第22話 夜に泣く




「ごめんね皆……残念な報告になっちゃって……」


 時刻は九時。

 個人的に行っている配信で、蓮華は笑みを浮かべながら謝罪を口にした。


『体調不良じゃしょうがないって』

『そうそう、気にしないで』

『少し残念だったけど、まだチャンスはあるだろうし』


 モニターに流れるコメント。

 それらは蓮華を慰める言葉ではあるが、どうにも蓮華の心は晴れない。


「いちおう紫音さんとのコラボは延期って形にはなったんだけどね。ただ、他の皆さんにもスケジュールがあるから全員参加は難しいかもって」


 翠が参加するはずだったコラボに集められた先輩投稿者たち。

 社長の娘である蓮華は、後輩である以上に何かと面識がある人たちだ。

 その誰もが今回の事で責めるような人たちでないことは蓮華がよく分かってる。でも、心苦しいのは変わらないわけで。


「今度、みんなに謝らないと……」


『元気出して!』

『大丈夫?』

『そんなに気にしない方がいいよ』


 小さく零れた呟きは視聴者に聞こえてしまっていたらしい。

 心配の声で溢れるコメント欄に、蓮華は笑顔を取り戻した。


「ありがとう。おかげで元気出た! 迷惑かけちゃったけど、これで終わりってわけじゃないし……ここから頑張らないと!」


『その調子!』

『頑張って!』

『ただ、スイちゃんの方も心配だな……』


「そうだね……でも、お医者さんが言うには風邪みたいだし、少ししたら元気になるよ」


『まあ、これを機に休んでもらって』

『スイちゃん、頑張りすぎるイメージあるしな』

『でも、風邪で倒れるってどれだけ凄い風邪なんだ?』


「……っ」


『どうしたの?』

『なんかあった?』

『なんか地雷踏んだ?』


「え、あ……ご、ごめんね! スイが目の前で倒れたから、その時を思い出しちゃって……」


 誤魔化すように微笑みかける。

 少しの間懐疑的なコメントが流れていたけれど、少しづつ落ち着きを取り戻していった。


「ふぅ……今日はこのくらいにしようかな。ちょっと疲れちゃった……」


『ゆっくり休んで!』

『お疲れ様―』

『お疲れ!』


「うん、みんなもお疲れ様~」


 笑顔で手を振り、配信を終える。

 続いて背もたれに身を預け、天井を見上げた。


「はぁ……私の嘘つき……」


 本当のことが言えないことなんて分かっている。

 しかし、楽しんで見てくれている視聴者を裏切っているように感じてしまうのもまた事実。


 翠の倒れた理由——それは、風邪なんかではなく過労だった。

 風も一つの要因ではある。しかし、大部分が過労によるものだということだ。


「知らなかった……知らなかったの……」


 事情を聞いた父から聞かされた。

 彼は家事のほとんどをおこなっていて、そのうえで蓮華と一緒に活動していた。

 さらにカフェのバイトに加え、恭平に手伝ってもらいながら別の活動もしていたと。


「私は……一緒に活動してくれたことが嬉しくて……舞い上がって……」


 椅子の上でうずくまる。


「それなのに……私は高宮君にコラボをお願いしちゃって……」


 それで追い打ちのようなコラボだ。

 その理由が紫音との交渉の結果なんて……何とも笑えない。


 大した理由ではないのだ。

 蓮華の気持ちに気付いた紫音が「受け入れてくれたら手伝ってあげる」と言った——ただそれだけ。


 全部が自分本位の考えだった。

 翠の事情なんて知ろうともしていなかった。


「佐藤君に聞けば分かることなのに……」


 彼が話してくれるかなんて関係ないのだ。

 自分が聞こうともしなかったのが問題なだけで。


「ごめんなさい……」


 胸を締め付ける後悔は、いくら吐き出しても楽にならない

 それどころか、時間が経つごとに増していく。


「ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……」


 言葉は嗚咽に変わり、言葉としての機能を失っていく。


「うう……うああああっ!!!」


 嗚咽が涙に変わるのに、そう時間がかからなかった。

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