第21話 その不安は現実に




「やあっと終わったな!」


「うるさい」


「あはは……」


 ——十二月二十三日。


 今年最後の授業を終え、放課後。

 翠は恭平と星野の三人で駅へ向かっていた。


「だってよ、これでようやく遊びまわれるんだぜ! これが興奮せずにいられるかって」


 恭平は両手を後ろにやってニカリを笑って見せる。

 そんな彼と顔を合わせ、翠がウザそうに顔を歪めると今度は後ろから星野の声が。


「遊ぶのもいいけど、課題がね……まあ、中学の時と比べると少ないけど」


 マフラーで若干隠れている頬を器用にかく星野。


「数学がね……結構大変そうだよねぇ」


「ん? 翠に見せてもらえばいいじゃねぇか」


「おい……」


 さも当たり前かのように言ってのける恭平を半眼で睨みつける。

 すると、彼は降参するように両手を上げた。


「冗談だって。お前だって休み中はバイトとかがあるだろ? そんな奴に無理はさせられねぇよ」


「じゃあ、ちゃんとやるのか?」


「いや、美穂に助けてもらう」


「そこはちゃんとやれよ」


「あはは……自分でやるんじゃないんだ」


 完全に他人任せの恭平に、翠は怒りを通り越して呆れに変わる。

 星野も翠と同じように呆れ顔だ。


「だってよ、俺だってバイトしないといけねぇもん」


「うん? やっとバイト始めたんだ」


「……まあな」


 気まずそうに視線を逸らす恭平。

 その姿に少し疑問を持つ翠だったが、大したことではないと判断し視線を星野の方へ。


「星野は今日どうするんだ? べつに撮影する訳じゃないだろ?」


 翠と一緒に『スイレン』へ行くと言っていた星野。

 この後紫音たちと撮影する予定のある翠と違い、彼女は『スイレン』に行く予定は特にないはず。

 彼女が普段からやっている編集作業も自宅で出来るはずなので、無理に行く必要は無いはずなのだが——


「うーん、ちょっとね」


「社長に呼ばれてるとか?」


「まあ、そんなところかな」


 煮え切らない笑みを浮かべ、頬をかく星野。

 そんな彼女に翠が首をかしげると、彼女は「あっ」と声を上げる。


「ごめん、ちょっとコンビニ寄らせて?」


「大丈夫だよ」


「おう」


「ごめんね」


 両手を合わせた後、星野は足早にコンビニに入っていく。

 その姿を見届けて、翠は小さく息を吐き出した。


「ふぅ……」


「なんか疲れてんな」


「まあな」


 短く返事をして、欠伸を噛み殺す。


「最近コラボの練習してたから……ちょっと寝不足なんだよ」


 ここ毎日していた練習のせいで寝不足ではあるが、その分色々な知識は身に着けることが出来た。

 それに、今日からのコラボを終えればこの寝不足からも解放されるのだ。そのうえ上手くいけば万々歳だろう。


「あんまり無理すんなよ?」


「それ、母さんにも言われたよ」


「ははは、裕子さんらしいな。そういえば碧は? いい加減仲直りできたか?」


「…………」


「その感じじゃまだみたいだな」


 口を閉ざす翠に、恭平は微かに苦笑した。


「いいかげん許してやれよ。あいつだって年頃なんだしな」


「…………碧が口きいてくれないんだよ」


「碧が? まったく、あいつもしょうがねぇなぁ」


 いつも通りの二人の会話。

 そんな調子で会話を続けていると、コンビニの自動ドアが開いた。


「ごめんお待たせ! レジが混んでて!」


「気にしなくて大丈夫だよ」


「おう、気にすんな!」


 駆け足で戻ってくる星野を笑顔で出迎える。

 そうして再び歩き出すと、少し先に大きな交差点が見えてきた。


「やばい、信号が変わるぞ!」


「「えっ?」」


 駆け出す恭平。

 見れば、車道の信号が黄色に変わっていた。

 この調子では歩行者信号もすぐに変わってしまうだろう。


「ほら、急ぐぞ!」


「え、ちょっ?」


「まったく……」


 翠は先に行く恭平にため息をこぼし、後を追って駆けだした。

 一瞬遅れで、星野も走り出す。


 点滅を始める歩行者信号。

 幸い、それなりに大きな交差点ではあるけれど間に合わない程ではない。

ほどなくして、翠たちは交差点を渡り終えた。


「いやぁ、間に合って良かったなぁ……」


「佐藤君、いきなり走すのやめてよ……高宮君だって怒るんじゃ——高宮君!?」


 星野の驚く声。

 しかし、すでに翠には返事をする余裕が無くなっていた。


「はぁ……はぁ……はぁ……」


 体が熱い。

 手を膝につけ、大きく呼吸を繰り返す。

 若干痛かった喉は痛みを増し、同じく我慢していた頭痛がドクドクと大きい脈動となって耳を鳴らしていた。


「どうしたの高宮君!?」


「おい、どうした翠!?」


 おそらく走ったせいだろう。

 そう頭では分かっていても、すでに遅い。


「だい……じょうぶ……」


「その状態で大丈夫なわけねぇだろ! 変な汗かいてるし、すげぇ熱だぞ!」


「でも……このあとは……」


「そんなこと言ってる場合じゃねぇって!」


 どうにか力を入れて体を持ち上げようとする。

 しかし、その意志を体は受け入れてはくれなかった。

 逆に力が抜け、揺れる視界と同じように体も揺れる。


「翠!?」


「高宮君!?」


 フッと抱き留められる感覚。

 申し訳ないと思いながらも、体が言うことを聞かない。


「おい! しっかりしろ! おい!」


 ——大丈夫、すぐ立つから。


「星野! 病院連絡してくれ! 早く!」


「う、うん……!」


 ——そんな心配しなくていいから。


「翠! 翠……!」


 ——大丈夫……大丈夫だから……。


 返そうとした返事は言葉にならない。

 寒気と痛みに苛まれ、翠は意識を手放した。

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