第16話 一難去って——




「ふぅ……」


 パタン——。


 紫音とのコラボを終えて自宅に帰ってきた翠は、自室に持ち込んでいたノートパソコンを閉じた。


 調べていたのは今日やったゲームのこと。

 別に紫音に言われたようにゲーム実況を始めようと考えたわけではない。

 だが、せっかく経験したことをこのまま終わりにするのも勿体ないと感じたのだ。


「サバイバルかぁ……」


 慣れないながらも調べていけば、ぱっと見シンプルなこのゲームも奥が深い。


 今回は紫音がブロックを集めていてくれていたからこそ、翠は豊富なブロックの中から使いたいものを選び、好きなように楽しむことができた。

 しかし、本来であれば自身で集められるもの——つまり、限られた物の中でやりくりをしていかなければいけないのだ。


 ……このゲームには大きく分けて二つの楽しみ方があるらしい。


 一つはサバイバル。

 身一つで世界に放り出され、開拓していき、ボスを倒すというもの。


 もう一つはクリエイティブ。

 無制限に使えるブロックを使い、好きなように遊ぶというもの。


 前者はHPや空腹度といった数値に配慮しながら、敵を倒し、アイテムを集めといった——その世界で生きていくというゲーム性。

 そして後者は、HPや空腹度とは無縁に好きなブロックを使って建物を建てたりすることができる。


 ちなみに、今日翠がおこなったのはサバイバルである。

 しかし、ブロックを集める必要は無かった。

 だからこそ、最初からやってみることに価値があると考えたのだ。


「初心者二人で開拓するっていうのも面白そうだし」


 なにより、自分の顔が出ないというのが素晴らしい。


 ある程度、動画内では女だと思われることに諦めが生まれてきている翠だが、出来ることならそう思われないほうが精神的に楽なのは素直な本音だ。


「女装しなくてもいいし……」


 事務所にある全てのパソコンには録画ソフトが入っていると聞いているし、それならば事前準備も必要ない。


 翠は閉じたノートパソコンの上に手を置いて、天井を見上げる。

 そして、頭に思い浮かべるのは——もし二人でやってみたらという想像。


 ……星野が建物を建てるのは難しそうだから、たぶん担当するのは自分かな?

 ……じゃあ、星野はアイテム集めを担当するんだろうなぁ。

 ……これなら視聴者も楽しんでくれるかな?


 脳内で流れる映像に、翠はふっと口元を緩ませた。


 これなら視聴者も喜んでくれるだろうし、星野も楽しんでくれるだろう。

 そう考え、翠が「ははは」と笑みをこぼした。


 その数秒後。


 プルルルルル……!


「……っ!?」


 突然の着信音。

 ポケットに入れっぱなしにしていたスマホの鳴動に、翠は驚き椅子から転げ落ちそうになる。


「……っぶなぁ」


 どうにか堪え、スマホをポケットから取り出せば。


「星野から?」


 ……どうしたんだろう?


 帰り道の間に今後の話し合いは終えているため、電話の理由が分からない。

 とはいえ無視する訳にもいかないため、翠はスマホを耳にあてた。


「もしもし」


『高宮君……』


 彼女にしては暗めの声。

 その声に翠の視線が自然とスマホの方へ寄る。


「どうしたの……?」


『えっとね、落ち着いて聞いて欲しいんだけど……』


「……なにかあったの?」


 意味ありげな星野の前振りに、翠の体が強張った。


 怪我?

 それとも病気?


 思い浮かぶのは最悪の想像で、無意識に翠の眉が寄せられる。

 だが、こうして電話をしてきている以上は彼女自身には問題なさそうだ。


「もしかして、社長になんかあった?」


『え? ううん、違うよ』


 これも違うらしい。

 星野の声色から考えるに、誰かの怪我病気ではないことは確定だろう。


 ……それなら何が?


