Water lily×赤王子 再び! ⑤
「ふぅ……ひとまず拠点まで戻ろうか」
夜を越えて。
空も明るくなり、大量に襲ってきていた敵を一掃した紫音。
彼女が一仕事終えたと言わんばかりに告げたのに対して、翠と蓮華の二人と言えば——
「「…………はい」」
それはもう、疲れ切っていた。
「さすがにこんなに出てくると思ってなかったです……」
「……うん」
『二人ともやられまくってたもんなぁ……』
『シオンは一回もやられてないけどなwww』
『まあ、慣れてるからな』
もともと操作に慣れていないのに夜が明けるまで敵に追われ続けたのだ。ゲーム内の一夜なのでそこまでの時間ではないが、初心者には厳しい。
何度も何度も倒され、復活し、また倒され……これではゾンビなのはどちらなのかと疑問に思ってしまったほどだ。
「爆発するやつとか、矢を撃ってくるやつとか……前も思ったけど、敵の殺意強くない?」
「本当にそれ……」
うんざりした表情の蓮華に同調するように翠も頷く。
ゾンビのようなただ追いかけてくる敵ならまだいいのだが、それ以外の敵が難敵だった。
翠が先程襲われた遠距離攻撃をしてくるスケルトンや、蓮華がいた初期位置に復活することになった原因である敵——クリーパー。そういった特殊な能力を持った敵もわんさか襲ってくるのだ。
その結果、翠たちのキャラクターには矢が何本も突き刺さり、ハリセンボンのような容貌へと変貌している。
また、周囲の状況も酷いものだ。
明るくなって見やすくなった景色は、木の少ない平原であるはずなのに別のものへと変貌していた。
地面はクリーパーの爆発によって抉れ、地面の下にある石ブロックが露出。そんなクレーターが平原にいくつも作り出されているのだ。
「まあ、本来ならこうならないように立ち回るからね。でも、いい経験になっただろう?」
そんな惨状に唖然としている翠たちに向け、紫音は何度もジャンプと腕振りを繰り返す。
その声は少しばかり弾んでいて、この状況を楽しんでいるようだった。
「沸き潰しの大切さを学べたようで良かったよ。ということで、ここからは別行動をしてみようか?」
「「え?」」
「あくまでも私は今回だけの助っ人だからね。最初から助けすぎるのも良くないし、今なら夜まで時間があるから……二人で拠点を立て直してみるといいよ」
そう言うと、紫音は翠たちから距離を取ろうと動き出した。
しかし、そこで蓮華が待ったをかける。
「ちょっと待ってくださいよ、まだ二人じゃ無理ですって!?」
「大丈夫、レン君ならできるさ」
「これまで配信でなんでそう思えるんですか!?」
声を荒げる蓮華。
それは、翠も同意見だった。
次々と襲ってくる敵の数々に、翠と蓮華の二人は完全に無力だった。
ゾンビに襲われ、スケルトンに射貫かれ、爆発に巻き込まれたりなど、倒された数を上げたらキリがない。
倒され続けた結果、逃げながらも一生懸命集めていたアイテムも完全にロストし、今や手持ちには何もない状態である。そんな状態で夜を越えるなんて出来るはずがない。
「さっきの私たちを見てるから分かりますよね? ……って、シオンさんどっちに向かって——?」
どうにか説得しようとする蓮華を無視して、紫音は近くにある川へ歩いていく。
その行動を不思議に思ったのか、隣にいる蓮華の表情が不審げに変わるも気にせず紫音は川へ向かっていって。
「ボート?」
川に浮かべられたのは木材で作られたボートだった。
翠がその名前を口にした瞬間、紫音は浮かべられたボートに乗り込んで。
「じゃあ、頑張ってくれたまえ」
「ちょっと!? なんでそんな物持ってるんですか!?」
助けを求めていた蓮華をあざ笑うように、紫音はボートに乗って進んでいってしまった。
「シオンさん!? シオンさんってば!!!」
「…………」
『置いていったw』
『絶対今笑ってるだろw』
『www』
完全に別行動する気でいるのか、音声は繋がっているはずの紫音からは何の返答もない。
顔を俯かせ、蓮華はぎゅっとマウスを握り締める。
その際、微かにマウスから軋んだ音が聞こえたのを翠は聞き逃さなかった。いや、聞こえてしまったというべきか。
「れ、レン……?」
「…………」
おそるおそる声をかけるも、蓮華から返事はない。
何とも言えない気まずさのある沈黙に、翠は頬を引きつらせる。しかし、この状況でこれ以上声をかける勇気を持ち合わせはいないわけで。
「…………やる」
「えっ?」
「……やってやる」
「れ、レンさん?」
威圧感のある呟きに思わず翠が隣を見ると、そこに目を鋭くした蓮華がいた。
彼女はすぐにキーボードの操作を始めると、鋭い目つきのまま翠の事を見て。
「二人でシオンさんを見返すよ!」
「ちょ!?」
翠を置いていく勢いで走っていく蓮華。
虚を突かれ、出だしの遅れた翠はどんどん小さくなっていく彼女の後姿を追いかけた。
「えっと……拠点はそっちじゃないよ?」
「あっ……」
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