第15話 本当に疲れた……
「お疲れ様、楽しかったね」
「お疲れ様です……」
コラボを終え、やたら満面の笑みで翠たちの元へやって来る紫音。
そんな彼女を視界にとらえるや否や、星野はムスッとした表情を隠そうともしなかった。
その隣で。
「ははは……」
翠は頬を引きつらせて苦笑い。
大変だった。
本当に、大変だった……。
それが、いま翠の胸の中にある心境のすべてだ。
それは、さかのぼること十分くらい前——
「だからなんでスイを巻き込むんですかぁ!」
「別にいいだろう? せっかくだし、スイ君も個人で動画を出してみたらどうだい?」
逃げる紫音と、それを追いかけまわす星野。
紫音は星野に何を言われようと動じないし、星野は逃げる紫音を追いかけるのに必死になっている。
翠といえば、その傍らで二人のじゃれ合いに右往左往しているだけだ。
「いい加減にしないと、私にも考えがありますよ!」
「へぇ、どんな考えだい?」
「それは……」
「何を言うのか決まっていないなら言うべきではないよ?」
一度止まった星野が口を引き結んでキーボードを操作。腕を振り回しながら紫音を追う。
しかし、ゲームの腕は明らかに紫音の方が上だ。そのため、星野はいいようにあしらわれ、二人の距離は一向に縮まることはない。
時に華麗に躱されて。
時にブロックを置くことで遮り。
果ては、ギリギリまで引きつけてから罠にはめる芸当まで。
いっそ笑えるくらいに星野を躱し続ける紫音。
だが、翠にとっては笑えないことでもあって。
「…………」
少しずつ、でも確実に星野から感じる圧が強くなってきているのだ。
撮影中のため、爆発することはないだろう。
彼女も本気で怒っているというよりかは、遊びの延長で怒っているという印象だ。
とはいえ、いつまでも大丈夫という確証はないわけで。
「ちょっと……二人と——」
「逃げるなー!」
「ははは!」
どうにか止めようと声を出すも、それよりも大きな二人の声に阻まれる。
そして、翠が二人を止められず遠い目をした——次の瞬間。
「ははは! もっと頑張りたまえよ! せっかく視聴者の皆にレン君を煽ると伝えて——あっ……」
「「えっ……?」」
明らかに失言をしたと言わんばかりに、動きに動揺が現れた紫音。
その姿に、翠だけではなく星野からも呆けた声が漏れた。
……今、星野はどんな顔をしているのだろう?
本音を言ってしまえば見たくない。
だが、そういうわけにもいかないわけで。
「レ、レン?」
翠はおそるおそる隣を見やる。
そこには、プルプルと肩を震わせて、顔を俯かせる星野の姿があった。
「…………」
「ん? 来ないのかい?」
マウスとキーボードを操作し、キャラクターを動かす星野。
てっきり自分の所にくると思っていたのだろう紫音が不思議そうにするも、彼女の操作するキャラクターは全く違う方向へ。
その先には、紫音たち先輩が建てた城。
「私にも……」
ゆっくりと言葉を発しながらも、彼女の操作するキャラクターを止まらない。
そして、城へたどり着く直前——
「考えがあるんですよ!」
星野のキャラクターが持つアイテムがツルハシに変わった。
さらには、次々と城を壊しだす。
「ちょっ!?」
「レンっ!?」
紫音の珍しく焦った声。
翠も目を見開いて、乱心した星野へ目を向ける。
「レン君!? ちょっとそれは洒落にならないってっ!!!」
走り出し、城の修復を始める紫音。
「自業自得ですよ!」
しかし、星野はその言葉を無視し、次々とブロックを壊し続けた。
……大変だった。
本当に……大変だった。
どうにか星野をなだめ、どうにか最後の挨拶をして。
そして今、顔を合わせているのだが……本音を言えば翠はすぐにでも休みたい気分だった。
「ちょっと趣旨とはズレちゃったけど、これはこれで楽しかったし……オッケーかな」
そんな翠と対照的に、笑顔で楽しかったと言ってのける紫音。
最終的には修正できたものの、いままで積み上げてきたものを壊されても笑顔でいられるというのは尊敬できる部分だ。
翠としても、彼女が怒っていなかったというのは素直に安堵した。
「まあ、ライブじゃなかったのが良かったというのは大きいけどね。ある程度は編集でどうにかできるし」
「……ごめんなさい」
さすがに悪かったと思っているのか、不機嫌そうにしながらも星野が小さく頭を下げる。
そんな彼女に対し、紫音はひらひらと手を振って。
「気にしないでいいよ。煽ったのは私だしね……まあ、あそこまでされるとは思わなかったけど……そうだろう? 翠くん?」
「ははは……」
スッと流れてくる視線に苦笑い。
結局のところ、今日のコラボは終始紫音の手のひらで転がされたといっていいだろう。
後で分かったことだが、元々以前の配信で星野を煽ると言っていたらしい。それは動画に残ってはおらず、星野自身も知らなかったとのことだ。
そして、視聴者は星野と紫音が小さい頃からの知り合いというのも知っているらしく、だからこそ、ああやって殴って殴られてが出来たとのこと。
「私も少しふざけてしまったしね。今日の凶行はお互いに水に流すとしようじゃないか」
「「少し……?」」
にこやかな紫音の言葉に、翠と星野の声が重なる。
とはいえ、翠がその続きを紡ぐことが出来るはずもなく、その代わりに隣から声が。
「少しどころじゃないですよね? スイを勧誘したり、私を煽ったり……まったく……どこまで本気なんですか……?」
ムッとしながらも、星野が紫音へ向けるまなざしにはしょうがないといった呆れが多分に含まれている。
やはり、昔馴染みというのはこういうものなのだろう。翠と恭平のやり取りと同じものが感じ取れた。
それは正しかったようで、紫音は口元をほころばせて目を伏せる。
——が。
「さあ、どこまでだろうねぇ……?」
そのすぐ後には彼女の口角が上がった。
「帰ります……高宮君、行こう」
「えっ?」
呆れから無表情に変わり、立ち上がる星野。
彼女と紫音。その二人を交互に見る。
……どうすればいいんだろう?
コラボ相手である紫音。
明らかに先輩な彼女を放っておくのは忍びない。
しかし、立ち上がって手を差し伸べる星野を無視するのも……。
両者を天秤にかけることなんて出来るはずなく、翠が動けないでいると。
「ほら!」
「……っ!?」
突然手首に感じる圧力。
目を向ければ、星野が手首をつかんでいた。
そのままぐいっと力強く引かれ、翠は引きずられていくように扉の方へ。
「じゃあ紫音さん! お疲れさまでした!」
声を荒くした星野に手を引かれるまま、翠は背後——紫音を見やる。
彼女は小さく手を振っていて、星野に言われたことを気にしてはいないようだった。
続いて口が開き、「お疲れ様」と一言。
しかし、なぜだろう?
先程とはうって変わり何も余計なことを言わないまま、「お疲れ様」と見送る紫音。
その姿に、翠はどうにも嫌な予感を覚えてしまう。
だが、その予感を問いただす前に。
「またね」
続く紫音の一言。
その一言を最後に、パタンと扉が閉められた。
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