第27話 その鼓動の意味は何?




 新年最初の一日……一月一日。

 日はすでに高く上がり、ゆっくりとお雑煮とおせちを食べた後——


「はぁ……さむっ……」


 翠は恭平と神社にいた。

 二人して厚手のコートを着込んで白い息を吐き出せば、煙は空にのぼって霞んでいく。

 その様子を二人で眺めたところで、恭平がため息。


「はぁぁぁ……今日くらい寝てたかったのによ……」


「俺ん家で雑煮とおせち食っただろ」


 残念そうに肩を落とす恭平を半眼で睨みつける。

 神社に来る前、迎えに来たこの男はしっかりと翠の作ったお雑煮とおせちを食べていった。

 交換条件とまではいかないけれど、少しくらいは協力してほしい。


「だから来たじゃねぇか……でもよ、こんなに人が多いときを選ばなくても良かったんじゃねぇか?」


「まあ、そうかもしれないけど」


 うんざりした表情で周りを見る恭平に、翠は苦笑いを浮かべる。


 翠たちが訪れたのは別に有名な神社というわけではなく、翠たちの通う高校の近くにある神社だ。

 それなのに敷地内は人で溢れており、お賽銭の前は長蛇の列が形成されていた。

 もちろん、御守りを販売している場所も人が多く、その他にはおみくじの結果に一喜一憂している人も垣間見える。


「おっ? 来たみたいだぞ」


 恭平の声で翠の意識が御守り売り場から戻された。

 彼の視線の方向を追えば、待ち人である二人の少女の姿が。


「お待たせ!」


「お待たせしました」


 蓮華と鈴原さん。

 蓮華はベージュ、鈴原さんは落ち着いた茶色のコートでの登場だ。


「よし! じゃあ並ぶか!」


「わかった」

「おっけー」

「分かりました」


 はやる恭平の言葉に、三人の返事が重なる。

 その結果に全員で笑みをこぼし、賽銭箱への列の最後へ。


「じゃあ改めて、あけましておめでとう」


「おう」

「おめでとう!」

「おめでとうございます」


 翠の左に恭平と鈴原さん。右に蓮華という形で並んだところで告げたのは新年のあいさつ。


「おうは酷くないか?」


「別にいいじゃねーか、年越しの時にメッセージ送ってんだから」


 ずいぶん雑な恭平に翠の瞳が再び半眼に変われば、彼はスッと目を逸らす。

 だが、今ここにはそれを許さない人がいて。



「恭ちゃん……だめだよ」


「あけましておめでとうございます!」


「あはは……」


 鈴原さんの一声で手のひらを返す恭平。その姿に蓮華が微かに苦笑した。

 そうして会話を続けていけば、二十分ほどで賽銭箱の前へ。

 

 あらかじめ用意しておいた小銭を放り、手を合わせる。


(みんな元気で一年を過ごせますように……)


 まずはみんなの健康を願って。


(あとは——)


 思い出すのは蓮華と活動を始めてからのこと。


 たった二カ月。

 その間に色々とあった。


 半ば無理やり一緒に活動することになって。

 知らない間に女装させられていて。


 それでも、これがやりたいことになった。

 もちろん、女装は慣れないし苦手だ。けれど、彼女との活動は決して嫌ではなく、むしろ楽しんでいた。

 だからこそ……。


(蓮華との活動がこれからも続けられますように)


 二人で。

 いつまで出来るのかは分からない。

 高校を卒業してしまうまでか、それとももっと早くか。もしくは高校を卒業してからも続けるかもしれない。

 分からない……分からないけれど。


(この活動が上手くいきますように)


 今はこの願いが翠の願いだ。

 この活動が将来に繋がるかは分からない。しかし、今を願わずにはいられなかった。


 顔を上げ、左右を確認する。

 すると、すでに恭平と鈴原さんの姿はなく、隣に蓮華がいるのみとなっていた。

 そこから少し遅れて蓮華が顔を上げる。


「いこっか」


「あ、うん」


 にこやかに声をかけられ、二人で列の外へ。


「たかみ……翠くんもけっこうかかったね。何をお願いしたの?」


「えっと、みんなの健康と……あと蓮華との活動が上手くいくようにって」


 人混みの先に見えた恭平たちの元へ向かいながら、願いについて話す。


「そうなの? あははは!」


 突然笑い出す蓮華。

 その笑い声に並んでいる人たちの視線が一斉にこちらに向くが、彼女は気にせず笑い続ける。

 そして、次の瞬間。


「私も!」


 彼女は満面の笑みを見せた。

 それこそ、いままでが笑顔では無かったのではないかと思わせるほどの。


「…………」


「どうしたの?」


「な、何でもない……」


 笑みから一転。不思議そうにする蓮華に、翠は少しだけ視線を逸らす。


 ……どうしてだろう?


 心臓の音がうるさい。


 ……自分の願いを言ってしまったのが恥ずかしかった?

 ……それとも違う理由?


 理由の分からない鼓動の高鳴りに翠は動揺してしまう。

 そんな中、蓮華は翠の一歩先を進んで。


「ほら、佐藤君たちが待ってるからいこう?」


 先で待つ二人を指さして、小走りに駆けだす蓮華の後ろ姿。彼女の下ろした金色の髪が活発に跳ねる。

 その姿が、彼女の撮影時の金のポニーテールと重なった。


「ははは……」


 気付けば、自然と笑みが漏れていた。


 間違えた結果……翠は蓮華を泣かせてしまった。

 その出来事があったからこそ、翠は少しずつでも変わることで出来る。しかし、その変わった先が正解かは分からない。

 けれど、今見た彼女の姿は翠に正解だったと教えてくれた気がして。


「よし!」


 いつの間にか落ち着いていた鼓動。その理由を考えるのを止めて、翠は蓮華の後を追いかけた。

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