第14話 赤王子は相棒が欲しい?【Water lily×赤王子⑤】




 巨大な円柱。

 そう、噴水ではなく円柱だった。


 高さにして八ブロック。

 そして、幅にして七ブロック。


 けっして綺麗な円柱ではなく、凹んでいたり、逆に膨らんでいたり。

 そんな異様なオブジェの前で、星野は立ち尽くしている。


「ええっと、レン……さん?」


 近寄りがたい雰囲気に抵抗し、翠は立ち尽くす彼女の背後から近づいていく。

 すると、彼女は即座に振り向いて。


「ち、違うの! これはっ、いや、こ、ここから彫っていくの!」


「石像でも彫るのかな?」


 的確な紫音のツッコミ。

 とはいえ、翠としては今発揮してほしくないわけで。

 案の定というべきか、打撃音が紫音を襲った。


「シオンさんは黙っててください! そもそも、なんでいるんですか!? 私たちを置いていったのに!」


「別にただ置いていったわけではないよ。言っただろう? 君たちの作るものを楽しみたいから少し離れるって」


「それはそうですけど……なんで今なんですかっ!?」


 切実さを感じる叫び。

 それもそうだろう。装飾を頼まれたのに建てたのは巨大な円柱だけ。そして、立ち尽くしていた様子から察するに、どうすればいいのか分からず困り果てていたようだ。

 そんな姿を見られてしまっては、叫びたくなる気持ちも分かる。


「気付いてないのかい? もうかなり時間が経っているよ?」


「「えっ?」」


 紫音の言葉に翠は硬直。

 そして、それは隣にいる星野も同じのようで。


「…………」


「分かったかい? 私は自分の言葉通りに行動しただけ……別にいじわるをしたわけじゃないよ」


「うぐぐぐ……」


 正論を振りかざす紫音に言いくるめられ、星野は悔しそうに表情を歪める。


「で、スイ君? レン君は何を作ろうとしていたんだい?」


「えっと……」


 視線を向けられ、翠は隣をチラリ。

 画面を凝視している星野の表情は読めない。しかし、その雰囲気は翠から答える勇気を奪うには十分なほどだ。

 言い淀むと、その代わりと言わんばかりに星野が紫音を攻撃。


「まだ途中なんだから教えませんよ! 完成してからのお楽しみです!」


「私はスイ君に聞いているんだよ。それに、完成させられるのかい?」


「うっ……」


 攻撃されていても、形勢は紫音の方が優勢だ。

 星野が言葉に詰まると、その隙をつき、紫音がすぐさま翠と距離を詰めてくる。


「それに比べてスイ君は凄いよ! 初心者なのにここまで作れるのは珍しい。というか普通いない。やっぱりレン君を捨てて私と動画を撮らないかい?」


「ひっ!?」


 画面いっぱいに拡大される紫赤色のキャラクター。

 その勢いに小さく悲鳴を上げてしまうが、構わず紫音は続ける。


「メインクラフト以外にも、RPG、FPS、ホラーもやるし、格ゲーだってやる。どうだい? 楽しそうだろう?」


「え、えっと……」


「スイはゲームが苦手なんですよ! というか、私の前でスイを勧誘するとかどういう神経してるんですか!?」


「ちょ……」


「苦手なんてものは克服できるものだよ? レン君だって分かっているだろう。君自身がそうなんだから」


「そんなこと今はどうでもいいんです! そんなことより、スイは私が一緒に活動するんです! シオンさんには渡しませんよ!」


「…………」


「ふふふ、それはどうかな? さっきだって、私が声をかけるまで近づいてきているのに気付かないくらい夢中で作業をしていたからね。素質はあるはずさ」


「それはスイが真面目だから……とにかく! スイは渡しませんよ!」


「それはスイ君が決めることだろう?」


 殴り合い、吹き飛ばされながらも口論を続ける星野と紫音の二人。

 ゲームそっちのけで争う二人に、翠はどう声をかければいいのか分からず右往左往。


(こんな時、どうすれば……?)


 その時だった。

 画面下、持ち物の上部に文字が現れたのは。


〈SION―11023〉俺の為に争わないでぇ……はい、読んで!


 紫音からだろうか?

 書かれた文章の意図が分からずに、翠は首をかしげる。

 すぐに星野を覗き見てみるけれど、彼女は口論に夢中で気付いていないらしい。


「……お、俺の為に争わないでぇ……?」


 意味が分からないながらも、翠はとりあえず指示された通りに読んでみる。

 すると、弾かれたように星野の顔が翠へ向いた。


「……っ!?」


「——ほら、スイ君が止めているだろう。もうやめよう」


「えっ!?」


 ——指示された通りに言っただけなのに!?


 びっくりしたような星野の表情。

 そして紫音に口論を止める口実に使われ、翠は思わず声を漏らした。

 遅れて、星野が紫音の指示に気付いたようで。


「何事かと思ったら、シオンさんが指示してるんじゃないですか!? スイはそんなこと言わないですよ!」


「バレたか……」


「バレるに決まってるでしょ!?」


「でも、すぐには気付かなかったじゃないか?」


「そ、それは……」


 チラリと翠を見やる星野。

 何か言いたそうな表情をしながらも、彼女は口を開かなかった。


「レン……どうしたの?」


「何でもないから!」


 気になって問いかけるも、星野はすぐに画面へ戻ってしまう。

 そんな彼女の様子に疑問が残るが今は撮影中、翠も画面へ。


「はははっ! そっちは面白そうだ! 私なんて大きな部屋にポツンと一人だよ? 可愛い女の子に挟まれながらゲームをしたかったな」


「バカ言わないで下さいよ。そんなことしたら私たちが炎上しちゃいますよ!」


「それはそれで面白いじゃないか」


「こっちを巻き込まないで下さい!」


 紫音を殴りつけ、声を荒げる星野。

 彼女の打撃に吹き飛ばされながらも、紫音の視線は翠へ向いていて。


「スイ君はどう思ってるんだい? 私と一緒に動画を撮りたくないかい?」


「えっと」


「どうしてスイを巻き込むんですか!? 止めてくださいってば!」


 翠へ近づいていこうとする紫音を星野が阻む。

 ガッガッ……と打撃音が何度も響き、その度に紫音が後ろに飛ぶ。

 それでも紫音は諦めず、翠の元へ。


 その結果——


「「あっ……」」


 倒れこむ紫音。

 その姿を見て、翠と星野の声が重なった。

 直後、紫音は煙を上げ消滅してしまう。


「どうしよ……」


「…………」


 二人で目を見合わせ、途方に暮れる。

 ホストを倒してしまったのは不味かったかもしれない。

 嫌な沈黙が二人の間に流れ、翠の手のひらにしっとりと汗が湧いてきた直後。


「ははは、酷いじゃないか」


 倒されたことなんて気にしていない。そう言わんばかりに紫音は城から登場した。

 そして、そのまま翠の元へ駆け寄っていき。


「で? スイ君の答えを聞かせてもらっていいかな?」


「ははは……」


 どうやら勧誘は続いていたらしい。

 結局答えることは出来ず、翠は引きつった笑みを浮かべた。

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