら否定するけれど、案の定コメントは蓮華の懸念していた通りに。

 蓮華は額に伝う冷や汗を感じながら、どうにか笑みを形作った。


「ほ、ほら! シオンさんを見返さないといけないんだから早くやろう!」


「あ、うん……」


 釈然としない表情の翠から顔を背け、蓮華は二階へ続く階段を駆け上がる。


 ……少しの間コメントは見ない。


 まっさらな二階を見渡しながら、蓮華はそう心に誓うのだった。

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