Water lily×赤王子 再び! ④
「洞窟に入ったらレン君が下に落ちちゃってね」
「それじゃあ、寝れないってことですか?」
「そうなるね」
何度も頷くように頭を動かす紫音の背後は、すでに暗くなってきていた。
ベッドで夜をスキップする場合、全員でベッドに寝る必要がある。
つまり、蓮華がここに戻って来るまでは寝ることが出来ず、夜を明かすことが出来ないのだ。
この状況を打破するためには、敵が出現している中を蓮華に進んで来てもらう必要がある。
しかし、それが出来るなら最初の撮影時に全滅なんかしてないわけで。
「どうしよ……」
「どうしよっか……」
翠は蓮華と一緒に途方に暮れる。
このままでは翠は拠点にこもるだけの配信になってしまい、蓮華は敵に倒され続ける配信になってしまう。
……これが逆であれば。
普段進行をしている蓮華がトークで時間を稼いで、自分は倒されながら逃げ回る絵が撮れたかもしれないのに。
休みの内に勉強をしてきたからこそ、この状況が勿体ないと感じてしまう。
翠が眉をひそめると、そんな翠の心情を察してか紫音のキャラクターが背を向けた。
「仕方ない……そうしたら私が迎えに行ってくるよ。スイ君は拠点づくりの続きと拠点周りの湧き潰しを頼んだよ」
「えっ?」
声を漏らすも、すでに紫音は拠点の外へ行ってしまった。
「大丈夫なんですか?」
「大丈夫だよ、レン君は下掘って土の中に……いや、別に何も持ってないしそのままでいいか」
『ひでぇwww』
『まあでも、アリではある』
『リスポン位置更新しといたほうがいいんじゃない?』
「あはは……すいません」
困ったような蓮華の笑い声。
そんな彼女の画面をチラリと見れば、敵に倒されてちょうど画面が赤く染まっていたところだった。
「っと、扉作らなきゃ」
我に返り、作業台へ。
紫音という戦力がいない中、翠はこの拠点を守りつつ周囲にたいまつを配置しなくてはいけないのだ。
呆けてる場合じゃないと心の中で自身を叱責し、翠は扉を作り上げて設置した。
「次は……」
ひとまず拠点の中は安心ではあるが、次は拠点周りの安全を確保しなくてはいけない。
たいまつを設置することで敵の出現は抑制することが出来るが、すでに出現してしまった敵に関しては意味がないのだ。
……どうしよう?
翠はまだほとんど敵との戦闘を経験していない。
それどころか、敵がいる中で湧き潰しなんてしたことないのだ。
とはいえ、蓮華は敵から逃げ回っている最中であり、紫音はその蓮華を迎えに行っている最中だ。そんな彼女たちに聞くのは申し訳ない。
……ならどうする?
