【間章】冬の間のあれこれ

Water lily×赤王子 再び! ①




「はい、皆さんこんにちは! Water lilyのレンだよ!」


「スイです」


「シオンです」


「ということで、今回はシオンさんに来てもらいました!」


 翠の復帰最初の仕事。

 お馴染みになっている『スイレン』の一室で、翠は蓮華と肩を並べてパソコンに向かい合っていた。


『待ってました!』

『レンちゃん暴走するなよ』

『スイちゃん大丈夫?』


 メインのモニターの隣に設けられたもう一つのモニターが視聴者のコメントを映す。

 そう、ライブ配信なのだ。


 切っ掛けは昨日の打ち合わせ。

 冬期休暇中ということと、前回と同じでは面白くないということで急遽案が出て、そのまま決まってしまった。


「大丈夫だよ~今回は前みたいにはしない……約束する! じゃあ、次はスイだね」


「えっと、見てくれてるみんな……心配かけてすいませんでした」


 視聴者には見えていないのは分かりつつも、翠は深く頭を下げる。

 コラボの中止に、二週間近くのお休み。色々と告知もしてしまっていた以上、それをとん挫させてしまって視聴者には申し訳ないといった気持ちでいっぱいだった。


「あはは! スイ固いよ、みんなは心配してくれてるだけだから!」


『そうそう』

『レンちゃんの言うとおり!』

『頑張れ!』


「みんな……」


 コメント欄を埋め尽くす勢いの温かい言葉に、翠の鼻にジンとした感覚がはしる。


「ありがとう……」


 若干声が震えた。

 しかし、今は撮影中。しんみりとした空気にしてはいけない。

 視線を蓮華へ。すると、彼女は翠の意図を察してくれたようで。


「……スイはちょっと感動中なので、次はシオンさんおねがいします!」


「そのついでみたいのはどうにかならないのかい? シオンです。今回はレン君を暴走させるためにやってきました」


『レンちゃんが約束したのにwww』

『今までの流れが台無しw』

『www』


「台無しって言ってもね……むしろ私はそれを期待されて呼ばれてるんだとばかり」


「「違います」」


 翠と蓮華の言葉がキレイに揃う。

 紫音の冗談のおかげでしんみりとした気持ちは吹き飛んだけれど、あれはあれ、これはこれである。認めるわけにはいかないのだ。


「ひどいなぁ……じゃあ、今回私は何のために呼ばれたんだい?」


「いや、普通に楽しみましょうよ」


「そうだそうだ!」


『スイちゃん正論www』

『お? 今回は勝てるか?』

『そうそう、普通に楽しめばいいんだよ』


 蓮華の援護射撃。

 そのおかげか、コメントも翠たちを擁護する形に変わっていた。

 しかし、それがいけなかったらしい。


「ん? なんか……君たちの距離が縮まってないかい?」


「へ?」


 抜けたような蓮華の声。

 そして、紫音はそれを見逃さなかった。いや、聞き逃さなかったと言うべきか。


「いや、なんかね……以前と比べてずいぶん仲良くなったような気がしてさ……スイ君が休んでいる間何かあったのかい?」


 紫音の問いの返答に翠が困ったのと同時、蓮華の肩が跳ねた——気がした。

 すぐに彼女を見れば、顔に赤みが差しており、明らかに動揺している面持ちで。


「な、何でもないですよ?」


「…………」


 うわずった蓮華の声に翠は内心頭を抱える。これでは何かあったと言っているようなものだ。

 だが、それも仕方がないのかもしれない。

 あの病院での一幕は、翠だって思い出せば顔を赤らめてしまうのだから。


(我ながら、なんであの時あんなことをしてしまったんだろう?)


 後悔しているわけではない。翠自身、あれが正解だったと今でも思っている。

 ただ、恥ずかしいのだ。恋人でもないのに女の子を抱きしめてしまったのだから——


「うーん、これは何かあったみたいだね」


「んな!?」


 翠が思い出している最中、確信したような紫音の声音に蓮華が反応。


『これはwww』

『何があったんだ?』

『聞かせてほしい』


「視聴者の皆も聞きたいみたいだし……聞かせてくれるかい?」


「いやですよ! ……あっ」


 おそらく反射的に出てしまったのだろうが、すぐに蓮華は自身の過ちに気付いたように声を漏らした。

 そう、これでは何かあったと認めてしまったようなものなのだ。

 額から汗が伝う。しかし、紫音はそこで追及を止めてはくれないらしい。


「ああ、これは助ける必要がなくなったかな?」


「……?」


「シオンさんっ!?」


 意味の分からない翠に対し、焦ったような蓮華の声音。

 その様子を疑問に思った翠が横目で彼女の様子を伺うと、先程よりも顔を赤くした少女の姿が。


「まあ、それなら私は安心して君たちの姿を見ていられるよ……それとも、私は邪魔かい?」


『ん? これはもしかして……』

『まさか……!!!!!』

『絶望した』

『でも、これはこれで』

『たしかに』

『ありだな』


 大いに沸くコメントたち。

 しかし、翠にはその意味が分からなかった。


 紫音が邪魔?

 絶望……あり……?


 何を言っているのだろう?

 その理由を聞くために、翠は隣に座る少女の方へ顔を向ける。

 すると、蓮華と目が合って。


「————っ!!!!!」


 反射的に後退あとずさろうとしたのだろう。蓮華は体が後ろに揺らいだ。

 だが、今は椅子に座っている状態。しかも、不幸なことに椅子のキャスター部分が彼女の指先に直撃した。


「……っ!?」


 痛みに蓮華の表情が歪む。

 同時に、バランスを崩したのか彼女の体が不自然なほどに傾いていって。


「ったぁぁぁ!!!」


「れん——」


 床に倒れる蓮華を見て反射的に出そうになった名前。それを翠はどうにか飲みこむ。


「……大丈夫?」


「どうにか……」


 ……危なかった。


 インターネット上で活動するうえで、名前バレは身バレに繋がる危険がある注意すべきものだ。

 撮影中であれば編集で消せるものの、今は撮影中。取り返しがつかない。


 翠は元凶である紫音に苛立ちを募らせながらも、蓮華が起き上がるのを手伝う。

 そうして彼女が起き上がり、二人でモニターを見ると——


『これ、確定じゃね』

『そうだな』

『嘘だろ……』

『まじかー』

『まあ、これはこれで』


「どうする?」


「どうしよっか……?」


 高速で流れていくコメント群と、クスクスと笑う紫音の声。

 収拾がつかない状況に翠が蓮華に助けを求めると、彼女は困ったように頬をヒクつかせた。

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