 疑問が深まるけれど、翠には突き止められそうにない。

 なので、翠は追及するのを止めて星野の言葉を待つことにした。


『お父さんから話があってね……また紫音さんとコラボして欲しいって』


「へっ?」


 予想してなかった言葉に、翠の口がポカンと開く。


「それが何で落ち着いて聞かなくちゃいけないの?」


 紫音とのコラボは今日したのだ。

 それなら、その続きをやりましょうという話だろう。

 別に暗くなって話すことではないし、覚悟して聞く話でもないはずだ。


『それはね……まだこの話には続きがあるの……』


 しかし、続く星野の言葉はいまだに少し暗い。


『本当に落ち着いて聞いてね……?』


「…………」


 再びされる前振りにゴクリと喉が鳴る。

 そして——


『今度は高宮君だけの誘いなの……』


「……………………もう一回言ってくれる?」


『次のコラボはね、誘われたのは高宮君だけなの……』


 耳は聞こえているはずなのに、脳がそれを受け付けてくれない。


 ……一人? 誰が?


 ……一人? 俺が?


 徐々に星野の言葉を理解し始める。

 理解したくないのに、理解してしまう。


 パチパチと何度か瞬きをしても、現実は変わらない。

 そして、数秒の時を置いて。


「ええええぇぇえぇっ!?」


 翠は自分でも驚くくらい大きな声で叫んでしまった。






『落ち着いた?』


「……ごめん」


 絶叫から少し時間が経ち、翠はいまだにバクバクと鳴る心臓に手を当てる。


「久しぶりにあんな大きな声出したかも……」


『あはは、お母さんに起こられてたもんねー』


「それは言わないでくれると……」


 痛いところを突かれた翠は、気まずくなって頬をかいた。


 やはり、アパートでは声が良く通ってしまう。

 あれほどの絶叫ではアパートでなくとも関係ないかもしれないが、翠の頭には「気をつけないと」という考えが過った。

 そして、母に怒られたことを星野に聞かれてしまった恥ずかしさも……。


「そ、そんなことより、なんで俺だけなの? 星野は?」


『あー……』


 話を変えようと問いかければ、スマホからは言いにくそうに詰まる声。


『実は、次は城づくりの仕上げだからって……』


「あっ……」


 それだけで翠は理由を察してしまった。

 ようするに、星野は断られたということだろう。


『編集前の動画をお父さんに見られちゃって……それに、高宮君だけじゃなくて、あのゲームに慣れた人が何人か参加するんだって。紫音さんがそこにぜひ高宮君をって……」


「…………」


 言葉が。

 翠一人だけというのも厳しいのに、それに加えて他にも参加する人がいる。

 それは、翠が頷けない理由として十分なもので。


「いやいや、無理だって! 俺に出来るわけないじゃん……!」


『それはそうかもしれないけど……でも、挑戦してみる価値はあると思うの。それに、高宮君が他の人と知り合うきっかけにもなると思うし』


「無理だってぇ……」


 今でも進行を完全に星野に任せているのに、いきなり一人。それも他の人に迷惑がかかるかもしれないコラボで……。

 無理だ。

 出来る気がしない。


「どうにか断れないの?」


「それはぁ……」


 電話越しに星野が気まずそうに声を漏らす。

 同時に、翠の中に一つの疑問が生まれた。


(紫音さん相手なら断れそうなのに……)


 コラボの時にも感じていたことだが、星野と紫音は仲が良い。

 それは、あの時の気兼ねないやり取りを見れば明らかだろう。


 社長に言われたからという可能性は捨てきれない。

 でも、父と友人であるのだ。そして、翠がそういうことが苦手なことも知っているはず。

 翠の眉が上がるのと同時、一つだけ浮かんだ心当たりといえば。


「もしかして、紫音さんに何か言われた、とか……?」


『……っ!?』


 直後、ガタリという音が翠の耳を揺らした。

 それと同時に、翠の胸にあった疑惑が確信に変わる。


 紫音と別れる直前の「またね」。

 どうやら、あの時感じた嫌な予感は当たっていたらしい。


「なにを——」


『それは聞かないで!』


「へっ?」


『それは聞かないでぇ……』


 翠を遮り、続いて告げられた切実さを感じる声。

 その言葉に翠が「なんで?」と口を開こうとするが、その前に星野が。


「あっ、お母さんが!? ごめん切るね……!」


「ちょっ!?」


 すでに通話は切られ、耳にあてたスマホは何の反応も返さない。

 翠のスマホを持つ手の力が抜け、ゆっくりと落ちた。


「どうしよ……」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る