そう考えたところで、翠はふと思い立つ。——二人に聞けないのであれば視聴者に聞けばいいのだと。
「すぅ……はぁ……」
大きく息を吸って、吐く。
いくら撮影に対して前向きになったところで本来の気質は変わらない。
だから深呼吸。
そうして繰り返していくと緊張は少しずつ落ち着いてくる。
翠はある程度気持ちを落ち着かせたところで、コメントが映されているディスプレイへ視線を向けた。
「えっと……みんなはどうしたらいいと思う?」
「えっ……?」
そう、分からないことがあれば聞けばいいのだ。
今回は二人に聞くことは出来ないので、視聴者の皆に翠は聞くことにしたのである。
ただ予想と違っていたのは、唯一反応を返してくれたのが隣に座っている少女ということであった。
思わず彼女の方を見れば、彼女は驚いたような表情で翠の事を見つめている。
「み、スイ……」
完全に動きを止めた蓮華はなぜか感動したように声を漏らす。彼女の画面では一方的に敵からの攻撃を受けているがお構いなしだ。
「どうしたの?」
「えっ? ううん、何でもないよ」
首をかしげると、蓮華は繕うように首を横に振る。
翠はそんな彼女の様子を不審に思いながらも、答えを求めて視線をコメント欄に戻した。
『スイちゃん……成長したね……』
『スイちゃんが俺らに話しかけるの初めてじゃないか?』
『うんうん……』
『やばい、感動してる……』
「スイ君……成長したね……」
大いに沸くコメントたちと、それと同調する紫音の声。
蓮華も同じくうんうんと何度も頷いていた。
「俺……そんな風に思われてたんだ……」
自身が人見知りだという自覚はあるが、ここまで大げさに喜ばれると何とも言えない気持ちになってしまう。
しかし、今は配信中。若干ショックであることをどうにか飲みこんで、翠はコメントの中にある意見を探す。
『別に寝なくてもリスポン位置は固定出来るから、それはした方がいい』
『チェストにアイテム入れていけばいいんじゃない?』
『スイちゃん初心者だからロストしてもいいように少しずつ持っていくといいかも』
「なるほど……」
コメントの中で見つけたいくつかのアドバイスに頷くと、翠はチェストを作るために作業台の方へ歩を進めた。
チェストを作るために必要な素材は木材を八つ。そして、現在翠が持っている木材は九つである。
「あぶな」
思いのほかたいまつを作るために木材を使いすぎていたようだ。ギリギリで材料が足りて翠はホッと胸を撫で下ろす。
『たいまついっぱい作ってたからなwww』
『今度はもうちょっと余裕をもって作ろうなw』
『チェストを二つ並べると大きくできるぞ』
「いや、もう木材は無いって……でも、ありがとう」
こういった行動は初心者だからなのだろう。だが、それがウケたようでコメントは好印象だった。
翠は教えてくれた視聴者に礼を告げると、画面に集中する。
三つ並べたベッドから少し離れた壁際にチェストを設置すると、一度すべてのアイテムをチェストの中にしまう。
続いてたいまつを十個取り出し、扉の前へ移動すると再び深呼吸。
「すぅ……はぁ………よし!」
扉を開け放ち、外へ。
完全に夜になってしまっているため外は暗く、すでに翠の画面には緑色のゾンビの姿が確認できた。
翠はゾンビが近づいてきているのを把握しつつ、足元にたいまつを設置する。
少し明るくなる視界。その状態を出来るだけ広くするために、翠はゾンビから逃げるように移動しつつもたいまつを設置していった
しかし、そんな順調に事が進むわけもなく。
「っ!?」
何度か拠点と外を往復し、それなりに沸き潰しが出来た頃、ダメージを負った効果音と共に画面下のHPが減少した。
すぐに周囲に目を配ると、ゾンビの他に弓を持った白い骸骨——スケルトンの姿が。
「遠距離はずるいって!」
このゲームにおける数少ない遠距離攻撃をしてくる敵の存在に、翠は悲鳴のような声を上げた。
だが、そんなことで敵は止まってくれることはなく、徐々に翠との距離を詰めてくる。
「ああ! また!?」
再びダメージ。
少しずつ、しかし確実に減っていくHPに焦りを感じながらも、翠は拠点へ逃げ込もうと急いで走っていく。
幸い距離はそれほどでもなく、すぐに拠点の入り口にたどり着くことが出来た。
「とりあえず拠点の中で待とう」
開いている扉をくぐり、中へ。
「え?」
拠点に入ってから目に飛び込んできたのは緑色のシルエット。
同時にシューという音が鳴って。
「や——」
やばい——そう言おうとした翠の声は爆発音にかき消され、画面は赤色に染まる。
そして復活すると、翠は紫音の目の前へ移動していた。
「やられたみたいだね」
「……はい」
「あらぁ……」
近づく敵をなぎ倒し、蓮華を守って戦っている紫音。
彼女の笑いを堪えるような声に翠は肩を落とし、蓮華は苦笑いを浮かべていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます