Water lily×赤王子 再び! ⑦




「大丈夫かい……?」

「大丈夫……?」


 ディスプレイに頭を強打した翠を心配する蓮華と紫音の声。

 しかし、その声からは明らかに笑いを堪えている様子がうかがえた。


『どうした?』

『何かあった?』

『どうかしたの?』


「今、スイがごめんなさいって頭を下げたら画面にぶつかっちゃってね」


 蓮華が視聴者に説明しているのを横目に、翠は自身の額をさする。

 幸いディスプレイの角にぶつけたわけではないため、痛みもそれほどではない。


「だ、大丈夫……」


『www』

『スイちゃんこういうところ素直だよなw』

『普段クールっぽいのに慌てるとかわいいwww』


「と、とにかく大丈夫だから!」


 溢れ出す好意的なコメントに恥ずかしさを感じ、翠はどうにか話題を逸らそうと思考を巡らす。

 すると、すぐ近くに話題を逸らすのに最適な人がいることに気が付いた。


「シ、シオンさんは何をしていたんですかっ?」


「うん、露骨に話題を逸らしたね」


 ……どうやら話は逸らしてもらえないらしい。


 すぐさま返された紫音の呟きのような声に、翠は内心舌打ちをする。

 いまだにコメントは翠が「かわいい」や「ギャップが」など、不意な出来事に対しての翠の対応に対して盛り上がっている。

 こうも好意的な反応が多いと、気まずさを通り越して居た堪れなくなってしまう。

 翠がそっとコメントから視線を逸らすと、その心情を察してか隣の蓮華が口を開いた。


「まあ、スイも大丈夫そうですから……それよりもシオンさんは私たちをほっといてどこ行っていたんですか?」


「ん? 私かい?」


 少し責めるような声色の蓮華に対し、シオンはあっけからんとした態度で拠点内を歩いていく。


 ……助かった。


 お礼の意図を込めて蓮華に目配せすれば、彼女からはニコリと笑みが返ってくる。

 そんな彼女へ翠からも笑みを返して、視線を画面へ戻す。すると、ちょうど紫音が拠点内にチェストを置いているところだった。


「これを取ってきたんだ……中を見てみるといいよ」


 少しの間チェスト開き、閉じた紫音が振り返る。

 それを待ってから翠は蓮華と共にチェストへ近づき——中をのぞいた。


「「すご……」」


 チェストの中は様々なアイテムで埋め尽くされていた。

 銅や鉄、果てはダイヤモンドなどの鉱石。それに何種類もの木材に、その木材に対応した苗木。それ以外にも石炭や食料など、これから拠点を発展させていくために必要なものがチェストに収められていた。

 それも量を調整してくれている。集めやすい石炭などは多めに、ダイヤモンドなどの貴重なアイテムは少なく収められている。


「これだけあれば二人とも慣れるまで無理しなくて済むだろう?」


『さすがシオンwww』

『すげえwww』

『有能すぎるw』


「これだけのアイテム……どうやって集めたんですか……?」


 おそるおそる告げられた蓮華の言葉に翠も同意する。

 翠たちの能力を考えて量を調節しながらも、慣れるまでの時間を稼ぐことが出来るだけのアイテム。それらを一人でどうやって集めたのだろうか?


