第17話 悩みと悩み




 自室にて——


「はぁ……」


 翠一人でのコラボを告げられて一日。

 ため息の数なんて、もはや数えきれないほどになっていた。


 恭平に相談しても「やってみればいいじゃねぇか」と軽い返事が返され、挙句の果ては「これも苦手を克服するためだ。頑張れよ」と頭をポンポンされる始末。


(そういえば、あの時の歓声は何だったんだろう? ……いやいや、そんなこと考えている場合じゃないから!)


 もはや、頭も正常に働かない状態と化していた。


 星野と話そうにも、翠から訪ねに行く勇気などあるはずもない。

 放課後も、こういう時に限ってカフェのバイトが入っていてすぐに学校を出なければいけなかった。


「といってもなぁ……いまさら嫌だって駄々をこねるのも……」


 椅子に寄りかかってさらなるため息。


 やりたくないというのが翠の本音ではある。

 しかし、恭平の言うとおり「苦手を克服するため」ということを考えるのであれば絶好の機会でもあるのだ。


 現状の星野に寄りかかっている状態を脱却する切っ掛けになるかもしれないし、これを機に自身の人見知りが少しでも改善されればとも考えてしまう。

 そう簡単にいくはずないという考えもあるが。


「まあでも、チャンネルのことを考えると良いことなんだろうけど」


 登録者でいえば、紫音は完全に翠たちより上だ。

 そんな人に呼ばれているというのは、翠たちのチャンネルにとって大きなアドバンテージになるかもしれない。

 そう思うと、断るなんてありえないわけで。


「やるしか……ないよなぁ」


 覚悟は決まっていない。

 けれど、やるしかないのだ。


「そのためには——」


 もっとゲームの事を知っておいた方がいい。

 基本的な操作方法はどうにか出来るようになってはいるものの、翠の知識は結局そこまでだ。

 この短時間で劇的に操作を上手くすることなんて出来はしない。しかし、ブロックの使い方やどういうものかを知ることは出来る。


 コラボの際、城へ向かう時に見た街並みを思い出す。

 じっくりと見たわけではないけれど、様々なブロックを組み合わせて建物を再現していた。


 時には木と扉を組み合わせ。

 時には階段を組み合わせて違う形を作る。


 重力を無視してブロックを配置できるという特徴を最大限に生かしていたりしていた。

 とはいえ、全てのブロックが重力を無視できるわけでもない。

 置くと下に落ちていってしまうブロックもあるのだ。


 最低限、それくらいは把握しておきたい。

 ……じゃないと、みんなに迷惑をかけてしまうから。


「さっそく、リビングにパソコンを……は——くちゅんっ!!!」


 勢いをつけて立ち上がった直後、肌に感じた寒さに翠はくしゃみをしてしまう。

 冬の寒さはいつの間にか翠の体温を奪っていたらしい。


「はぁ……もう十二月も半ばだしな。あったかい飲み物も入れるか」


 ブランケットを肩にかけ、部屋を出る。

 すると、暗い廊下にはうっすらと光が差していた。

 そしてそれはリビングからで。


「誰だろう?」


 呟きながらリビングへ。

 食器は洗って片付けておいたし、粗熱を取った夕食の残りはすでに冷蔵庫にしまった。


 ……何をしてるんだろう?


 疑問を抱えながら扉を開ける。


「……っ!?」


「碧?」


 リビングのテーブルでは、碧が翠の目的でもあるノートパソコンを開いていた。


 イヤホンを耳に差して何かを見ていた彼は、翠に気付くやいなやマウスを操作。

 すぐにパソコンを閉じて立ち上がる。


「何か見てたのか?」


「……兄さんには関係ない」


 そっけない返事。

 そのことにピクリと眉を動かすも、翠は平静でいるように努めて。


「パソコン使っていいか? もし何か使ってるなら——」


「いらない……」


「いいんだけ……ど……」


 目も合わせず、碧は翠の横を通り抜ける。

 振り返って名前を呼ぶも、その返事は扉を閉めるという形で返された。


「…………はぁ……」


 碧がいなくなってから五秒の時間を置いて、翠は重い息を吐き出した。


 いまだに碧とは仲直りが出来ていない。

 いや、翠から声をかけようとしても避けられていた。


 碧も中学二年生。

 色々と多感な時期であることは翠も分かっている。

 しかし、ここまで執拗に避けられたのは初めてだった。


 別に喧嘩をしたことがないわけではない。

 なのに——


「なんで……?」


 そう問いかけてみても、一人しかいないリビングでは答えてくる人はいなかった。


「部屋戻るか……」


 このまま立っていても何かが好転するわけではない。

 それどころか、次回のコラボのために勉強する時間が浪費されてしまうだけだ。


 テーブルへ向かい、ノートパソコンと手に取る。

 

 ……碧は何を見ていたんだろう?


 それを知れば、成績が落ちた理由が分かるかもしれない。

 もしくは、仲直りする切っ掛けが出来るかも……。


 そう考えるも、機械音痴な翠はそんなこと出来るはずもなく。


「ああ! 止め止め! 余計なこと考えないで、今は紫音さんとのことを考えないと!」


 翠は頭を振って嫌な方向に傾きかけた思考を吹き飛ばす。

 その際、誤ってパソコンを落としそうになったのはご愛敬。


 リビングを出て自室へ。


 ……温かい飲み物は、どうにも用意する気になれなかった。

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