Water lily×赤王子 再び! ②




「……じゃあ、そろそろ始めるよー」


「なんでそんなに落ち込んでいるんだい?」


「誰のせいだと思ってるんですか……」


 少し時間が経ち、ようやくコメントが落ち着きをみせたところで。

 どうにか蓮華が既定路線に戻ろうとするも紫音に妨害され、彼女はうんざりとした表情を見せた。


「ほら! 時間も押してるんですから早く始めますよ!」


「えー、いいじゃないか別に。視聴者の皆だって聞きたいと思ってるだろう?」


『聞きたい!』

『実際何かあったの?』

『気になる』


「う゛……」


 小さく唸り、蓮華が翠に向かって目配せ。

 その表情は本気で「話したくない」と言っているようなのだが、正直翠には付いてこれていないのが現状である。


 蓮華が話したくないのは分かるのだ。

 翠だってあの時の事を話すのは恥ずかしいし、話したくはない。

 だが、どうして彼女がそこまで顔を赤くしているのかが分からないわけで。


「まあ、レンの言うとおり時間も押してますし……」


 とはいえ、時間が押しているのも事実である。

 翠が蓮華をかばうように告げると、彼女は目を輝かせて画面を見据えた。


「スイの言うとおりです! だから早く始めましょう!」


『これだけ話したくないということはマジか……』

『そっかーまじかー』

『お幸せに』


「今日は前にシオンさんとやった時と同じ——」


 蓮華が強引に進行させようとする中、流れているコメントの一部が翠の目に入った。

 その内容に、もしかしてといった疑念が生まれて。


「えっと、もしかして俺がレンと付き合いだしたとか思われてる?」


「……っ!?」

「おや?」

『『『!!!!!』』』


 何気なく告げた言葉に蓮華や紫音。さらにはコメントまでもが一斉に反応を示した。


「みんな気を遣ってそこまでは言わなかったんだけど……違うのかい?」


 若干気を遣うような、言いづらそうな雰囲気を纏わせた紫音の問い。

 その問いに翠はホッとしながら、笑みを浮かべる。


「違いますよ。ああ、みんな何を言ってるんだろうって思ってたんですけど、そういうことだったんですね」


 ……まさか蓮華と付き合いだしたと思われているとは。


 予想外であると同時に、先程までの紫音の言葉やコメントの内容を考えると納得もしてしまった。

 休みを挟んでから距離の縮まった二人——たしかにそう考えてしまう人もいるだろう。


「まあ、詳しくは話せないんですけど……ちょっとレンと話し合う機会があって、それで仲良くなったんです。だから、シオンさんやみんなが思ってることはないですよ」


「……そうだったんだね」


「そうですよ。そもそも俺とレンは女の子同士ですよ? 別にそういうのを否定するつもりは無いですけど、俺はそういう気は無いですね」


 アイドルほどではないが、翠や蓮華のような人気を売る商売であればあまり恋人がいると思われない方が良いと聞く。それならキチンと否定しておいた方がいいだろう。

 自身を女の子と呼ぶことに嫌悪感を覚えながらも、翠はキッパリと否定した。

 そして、ちゃんと出来たぞという意図を込めて蓮華に目配せ。


 すると——


「…………」


 蓮華が昇天していた。


「レン?」


 表情の抜け落ちた顔に呆けたような口元。そして、心なしか虚ろになった眼差しがやけに不安を誘う。

 そんな彼女に翠が声をかけたのと同時。


「……これは後でフォローが必要そうだね」


 別室にいるはずの紫音。

 彼女の状況を察したような声が微かに響いた。




 *   *   *




「…………じゃあ、やっていきます……」


「「ははは……」」


 明らかに元気のない蓮華の声色に、翠と紫音の二人は困ったように笑う。


 ちなみに、今は休憩を挟んだ後である。

 蓮華が続けられる状態ではないと紫音が判断し、休憩をしようと提案したのだ。

 その後、蓮華は紫音に連れてかれ、数分の時を置いてこの状態というわけである。


「結構時間が経っちゃったけど改めて……今日は前回シオンさんとやったメインクラフトをやっていきます」


『元気出して!』

『まだチャンスはあるよ!』

『そうだ元気出せ』


 蓮華を気遣うコメントたち。

 その中には翠にも良く分からないコメントが混じってはいるけれど、総じて元気を出してというものがほとんどだった。


「あはは……ありがとう」


 ヘラっと笑う蓮華。


 ……しかし、その笑みがやたらと悲壮感を漂わせているのはなぜだろう?


 疑問に思う翠ではあったが、再開する直前、紫音に「余計なことを言うな」と釘を刺されてしまったので何も言えない。

 だが、気になってしまうのはどうしようもないわけで翠は何とも言えない顔をしてしまう。


「前回はシオンさんのワールドを私たちが手伝う形だったけど、今回はシオンさんに私たちのワールドを手伝ってもらうよ」


「任せてくれたまえよ」


『期待』

『シオンマジでうまいからなぁ』

『あ……これは……』


「で? 今はどのくらい進んでいるんだい?」


 コメントを横目にワールドに入る準備を始めている途中、紫音の問いに翠だけでなく蓮華まで動きが止まる。

 すかさずお互いに目を合わせると、引きつった蓮華の表情が。


「拠点とかは出来てるのかな? ……なんで二人とも何も言わないんだい?」


 不思議そうな声色と共にロードが終わり、画面が暗転。


 ……なんて説明しよう?


 前回の撮影から変わっていないどころか、まったく入ってもいないワールド。

 つまりは、何も進んでいないわけで。


「まあ、見てからのお楽しみということ……か、な?」


 景色を映した翠の画面には、蓮華と紫音のキャラクター。そして、木一つ生えていない平原が映っていて。


「……えーっと、最初からということでいいのかい?」


 静まり返る配信中、紫音のうわずった声が響いた。

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