「ブラマイしたり……ブランチマイニングについては今度教えるよ。あとは移動しながら集めたり——」


 一つ一つ数えるように告げていく紫音。


「——まあ、細かいことは後でも教えられるし、今はこれで拠点を拡張しようか」


「そうですね」


「でもその前に」


 これでもっと装飾できる、と様々なアイテムを前に目を輝かせる翠。

 そんな翠を焦らすかのように紫音は翠を止めて。


「今は夜だから……まずは寝ようか」




 *   *   *




「よーし! 出来たぁ……」


「終わったぁ……」


 明るい一声……の直後、燃え尽きた蓮華に続いて翠も大きく息を吐き出す。


 おおよそゲーム時間で五日。

 それだけの時間、翠たちは拠点づくりをしていた。


「じゃあ、最後に視聴者さん拠点を紹介して終わろうか」


「そうだね」


 ちなみに、紫音はすでにいない。

 というのも、合流した段階で予定していた時間に差し迫っていたらしく、この後に予定があった彼女はこれ以上続けることが出来なかったのだ。

 退出する彼女を見届け、しかしこれでは不完全燃焼ということで拠点づくりを再開。そうして今の状況というわけである。


「シオンさんが色々と集めてくれたおかげで色々と捗ったよ」


「あはは、シオンさんには後でお礼を言っとかないとだね。よし! じゃあ、見ていたから大体は分かってると思うけど、改めて紹介にいってみよー!」


 蓮華の掛け声と共に、翠は視点を拠点へ向けた。

 いま翠がいるのは拠点の外。そのため、木に囲われた一軒の家が画面に映される。


「まずは外観! 二階建ての家に小さい家をくっつけた形だね。屋根は少し色を変えて、ふちは石にしてみました」


「頑張りました」


 薄い茶色の外壁に対して、屋根は紫音が集めてきてくれた暗い茶色をした木材を使用した。

 形はオーソドックスに三角屋根。その途中にドーマー——屋根から飛び出た三角屋根と窓を一つ取り付けている。

 建物の角は一マスその側に原木で柱を据えており、窓の下にはハーフブロックで台を取り付け、さらに上には植木鉢を。出来るだけ凸凹させて立体的に見えるように工夫した。

 

「——次は中! 入って正面がリビングみたいになってて、右側には二階に続いてる階段があるよ!」


 中に入っていく蓮華に続いて拠点内に入れば、前とは違った内装が翠を出迎えた。

 テーブルなどの配置は変えていないが、周りには葉っぱによる緑がいろどりを添えている。

 その他にも本棚が取り付けられ、奥にはキッチンとしてかまどを据え、隣には水を貯めておく大釜も置いてあった。


「——一番奥……初めに作った拠点の部分は倉庫だね。チェストを並べてあるだけだから少し地味かな?」


 四角形の部屋の三方にチェスト敷き詰められた部屋。その中に入った蓮華は微かに苦笑した。

 そうして手早く倉庫の説明を終えると、蓮華は階段へ向かう。


「そして今度は二階……し、寝室になってるよ」


 少し上ずった声に変わった蓮華は二階へ上がる。

 続いて翠も二階へ上がれば、少し落ち着いた雰囲気の寝室になっていた。


 端に備え付けてあるベッドは二つ繋げられ、ダブルベッドのような様相に。その枕側には木材で棚を作って、上には花を活けてある。

 あとは本棚や作業台、一つだけチェストが置いてあり、シンプルな寝室が出来上がっていた。


「まだ資材が少ないからこんなところかな。もうちょっと集まったら色々と飾り付けていこうと思ってるよ」


 そう告げると、蓮華は走って一階へ。

 その気持ちは翠も理解できるので、何も言わずに追いかけた。


「——と、こんなところかな?」


「そうだね、これで全部紹介できたと思う」


 外に出て。

 翠はゲーム内の視点を変え、蓮華と拠点を背後にして並んでいた。

 先程までは操作するキャラクターの視点であるFPS視点であったが、現在はTPS視点——キャラクターを少し離れた位置で追う視点。それも前方から背後を映す形である。


「いやぁ、疲れたぁ……慣れてないのもあるけど、いろいろとありすぎて……」


「ははは……」


 ぐったりと椅子に寄りかかる蓮華に翠は苦笑い。

 だが、それも仕方がないだろう。時刻を見ればすでに予定していた時間を大幅に過ぎているのだ。


「見ていてくれた人、アドバイスしてくれた人……みんなのおかげで拠点づくりはひとまず完了出来ました!」


「本当にありがとう」


「今日はここまで! これからも定期的にやってこうと思ってるから、よかったら見に来てね!」


「初めて見てくれた人がいたなら、チャンネル登録してくれると嬉しい」


 翠は蓮華と顔を合わせ、小さく「せーの」と息を合わせる。


「じゃあみんな! またねー!」

「じゃあみんな、 またね」


『お疲れ様!』

『乙』 

『お疲れ~』


 高速で流れていくコメントに達成感を覚えながら配信を停止する。

 こうして、翠の復帰配信は幕を閉じた。

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