第28話 決意の形




「まだ一緒なの?」


「うん」


 神社からの帰り道。

 どうにも落ち着かない翠の問いに、蓮華は笑顔でそう答えた。


 いや、それしか答えてくれないといってもいい。


『蓮華の家は全然違うだろ? どうしてこっちのほうまで来たんだ?』


 数分前の翠の言葉だ。

 すでに恭平と鈴原さんとも別れ、二人きり。

 意図も分からず翠の帰路についてくる蓮華は「ちょっと用があって」と答えるだけで、肝心の用の内容を教えてくれないのだ。


「…………」


 翠は横目で蓮華を見やる。

 彼女はとても楽しそうで、弾むように歩を進めていた。


 そうして進むこと数分ほど。

 すでに翠の視界には自分の家であるアパートが映り、その姿が一歩ごとに大きくなっていく。

 そして、その前にたどり着いたところで。


「じゃあ、俺は——」


「ちょっとついて来て!」


 アパートへ入ろうとする翠の手首を、蓮華がガッチリと掴んだ。


「えっ?」


「すぐそこだから」


「ちょ、ちょっと!?」


 グイっと引かれる手に翠が驚くも、かまわず蓮華は掴んだ手を放さず引っ張っていく。

 翠が意外と強い蓮華の力に戸惑いながら引っ張られていると、彼女はすぐに足を止めた。


「ここだよ!」


「ここ?」


 蓮華の指が示したのは、翠のアパートから目と鼻の先にある小さめなマンションだ。

 距離にして数十メートルほど。


 ……なんでマンション?


 翠の脳裏にそんな疑問が浮かんだ瞬間、再び蓮華に手を引かれた。


「……っ!?」


 そのままグイグイと引っ張られて、翠は蓮華と共にマンションの目の前へ。


 翠は連れてこられたマンションを眺める。

 階数は四階建てだろうか。入り口の扉は自動ドアではなくガラス製の両扉で、その傍らに取り付けられたインターホンには携帯電話のダイヤルのようなボタンがあった。ロビーインターホンというやつだろう。

 その扉の前まで翠を引いた蓮華は、ようやく翠から手を離す。


「私、ここに引っ越すことになったから!」


「は?」


 振り返った満面の笑みの蓮華に、翠の思考が止まった。


「一人暮らしするの! お母さんは反対してたけど、お父さんが説得してくれてね。数日に一回は連絡するのを条件に許してくれたんだ! まあ、まだ準備中で中には入れないんだけどね」


 嬉しそうに話す蓮華。

 彼女は、少しだけ頬を赤く染めて。


「……ここ、セキュリティはしっかりしてるし、部屋数は多いから撮影部屋も用意するつもり……翠くんが『スイレン』に通わなくてもここで撮影できるようにって」


「…………」


 気恥ずかしそうに蓮華は頬をかく。

 しかし、翠の頭の中は別の事でいっぱいになっていた。


 セキュリティがしっかりして、部屋数は多く、撮影が出来るくらいに防音がされているマンション。

 あまり詳しくない翠でも分かる……絶対家賃が高い、と。


(許しちゃう社長も凄いけど、それを頼める蓮華も凄い……)


 ……そういえば蓮華は社長令嬢だった。


 すっかり忘れていた事実に翠が内心恐ろしくなっていると、蓮華が手を後ろで組んで微笑んだ。


「これからもよろしくね!」






 ————————


 というわけで、第二章『それは一つの試練』の終了です。

 ここまでお付き合いしてくださった皆様、本当にありがとうございました!


 次回からは日常編……幕間『冬の間のあれこれ』をお送りします。

 主人公である翠の気持ちにある程度整理がつき、ヒロインである蓮華との間に作っていた壁が取り払われました。

 そして、心に整理がついたことで起きた気持ちの変化。

 それから高校二年生に上がるまでの日常をお送りする予定です。


 今回の章は暗めなお話が多かったですが、次回からは明るいお話をお送りいたしますので、よろしければお付き合いください。


 以上、かみさんでした!

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